散髪はヘルメットを抜ける風
文才なしが片岡義男を雰囲気だけ真似てみる編1
「髪の毛鬱陶しくなってきたな」
彼はそう言いながら、洗面台の鏡を見て寝癖を直した。
「今日は休みだし、特に予定もないから床屋へ行くか」
バナナとヨーグルトにベビーチーズの軽い朝食を済ませ、洗顔と歯磨きをし着替えをした。
彼はバイクに乗る時は必ずパッドの付いたライダースジャケットとジーンズだ。
最初は重いなと感じていたジャケットも、今ではパッドが無いと不安に感じるようになった。
玄関の棚に置いてある2つのヘルメットのグレーの方を取りそれを被り、メッシュグローブを手にバイクに向かう。

家の横の駐車場には彼のバイクがカバーを掛けられ停められている。
ブリティッシュグリーンの250㏄空冷単気筒のストリートファイタースタイル だ。
彼はその色とスタイルが気にいり4年前に購入した。
前後輪にかけているワイヤロックを外し、カバーをはがしロール状にして駐車場の隅に置いた。
ほぼ毎日乗っているが、4年経っても良いバイクという気持ちは揺るがない。
キーをさしONに回すと、デジタルのタコメーターがMAXまで振れ、ゼロに戻る。
ギアをニュートラルに入れセルボタンを押す。
キュルキュルとセルが回り、単気筒の心地良い排気音が響く。
アイドリングは1,300rpmに調整しているが、今は1,700rpm辺り。
暖気されアイドリングが下がるのを待つ間に、タイヤの空気圧をチェックするのがルーティンとなっている。
前輪が25PSl 後輪が29PSl だ。
チェックを終えタコメーターを見ると、1,300rpmに下がっていた。バイクにまたがり左手からグロ-ブをはめた。
彼はスキーで左足からブーツを履き左手からグローブをはめている。
バイクでもそれをならってやっている。
それが転倒しないおなじないとしているからだ。
駐車場には前向きで停めているので、サイドスタンドを払い道まで 足でバックさせローギアに入れゆっくりと進んだ。
数メートル進めば主要道路に出る。
いつも通りの感覚なのかをチェックしながら、床屋に向かった。

床屋の前の駐車場にバイクを止め、バイクから降りた。
グローブとヘルメットを脱ぎ、ハンドルポスト辺りに置く。
彼がバイクを停めたのを見た店主が、読んでいた本をテーブルに置き出迎えてくれた。
「そちらへどうぞ」と笑顔で2つある席の窓際の方に促され、彼はジャケットを脱ぎ店主がそれを受け取りハンガーでクローゼットに掛けてくれる間にその席に座った。
店主はカットクロス をつけながら「どうします?」
「いつも通りで」
この店に来るようになり、5年位になる。
長い付き合いなのに、店主は彼より年下と言う事で言葉使いが丁寧だ。
店主は手際よくいつも通りの髪形に仕上げてくれた。
彼は前髪は目の長さ、サイドは軽めのツーブロック、後ろはシャツの襟程度。
ツーブロックでもサイドを掛け上げなければ、ツーブロックに見えない感じだ。

店主が淹れてくれたコーヒーを頂き、クローゼットから持って来てくれたジャケットを受け取りお礼を言い店を出た。
ジャケットを着ながらバイクの横まで歩き、バイクに置かれたヘルメットを被りバイクにまたがった。
出掛ける時はきつめだったヘルメットが、スルッとかぶれた。
排気音が周辺の迷惑になるので、グローブをはめサイドスタンドを払いエンジンをかける。
回転数は1500rpm辺り。
店に目をやると店主はカットクロスを畳み、カットした髪の毛の掃除をしながらお辞儀をし手を振ってくれた。
彼は「じゃあ、また」と頷き、ギアを1速に入れUターンし駐車場を出る。
数十メートル走り、田舎町の駅前を通り過ぎた頃には、40㎞/hほどの速度になった。

春とはいえ夏のような陽気。
ヘルメットの前部のベンチレーションから取り込んだ風が、ヘルメット内部を通り、後部のエアダクトへ抜けていく。
*後記
片岡義男氏の文体を「〜風」で真似る実験。
保育園時代から、日記や作文、読書感想文の類がことごとく大嫌いだった。まともに書いた記憶さえなく、そのまま通り過ぎてきた64歳の私が、つい3ヶ月前に突然、短歌を始めた。
だが、わずか1ヶ月で「自分向きではない」と自主的に卒業した。
そこから最近、メタファーの構築へとシステムを移行した。
移行してから2週間ほどの間に、一気に380個ほどのメタファーを脳内から叩き出してしまった。
だが、それをただパソコンのハードディスクに保管しておくだけでは何の意味もない。
何か活用できないか?
そう考えて行き着いたのが、「メタファーを小説のタイトルにして、その奥にある物語を書けばいいではないか」だった。
そう。
片岡義男氏の著書『幸せは白いTシャツ』の構造に、私は大きなヒントを得たのだ。
