【創作ミステリー】スノードームの祈り⑥南雲靖久:スノードームの夢 前編 〜検視〜
創作ミステリー推理パートの続きです。遺体の調査パートで、今回は短めです。
前回→⑥南雲靖久:スノードームの夢 前編 〜事件概要〜
次回→⑥南雲靖久:スノードームの夢 前編 〜現場検証〜
南雲靖久:スノードームの夢 〜検死〜
ある程度情報を聞いたところで、牛田から事件概要メモと一次報告書が手渡された。夏目がそれを受け取ると、熊井は俺たちを遺体の方へと促しだす。
「どうぞ遺体は好きに調べてください。あと、中庭や石黒の部屋に行く場合はホテルにお願いしてください。我々は一度旭川本部に定期報告入れてきますんで、少し席を外します」
「了解しました。何かあればこちらからご連絡します」
端末の番号を交換し、夏目は去ろうとするふたりにきっちりと敬礼をする。それを見たふたりも、軽く敬礼を返して部屋を後にした。
「さて、始めるとするか」
「はい」
手袋をはめ、俺たちは石黒の遺体に向かって静かに手を合わせた。
ただ目を閉じ、ほんの数秒、沈黙のまま祈る。
「……失礼します」
夏目が目を開け、ふっと息を吐いた。
まずは頭部だ。頭頂部には陥没創があるが、雪の緩衝により顔面自体の損傷は軽い。少し額に打撲痕が出ている程度でキレイなものだ。
顔色はすでに青白く、血の気を失っている。唇は紫に近く、死斑は首筋から耳下にかけてうっすらと現れ始めている。
そして、両目のまぶたは完全に閉じられていた。仰向けに寝かされた石黒の顔は苦痛を知らぬ静けさで、まるで寝ているかのように安らかだ。
「この両目、誰かが閉じたんでしょうか」
「その可能性は高いな」
同じところを見ていた夏目が疑問を口にする。
今回のような転落死の場合、目が閉じられているというのはあまりあり得ることじゃない。自ら閉じたというより、誰かがそうしたのではないか——そんな印象を受ける。
「身元確認は終わってるんだよな」
「一次報告書には『所持品に財布・免許証・クレジットカードあり』と記載があります。宿帳のチェックや関係者の証言も取れているようです」
「石黒の家族構成は?」
「札幌で妻と二人暮らし、とありますね。両親も健在で、同じく札幌在住のようです」
「ん。じゃあこの後、被害者対応頼むな」
「了解しました」
夏目が頷く。俺はそれを確認して、もう一度じっくり石黒に目をやる。
「にしても、32歳の割に若いな。柊木とほぼ同年代とは思えねぇな」
「プロデューサーを名乗りながら精力的に宣伝活動をしてたようですし、白峯あかりと一緒に映ってる動画を見る限り、エネルギッシュで若々しいタイプだったみたいですね」
石黒の顔立ちは年齢よりも若く整っていた。伸びた鼻筋は形が良く、上がり気味の口角は愛想の良さを彷彿とさせる。動画でのノリといい、かなり外交的なタイプに見えるな。
雪に埋もれていたからか、髪やまつ毛、顔の表面は湿っている。付着していた雪が室温で溶けたんだろう。よく見れば、コートも中の衣服も、全身がしっとりとしている。
「この厚着からして、自分からバルコニーへ出たのは間違いなさそうだな」
「そうですね。でも、なぜこの季節にバルコニーなんかに出たんでしょうね」
「まぁ、理由はこれだろうな」
言って、石黒の右手を手に取る。人差し指と中指の内側にはうっすらと変色があり、俺はそれを夏目に見せつける。
「ヤニ染みだ。若いのに珍しく紙タバコ派だったんだな。今時の若いのはみんな電子吸ってんのかと思ったんだけどな」
「……タバコですか」
「そ。ここのホテル全館禁煙なんだろ?てことは客室も禁煙。でも今すぐに吸いたいってなったら?」
「バルコニーで吸う、と」
「たぶんな」
石黒の手を戻し、今度は着衣に注目する。
羽織っただけの黒のウールコートの下は、白いワイシャツと紺のスラックス姿だ。水分を含んだコートは色を濃くしていて、服は上も下も体に張り付いている。
「遺体の残留物については何か記載あるか?」
「衣服全体に雪の結晶溶解跡あり。左手首の腕時計付近に黒の繊維あり。これは着用しているウールコート由来のようです。他は……特に気になるものはありませんね」
「ふーん……」
——目立ったものはなし、か。
物足りなさに腰をかがめ、俺は目線を近くしてさらに観察する。
コートの表裏、各ポケット、襟元や袖口、スラックスの裾。何か残ってないかと全体をくまなく調べれば、ふと、胸元に気になるものがあった。
「……ん?」
ワイシャツの上に微かに存在する——小さな繊維片。それはワイシャツと同じ白色で、目視すら難しいほどにか細い。
——石黒の服のものではないな。
直感した俺は、繊維片から目を離すことなく夏目に手を差し出した。
「陸」
「はい」
夏目がポケットから滅菌済ピンセットを取り出し、俺の手に乗せる。俺は慎重に繊維片を摘むと、夏目の持つ無菌チューブに収める。
「白い繊維……これは死体を埋めた人間のものでしょうか」
「どうだろうな。……ただ、富良野署の鑑識が採取してないところをみると、もしかしたら雪が溶けて出てきたのかもな」
「雪が溶けて、というと……」
「石黒を覆うために、雪をかき集めた時のものかもしれないってこった」
夏目の目が鋭くなる。重要な証拠と見た夏目は、手早くラベルに情報を記載する。
『現場番号24-A、被害者右胸部、白色繊維片』
チューブにラベルを貼りキャップを閉めると、俺はそれを受け取り、目線の高さに持ち上げる。
一見白に見えるが、よくよく見ると、ごくわずかにクリームがかっていた。
「……毛羽立ってるな。綿か麻の天然か、アクリルとの合成か。下手すりゃウールも混じってるかもな」
「そこまで……見ただけでわかるんですね」
覗き込んでいた夏目がわずかに目を見張る。純粋な驚きと——敬意。時々こんな反応されるから、なんだかんだ憎めないんだよな。
「長いこと現場見てると嫌でも身につくさ。見え方も触り心地も、素材によって全然違うからな」
「化繊じゃないって、どうしてわかるんですか?」
「光の反射の仕方が違う。ホテルの制服手袋みたいなナイロンやポリエステルなら、もっとツルッと艶がある。けどこいつは、光を吸い込むようなマットな質感してるだろ」
光に当てるように掲げると、中で繊維片がわずかに揺れる。俺はチューブを指でつまみ、わずかな光の反射を確かめる。
「ホテルの制服用手袋はナイロンとかポリエステルが多い。あれならもっと光沢が出る。けど、こいつは反射が鈍いし、毛羽立ちの出方も天然系だ」
「つまり……遺体に触れたのは、ホテル従業員じゃない可能性が高いと」
「そこまでは言いきれねぇな。あくまでこれは、『ホテルが着用する白い手袋じゃない』ってだけだ」
そこまで確かめると、俺は夏目にチューブを返した。夏目は内ポケットから取り出したジッパー付きの透明ポーチに入れ、胸元に戻す。
「これは鑑識に回しておきましょう。熊井さんと牛田さんには後で追加の残留物が出たことを報告します」
「ん。頼むわ」
その後も調べを進めたが、追加の収穫はなし。俺と夏目は遺体調査を一旦終え、次の捜査に移ることにした。
