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Pace Galleryの大規模再編が示す、メガギャラリー時代の転換点


世界有数のメガギャラリーとして知られるPace Galleryが、大規模な事業再編に踏み切ることが明らかになった。

報道によれば、Paceは現在扱っている約135組のアーティストおよびエステートを、今後約85組まで縮小する予定だという。あわせて、約250人いたスタッフも約200人へ削減される見込みだ。

これは単なる人員整理ではない。
ここ十数年のアート市場を支えてきた「メガギャラリー」モデルそのものの見直しである。

Paceは1960年創設の老舗ギャラリーで、アレクサンダー・カルダー、マーク・ロスコ、アグネス・マーティンのエステートをはじめ、デイヴィッド・ホックニー、ジュリアン・シュナーベルなど、世界的な作家を多数扱ってきた。ニューヨーク、ロンドン、ジュネーヴ、ベルリン、ソウル、東京などに拠点を持つ、まさに世界規模のギャラリーである。

そのPaceを率いるマーク・グリムチャーCEOは、今回の再編について「現在のギャラリーモデルは壊れているだけでなく、もはや修復不可能だ」と語っている。

この言葉は重い。

これまで大手ギャラリーは、作家数を増やし、拠点を増やし、アートフェアに出展し、世界中の富裕層コレクターとの接点を広げてきた。規模の拡大こそが信用であり、影響力であり、市場支配力だった。

しかし、その拡大モデルは同時に、巨大な固定費を抱えるモデルでもある。

各都市のギャラリースペース、アートフェア出展費、輸送費、保険料、人件費、広告費、VIP対応。市場が右肩上がりであれば成立するが、コロナ禍以降のマーケット減速、高金利、インフレ、地政学リスク、運営コストの上昇が重なれば、巨大化したギャラリーほど身動きが取りづらくなる。

興味深いのは、Paceが単に「不採算部門を切る」と言っているのではない点だ。

グリムチャーは、アートギャラリーのシステム全体が「大きくなりすぎ、商業化しすぎ、非人間的で企業化しすぎた」と述べている。つまり問題は、数字だけではない。

作家との関係性が薄くなる。
展示がイベント化する。
作品が投資商品として処理される。
ギャラリーが企業のように拡大し続ける。
そして、本来あったはずの「作家と向き合う時間」が失われていく。

今回、削減対象となった作家の全容は公表されていないが、報道ではチームラボ、高松次郎、JR、ラファエル・ロサノ=ヘメルらの名前が、ウェブサイト上の所属作家リストから外れていることが確認されている。

もちろん、これは作家の価値が下がったという単純な話ではない。
むしろギャラリーが、「誰を、どこまで深く支えられるのか」を再選別していると見るべきだろう。

ここで作家側が考えるべきことがある。

これからの時代、巨大ギャラリーに所属することだけが正解ではなくなる可能性がある。大きなギャラリーに入れば、国際的な露出、ブランド力、有力コレクターとの接点は得られる。しかし作家数が多すぎれば、ひとりひとりに割けるリソースは薄くなる。大きな組織の中で、自分が本当に大切に扱われるとは限らない。

これは日本の画廊にとっても他人事ではない。

百貨店画廊、企画画廊、現代アートギャラリー、地方画廊。規模は違っても、同じ問題を抱えている。

売上を作るために作家数を増やす。企画数を増やす。催事を増やす。商品点数を増やす。しかし、増やせば増やすほど、一人の作家、一点の作品、一人のお客様に向き合う時間は薄くなる。

短期的にはそれで数字が立つこともある。
だが、長期的にはギャラリーの芯が失われる。

Paceの再編が示しているのは、アート市場の縮小ではなく、「雑な拡大の終わり」ではないかと思う。

これから求められるのは、規模ではなく密度だ。

その作家をどれだけ理解しているか。
作品の価値をどれだけ言語化できるか。
顧客にどれだけ納得のある提案ができるか。
購入後の関係性をどれだけ育てられるか。

ギャラリーの仕事は、作品を大量に流通させることではない。

作家の仕事を理解し、作品の価値を見極め、それを必要とする人に届けること。そして、作品が売れた後も、その価値が時間の中で深まっていくように支えること。

Pace Galleryの再編は、アート業界全体にひとつの問いを突きつけている。

私たちは、作品を扱っているのか。
それとも、ただ市場を回しているだけなのか。


この問いから逃げられない時代に入ったのだと思う。


画廊の現場から、アート市場の一次情報を書いています。

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