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はるのぬけみち|午後の内側、地図の外側

2014/1/3 彰化


 ゆるやかな午後のひかりのなか、八卦山はっけさんの大仏を見上げる半円状の九龍池広場きゅうりゅうちひろばの左手に、いっぽんの小道があった。

あの午後の終わりから、すこしだけ歩いた先の話です。
前話:🐞「 陽気に記憶が溶けていく|季節はずれな彰化の午後


九龍池広場から見上げた八卦山の大仏。
午後のひかりが、歩きはじめをやわらかく照らしていた。

 眼下に広がる彰化しょうか平原から吹きつけるぬるい風を半身に受けながら小道を歩いていくと、通りのかたすみに、コンクリートのほそい階段が下りている。


ぬるい風を受けながら、小道をすべるように進んでいく。
どこにつながるのか、まだ知らないままで。


 どこにつながっていくのかな。


彰化平原から吹いてきた、やさしく湿った風。その風に半身をあずけていた午後。


 階段を下りていく途中で水のしぶく音にまじって銀橋飛瀑ぎんきょうひばくとかいた案内碑が人工滝のまえにたっているのがみえた。


銀橋飛瀑──という案内碑の前で、水の音がいっそうしずかに響いていた。


 碑のまわりにあつまった水は、そこからさらに石でかためた水路を流れおちて、ちょうど勾配のおわる苔むした石橋の下でとぐろを巻いて休息していた。

 気がついてみると辺りは一変して、木々の梢が連なるうすぐらい森になった。

 ここはいったいどこなんだろうか。

森に入ると、光はほとんどこぼれなくなった。
うすぐらい緑のなかで、時間もゆっくりになっていった。

 冬だというのに空気は湿り気をふくみ、濃い土のにおいがする。草はみずみずしい緑色のひかりに照らされ、木の葉からこぼれおちる風が気持ちよかった。

 日本にかえったら灰色の真冬に逆戻りだなあ。

 そのとき足首のあたりにチクチクとした違和感をおぼえた。手でさすってみるといくつかの肉がぽっくらとボタン状に膨らんでいる感触があった。

 蚊だ。

 冬のこんな時期に蚊に刺されるなんていうことは、台湾ではほぼ一年を通して蚊がとんでいるということになるんじゃないか。

 すくなくとも寒気がおしよせる時期はいないにして、11ヶ月くらいの間はなんらかの形で蚊がとびまわっていることになるんじゃないか。

 今回はジーンズにスウェットの服装をしているので、夏場のTシャツ短パン姿にくらべたらそこまでの被害はない。それでも足首や手首など若干の露出のきざしがあればヤツらはそこを集中的に攻撃をしかけているはずで、そうしてやっぱり、限定された範囲のかゆさは極度に濃厚だった。 

 でもよくかんがえたら露出が限られているぶん弱点も限られているわけで、裏をかえせば、特定された脆弱な部位だけ気にしていればよい、ということでもある。

 うーむ。

 森のなかはときどき普段着姿で歩く地元の人たちとすれ違うことがあった。けれども視覚にはいってくる人間は滅多になかった。


空がふたたび開いたところに、まわるいベンチ。
誰もいない、気配だけの空間。

 すこし視界がひらけた空き地の大理石のベンチに腰を降ろして、八卦山の入り口で撮った地図の写真を拡大してみると、どうやら文学歩道という場所にいるらしいことがわかった。

あとで地図を見返して気づいた。
「文学歩道」という名の、地図の外側での道草だった。


 文学歩道は、うららかな春であり、そしてかゆい夏でもあった。午後の内側で見つけた、ひとすじのぬけみちを、ただ生ぬるいあたまで歩いていただけだった。ただひとつ冬があるとすれば、それは腕にかかえたまま所在をなくしているダウンジャケットだった。


📍 八卦山文学歩道──知らぬまに、午後の内側を歩いていた場所。



午後のぬけみちを抜けたあと、ふりかえった場所。
静けさだけが、風のように残っていた。

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みのすけ@風と光の観測所 遠く過ぎた旅の風景を、いま言葉にしています。 小さなチップが、またひとつ、記憶を呼び戻す力になります。