【保存版】カナダの「真実と和解の日 」:先住民の深い傷と日本人として向き合う歴史(National Day for Truth and Reconciliation - NDTR)
カナダからこんにちは。Chaiです。
重い内容ですが、おつきあいください。
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簡単版を作りました。
できるだけ易しい言葉でまとめています。
2025年の9月30日のオタワの様子です。
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こちらの記事は約4400字です。
カナダに暮らす私たちにとって、毎年9月30日は、単なる祝日ではありません。この日は「真実と和解の日 (National Day for Truth and Reconciliation - NDTR)」として、カナダの最も暗い歴史と、現在進行形で取り組むべき「和解」の重要性を深く考えるための、厳粛な日です。
この日はまた「オレンジシャツデー (Orange Shirt Day)」とも呼ばれ、カナダ先住民が過去に受けた「文化的ジェノサイド」の犠牲となったすべての子どもたちを追悼し、生存者への敬意を表します。
この記事では、NDTRの成立背景にある寄宿学校制度の全容から、この日が持つ真の意義、そしてカナダ社会の一員である私たちがどのように和解に貢献できるのかを、詳細に解説します。
1. 「真実と和解の日」の誕生:2021年の衝撃
「真実と和解の日」は、2021年に連邦政府の法定祝日として制定されました。この制定には、カナダ全土を震撼させたある出来事が深く関わっています。
祝日制定の直接的な背景
2021年5月、ブリティッシュコロンビア州のカムループス・インディアン・レジデンシャル・スクールの跡地で、215人の子どもの埋葬地が確認されたというニュースは、生存者たちの証言の真実性を改めて浮き彫りにし、国内外に大きな衝撃を与えました。
*この時ニュースで「墓標のない墓」という表現を使っていましたが、
死んだ子供を埋めただけです。埋葬でもないです。記録もろくに残っていません。
この衝撃的な発見が、カナダ全土に和解の緊急性を再認識させ、**真実と和解委員会(TRC)が2015年に発表した「行動への呼びかけ」(後述)の一つである「法定祝日の創設」を、連邦政府が緊急に進める決定打となりました。
オレンジシャツデーの由来
9月30日という日付は、もともと2013年から草の根で広まっていた「オレンジシャツデー」に由来します。
ファーストネーションズの生存者であるフィリス・ウェブスタッドさん(Phyllis Webstad)**が、6歳で寄宿学校に入学した初日に祖母が買ってくれた真新しいオレンジ色のシャツを職員に奪われた経験が原点です。この出来事が、文化、自尊心、尊厳を奪われた先住民の子どもたちの喪失の象徴となり、「すべての子どもが大切(Every Child Matters)」というメッセージと共に、オレンジ色のシャツを着て追悼の意を示す慣習が広まりました。

2. 歴史的背景:寄宿学校制度(Residential School System)の全貌
NDTRの根底にあるのは、カナダ政府とカトリック教会を中心とする宗教団体が、長きにわたり運用した寄宿学校制度という、非人道的な同化政策です。
制度の期間と目的
期間: 1830年代から始まり、1996年まで続きました。
最後の学校: カナダ国内で最後に閉鎖された寄宿学校は、サスカチュワン州のゴードン・インディアン・レジデンシャル・スクールで、1996年のことでした。この制度がわずか約30年前まで運用されていたという事実は、この問題が過去の遠い出来事ではないことを示しています。
同化政策: 15万人以上の先住民(ファーストネーションズ、メイティ、イヌイット)の子どもたちが親元から強制的に引き離され、彼らの言語、文化、伝統を破壊し、ヨーロッパ系の文化に同化させることが目的でした。
学校での虐待: 母語の使用禁止、番号での呼称、そして日常的な身体的、精神的、性的虐待が横行していました。
なぜ子どもたちは家族のもとに帰れなかったのか?
