植木屋さんの朝は早い
今日は朝から植木屋さんに入ってもらって、今はまさに自部屋の外で作業が進行中である。見積りに来てもらったのは結構前だったのだけど、お忙しいようでしばらく日程が決まらなかった。いつから待ってたんだっけな、と自分の書いたものを検索してみたら、以下の記事が出てきた。
5月14日に書いている。2か月半も前ではないか。5月上旬に動き始めて、今朝になってやっと作業にこぎ着けた。よかった、来てもらえて。植木屋さんの朝は早くて、朝8時を回って間もない時刻にもう家の前にいらっしゃっており、自分はみすぼらしいボロボロな寝間着姿だったので焦った。少し考えてみれば、こんな猛暑の中で外作業をするのだから8時スタートでも遅いぐらいだろう。植木屋さんはこの時期が一番忙しいらしい。現在暮らしているこの山国では「お盆」という夏の一大イベントが健在であり、じいじ、ばあばの家に帰省してくる家族を迎えるために庭をきちんとしておきたいお宅が多いのだという。すごいなあ、ザ・真人間という感じだ。さっきもお盆の時期に自分が書いた記事を読み返していたのだけど、お盆みたいな行事にまったく縁がないやくざなよそ者としては、この時期はどうしても疎外された気持ちになるので苦手なのである。

それでも、今朝は植木屋さんに庭木の手入れをしてもらっているのだから、自分としてはかなり真人間寄りのことをやっているではないか。この家を買って暮らし始めてから2年4か月になるけど、プロに作業してもらうのは今日が初めて。歩道にせり出した枝を枝切りばさみで切るぐらいのことはごくたまにやっていたけど、この家は面積のわりに木がたくさん植わっていて、また自分は樹木への関心が薄いものだから、ほぼ放置状態だった。春になって木々がまた茂り始め、これを自力でどうにかするのはとても無理だろう、と観念したのである。5月の記事にも書いたように、最初は別の大手業者に見積りを頼んだら19万8000円などという金額を出されて目玉が1メートルほど飛び出たが、今お願いしている植木屋さんはその4分の1に近い料金でやってくれていて実に有り難い。やる作業は同じだろうに、どうしてここまで違うのだろうか。世の中のお金の流れというのは実に不可解。人の言うなりになっていたら大損させられることもある。やはり、自分を守ってくれるのは自分しかいない。

この家を建てた元のオーナーさんはおそらく木が好きなのだろう。植わっている木も通り一遍のものばかりではなく、上の写真の木はプロの植木屋さんでも名前がわからなくてスマホのアプリで調べていた。明るい緑色の葉に白い斑が入って、爽やかな見た目で自分もこの木は好きなのだけど、春になると狭い庭に枝がにょきにょきと伸びてかなり邪魔だったので、植木屋さんにいい感じにしてもらえるのは良かった。その隣には桃の仲間が植わっていて春には可愛いピンクの花を咲かせ、今は小ぶりだけど桃だとわかる実をたくさん付けて、取って皮をむけばちょっと硬いけどたしかに桃の味がする。2年前にこのnoteを始めて、なかなか文章を書く意欲が湧かずにとりあえず載せた写真もその桃である。

さっきは、植木屋さんが枝を切る前に桃を収穫してしまおうと、脚立を出して高いところの桃をもいでいたのだけど、しばらくやっていたら足元がふらふらしてきて怖くなったのでやめた。抗うつ薬の減薬中で、頭がふらつく感じが常に少しあるのだけど、我慢できないほどではないので薬を飲まずにいる。最後に飲んだのは2週間ほど前、父の農園に泊まり込んで農作業の手伝いをしていたときだった。適応障害を患ったのもその農園の近くに暮らしていた時期で、もうすぐ3年になるのだから、そろそろ断薬できてもいい頃合いだろう。たまたまあの土地を再訪しているときに最後の薬を飲んだのならば、何だか円環が閉じた感じでちょうどいい。
どん底にいるときには本当に誰も愛してくれないし、有頂天になっているときには誰も見てくれない。お墓に埋められたときにやっと皆に愛してもらえる。これは嘆きではなくて人生の真実に過ぎない。この3年ほどの間にも心底から実感した。自分の空虚を埋めることができるのも結局自分だけ。誰かに助けてもらおうなんて期待しても空しい。自分を助けてくれるのは自分しかいない。それでも植木屋さんに代金を払って作業してもらうことはできる。こうやって自分で文章を書くことなら無料である。冬の終わりにはレコード棚を自作して自己満足に浸ったが、またDIYをやる意欲が出てきたので、今度は外に置く園芸用品の棚を作ろうと思っている。大まかな設計図は昨晩すでに書いた。動けるときはせいぜい動こう。
植木屋さんはさすがプロ、さっき自分が登ったものの3倍はありそうな高さの脚立を持ってきている。見ただけで足がすくみそう。作業が始まってから2時間ちょっとで、自宅の周りはすでにかなりさっぱりとして、どちら様のお宅ですかという感じだ。すばらしい。庭の日当たりが良くなって、植物の育ち具合も変わるだろう。もっと早くこうしてもらえばよかった。


