市役所職員|大学院を受験します。
はじめに
こんにちは!
アラサー市役所職員の洋ナシすっぽんと申します。
最近、転職活動を本格化させた僕ですが、
並行して大学院を受験することにしました。
分野は経済学。
都内在住であればMBA(経営学修士)でも取りたいところでしたが、地方大学にそんな気の利いた履修プログラムはありません…。
そうして色々考えた結果、
家から通えて、かつ夜間帯で修士号を取れるトコロということで、当該大学院を受験することにしたのでした。
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・受験の動機
自分で言うのも恥ずかしいことですが、
僕はかねてより、知的探求が好きな人間でした。
何か興味のある分野があれば、すぐさま関連する書籍をまとめ買いし、読んでいるうちに新たな興味分野が発生すれば更に買い…という具合で、常に本に囲まれた生活を送ってきました。
ただ最近、
新たな本を買うペース>>>消化するペース
の差が著しく開いてきました。
原因は消化ペースの鈍化というより、興味が野放図に広がりすぎて、購買ペースが速まりすぎたことによります。
また、次から次へと分野をまたいで読むため、
記憶は定着しないし、基礎的教養は身についても、自分が「学問を収めた人」に近づいた感覚は全くありませんでした。
そこで、何か一点に資源を集中して学びたいと思った結果、
大学院という選択肢が浮上してきたのです。
分野については、
もともと「社会学」と「経済学」の2つに絞っていたのですが、最終的に経済学を選んだきっかけは、指導教員との面談でした。
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・研究分野① 社会学(断念)
まず、社会学のとある教授と面談しました。
その方は元市役所職員でありながら、40代でアカデミックな世界に飛び込んだ経歴の持ち主です。自分とも親和性がありそうだと思いました。
が、実際に会ってみると、絶妙にフィーリングが合いませんでした。
公共政策も研究しているだけあって、僕が持ち込んだ研究テーマは全肯定レベルで評価してくれたけど、何だか職場の上司のような”面白くなさ”を感じてしまったのです(失礼ですね、ゴメンナサイ)。
もっとこう、
僕がアカデミックに求めるのは一種の変態性なんだなってことに気づいたのでした。
・研究分野② 経済学(採用)
これを受けて、次は経済学のとある教授と面談しました。
この方は「計量経済学」や「ゲーム理論」を研究している方です。
研究室のドアを叩くと、寝ぐせ頭でコーヒーカップを持った教授が現れました。
(そうそう、求めていたのはこういうのだよ…!)
先生の語らいを聞きながら、「この人を市役所にブチ込んだら、全く仕事ができないだろうなぁ」と思いました。
特化型の変態というか、高度ADHD的な気質を感じたのです。
ですが、それがまた研究レベルの高度さへの裏付けになっている気もして、何だか興奮したのも事実です。
また、僕が持ち込んだ研究テーマについては、
「洋ナシさんのテーマは事例研究に寄りすぎている。そういう研究手法で修士号を取れるトコロもあるが、うちは世に広く通用する”一般論”を見出す研究室である。志望するのであれば、テーマを再考されたし。」
ということをやんわり言われました。
その通りだ、と思いました。
データをプロットするだけで成り立つ事例研究であれば、2年もかけて論文を書く必要はない。生成AIの得意分野でもある。
僕は研究テーマを再考した上で、
この教授の研究室を志望し、大学院を受験することに決めました。
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・文系大学院は行く意味があるのか?という問題
ちなみに進学にあたって、
「文系の院に行く意味ってあるのか?」という根本的な疑問は、解消しておく必要があります。
というのも昨今、特に就活市場において、
文系学問への風当たりが強くなっています。
かつて会社のバックオフィスや営業職は主に文系が担っていましたが、最近はAIがそうした雇用を駆逐しはじめた結果、「文系いらんのでは」という様相が強まりつつあるのです。
もちろん、学問は就職予備校としての機能性で判断されるべきものではありませんが、大学には公費が投入されていますから、「役に立つ理系にシフトすべし」という議論が起こるのは妥当ではあります。
現に僕は法学部を卒業していますが、4年間かけて学ぶ価値があるものを収めたのかといえば、間違いなく「否」です。
国はもっと理系に注力しろ、という議論を見るたびに、その通りだと思わざるを得ません。
というわけで、文系大学院に行くことで、直接役に立つメリットがあるのかと言えば、「ない」でしょう。
一目置かれることもなければ、昇進や転職で有利になるわけでもない。
(ただ教員免許が取れるので、選択肢は一応増えます)
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おわりに
では、それを分かった上でなぜ院に行きたいのかと問われたら、
結局のところは、
「高尚なヒマつぶしがしたいから」
に尽きるのだと思います。
役に立つとか立たないとかじゃない、俺はとにかく学問がやりたいんだ、って感じです。もう趣味に近い。
多分、僕が2年かけて書くであろう修士論文は、AIなら5分で出力するようなものでしょう。だが、それでいいのです。
AIの使用は「思考の外注化」ですが、自身の脳みそに学問を刻むのは、「オフライン思考の高度化」です。
つまり、無人島に流されてWi-Fi環境からハブられることがあっても、自身の脳内だけで思考が捗るというわけです。
また、直接の役には立たないとしても、
計量経済学やゲーム理論的アプローチを身に付けることで、社会への解像度が上がったり、データバイアスに惑わされなくなるなど補助的なメリットは期待できると考えます。
というわけで、
「入試に受かるのか落ちるのか」
「受かったとしても実際に入学するのか」
など、今後の経過はまたnoteで書いていきたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました(^^)