子どもたちが家族のもとに帰ることも、親と会うこともほとんど許されなかったのには、制度的な要因がありました。
強制的な分離: 寄宿学校の目的は、先住民の子どもたちを家族や文化から完全に引き離し、同化させることでした。学校への通学は法律で義務とされ、親が拒否すると罰せられることもありました。
物理的な距離: 学校は、親が子どもに会いに来たり、先住民の言葉を教えたりするのを防ぐため、意図的に家族の住むコミュニティから遠く離れた場所に建設されました。
長期の滞在: 子どもたちは一度入学すると、何ヶ月も、時には何年も学校に留め置かれ、長期休暇でも自宅への帰省が許されないことが多かったのです。
蔓延する死と未確認の墓地
学校内は劣悪な衛生環境や医療不足によって病気が蔓延し、多くの子どもたちが死亡しました。
確認された死者数: 真実と和解委員会(TRC)は、公式記録に基づき、少なくとも4,100人以上の子どもたちが寄宿学校で死亡したことを確認し、その氏名や情報を「全国追悼登録簿(Memorial Register)」に登録しています。推定される死者数: 記録が不完全であるため、TRCの元委員長を務めたマレー・シンクレア氏(Murray Sinclair)は、記録の不確かさから実際の死者数は6,000人から最大で25,000人に及ぶ可能性があると推定しています。
未確認の墓地: 死亡した子どもの多くは故郷に返されることなく、親にも知らされないまま学校の敷地内に埋葬されました。前述のカムループスでの発見以降、**グラウンド・ペネトレティング・レーダー(GPR)などの技術を用いた調査がカナダ全土で進められ、さらなる身元不明の子どもたちの埋葬地が発見されています。
真実と和解委員会(TRC)の結論
生存者たちの証言を集めたTRCは、2015年にこの制度を「文化的ジェノサイド」であったと結論づけました。そして、この悲劇の遺産に対処し、和解を達成するための94の「行動への呼びかけ(Calls to Action)」を公表しました。
3. 寄宿学校の永続的な遺産:現代に続く深い傷
寄宿学校制度の影響は「過去の出来事」ではなく、現代のカナダ社会に暗い影を落とし続けています。
世代間トラウマ(Intergenerational Trauma)
寄宿学校の生存者の経験は、「世代間トラウマ」として、その子どもや孫の世代にまで継承されています。これは、高い自殺率、アルコール・薬物依存、貧困、教育格差、そして司法制度における先住民の過剰な投獄率といった、深刻な社会問題の根源となっています。
また、寄宿学校制度が終焉を迎えた後も、先住民の子どもたちが福祉システムを通じて家庭から組織的に引き離された「60年代のさらい(Sixties Scoop)」という別の歴史的不正義も存在し、問題の根深さを物語っています。
和解の複雑さ:真の解決への道のり
「和解」は感情的な癒やしに留まらず、政治的、経済的な問題とも密接に関わっています。真の和解は、先住民の土地(Land)の権利、資源の利用に関する主権、そして歴史的な条約(Treaty)の尊重といった、カナダ建国の根幹に関わる、重い問題への取り組みを不可欠とします。
4. カナダに住む日本人移民として考えること
私たち日本人・日系人は、この地に住む非先住民の移民(Settler/Immigrant)として、この国の暗い歴史を学び、和解への取り組みを知る必要があります。特に、私たちには、この歴史を他人事として終わらせないための、独自の視点があります。
忘れてはならない歴史の教訓
第二次世界大戦中、日本が真珠湾攻撃を行った後、カナダ政府は日系人に対して、財産の没収や強制収容という非人道的な措置を取りました。当時の日本人・日系人は、国籍や忠誠心に関わらず「敵性外国人」と見なされ、財産や尊厳を奪われるという差別と迫害に苦しみました。
この経験は、植民地主義によって何世代にもわたって迫害された先住民の経験と、その性質は異なります。しかし、「特定の集団に対する構造的な差別と人権侵害が、政府の政策によって引き起こされた」という悲痛な歴史を共有しています。
私たち日本人・日系人は、自らの祖先が受けた苦痛を知っているからこそ、過去の過ちを「忘却させないこと」、そして「他者の苦痛に共感し、連帯すること」**の重要性を強く認識することができます。
和解のために私たちにできること
「真実と和解の日」は、私たち一人ひとりがカナダの歴史と向き合い、未来の世代のために、真に公正で、尊重に基づいた社会を築くための、行動を促す日です。
1.歴史の真実を学ぶ:
NDTRの背景にある寄宿学校制度の真実を、自発的に学び続けます。そして、先住民の生存者やコミュニティの声に耳を傾け、彼らの経験を理解しようと努めます。
2.連帯の表明:
オレンジ色のシャツを着て、「すべての子どもが大切(Every Child Matters)」というメッセージを共有し、追悼の意を表明します。
地元の先住民コミュニティが主催する追悼式典やイベントに、敬意をもって参加します。
3.対話と支援:
家族や友人と、カナダの歴史と和解の重要性について話し合い、先住民のコミュニティが立ち上げた団体や、トラウマ回復を支援する団体への寄付を検討します。
4.博物館訪問
話し合った後は博物館へ行って事実を確認しましょう。
おすすめはGatineauにある国立歴史博物館です。
オタワの国立戦争博物館と共に、9月30日は入場が無料です。
「真実と和解の日」は、カナダ社会の一員として、
差別に苦しむ人々への共感を深め、二度とこのような悲劇を繰り返さないという決意を新たにする日なのです。

あとがき
最後までお読みいただきありがとうございました。
2021年に制定された「祝えない祝日」です。
その日のセレモニーをテレビで見ました。
寄宿舎学校に押し込まれていた女性が、体験談を語ってくれました。
彼女は最後に泣きながら国歌「オー・カナダ(O Canada / Ô Canada)」を歌っていました。
何とも言えない気持ちになったのを覚えています。
同じような学校は、アメリカで始まり、オーストラリア、ニュージーランドにもあるそうです。
カナダの先住民・犠牲者とその家族に対しては、最終的に首相、イギリスを代表してエリザベス女王、キリスト教を代表してローマ教皇から正式な謝罪がありました。
移民の私としては、白人の作った社会で生きることの難しさをひしひし感じました。
少しでも事実を知ること、そしてほかの方にも知っていただくことが何より重要だと感じ、この文章を執筆しました。
このような負の歴史があることも知ってから、機会がありましたらぜひカナダへお越しください。
ありがとうございました。
Chai

