海外学生生活② 初交際の成れの果て
前回のお話
「海外学生生活①
人と接する事にやっと慣れた頃」
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
これでも大分端折って書いた方なのですが、えらい熱が籠って長文になってしまい、出遅れてしまいました。
なんと初の2万5千文字超えの記事になっちゃった…。
区切る所がわからずに書き過ぎた感。
短大でやっと羽ばたいた矢先の人付き合い、その結果のお話です。
結論から言うと、色々と最悪でした。
これだけ先に書いておきますが、10代の妊娠と海外での中絶というセンシティブな経験談が含まれています。
そう言った話題にあまり触れたくない方は、この回はスルーして頂ければと思います。
人付き合いにも慣れてきた
高校を抜けた後ともなれば周りも大人びた人達ばかりで、前回も書いた通り、現地の言語を完璧に喋れない私の事をからかう奴らも一気に減った。
あんなド陰キャだった私にさえも、友人と知人が徐々に増えつつあった。
本格的にお化粧を始めたり、好きな洋服を着たり、髪を伸ばし続けてロングにしたり、アクセサリーや雑貨を好き勝手に選んだりと、人生で初めて個性を出し始めた。
黒髪ストレートロングの日本っぽいファッションに身を包んだ女子という事で、少しずつモテ始めた。
特に好みの相手は居なかったのだけど、ようやく自分から恋愛のアンテナも張れるようになった。
当時の専攻は一応美術、ファインアート。
(後に最先端のグラフィックデザイン以外の道でメシは食っていけないと悟り、絶望して早々に専攻を変えたが…。)
移住してからざっと4年以上経過していたので日常会話はわりと大丈夫だったが、地頭の悪さと語学を吸収する事に対する意識の低さにより、読み書きや勉強はからっきしだった。
なんなら日本から留学や駐在で来たばかりの人達の方が、現地の言葉は理解していたと思う。笑
甘ったれていたので、ずっと住んでおきながら全然モチベ上がらなかったもんな…。
なんだか頭に入りづらくて、語学が嫌いだった。
自分から自然と学べたのって、母親が持ってた香取慎吾のベラベラブックのカタカナ読みで学習した時くらいなんじゃないだろうか。
なんかオマケに草なぎ剛の韓国語講座みたいなページがあって、そこまで無駄にしっかり読んでたんだけど、イリンブンチュセヨ(1人前ください)ってワードを今でも覚えている笑
そんな私だけど、ある時期から、日本語クラスの授業進行を助けるボランティアスタッフに誘われる。
切っ掛けは全然覚えていないが、日本人の知り合い数名と一緒に、空き時間ちょくちょく日本語クラスに参加する事になった。
高校の日本語クラスでは若干嫌な思いをしたのに、当時の私はよく行く気になったなあ、と思う。
マジで経緯覚えていないけど。
当然日本語に興味ある、日本大好き、またはサブカル文化大好きといった人達が多かったので、生きた日本語が話せる私達日本人のボランティアは重宝された。
クラス自体も高校時代と違って、純日本人教師によるちゃんとした授業だった。
って、まあ先生自身は性格に難ありで生徒との距離感バグってる謎の日本人おばさんだったけど、深く関わらなければ大丈夫だった。笑
当時皆がやってたFacebookで生徒達に変なコメントで鬼絡みしたり、50代後半くらいの化粧っ気なく不細工で無表情でチャーミングでもない人だったけど、生徒を家に招いて彼氏の代わりにしようとしたりして、今思えばビョーキっぽい面もあったかも?
「どや顔という流行り言葉はどういった意味ですか。」と全然関係ない投稿にコメントされた子が、キーボード操作ミスに見せかけて「ggrks」と返してたのはちょっと笑ってしまったけれど。
…話が飛んだが、先生はヤバかったけど、授業自体は普通だった。
生徒側がいい雰囲気の人達が多いクラスで、イキった奴もほとんど居ないし、こういうのも高校と短大/大学の差なんだなあと感動したのを覚えている。
流石にみんな大人。
ここでは嫌な事もなく、のびのびと過ごせて安心。
何回かそこで楽しくボランティアをしたような気がするが、その中で、アニオタだけど同時に体育会系でもあるイケメンの白人男子からなんとアプローチをされるようになった!
当時はまだスマホがそこまで普及しておらず、LINEもなく、私も日本のガラケーとはまた違った真四角の形状のカパカパ開く携帯電話を使っていて、メールなりSMS(text)なりで家族や友達とやり取りをしていた。
その白人男子からは次第に毎日textが来るようになり、私の新しい父がホームパーティーを開きたがった際に友達として何気なく誘って、一度家まで遊びに来た事もある。
移住してから私は友達自体家に呼ぶ事が一切なく4年以上過ぎたので、継父は逆に嬉しそうだったな…。
彼氏ではなかったんだけど。
日本ではまず無いサイズのデカいソファーがリビングに置かれていたのだが、普通にその男子は私の隣に超至近距離で座って腕を回してきたし(私の親の前だけどめっちゃ自然)ずっと甘ったるく話してくるし、帰り際バックハグなどもするしで、驚いたり人生初シチュエーションにドキッとした記憶もあるのだが、日本と違ってそもそも「付き合いましょう」的な告白文化が無さげだったので、お相手の中ではもう親密で、なんなら彼女認定されつつあったのかもしれない。
明確に付き合ってる状態の線引きが、日本よりあやふやな感じはあった。
初めての異性との接近に最初は若干ドキドキはしたものの、その後の私はどちらかと言うと、"どう断ろうかな"という思いで頭の中がいっぱいだった。
折角今まで陰キャだった人生で初めて異性から好かれていたにも関わらず、私は燃えなかった。
こんな機会なかなか無いし、ラッキーだったとは思うけど、もったいなかったかもだけど………初めての彼氏を外国人にすることは、当時の私にはハードルが非常に高かった。
特に私の場合、言語面で不安しかない。
多少自分の意見を喋れても聞き取りがからっきしだったし、いくら愛があったとしても母達のように噛み合わない会話を続けるのもイヤ。
それに、当時は全く想像がつかなくて未知の領域だった初体験の時が来たとして、その大事な局面で相手と上手くコミュニケーションが取れないのも絶対に嫌だった。
(鼻の穴みたいな小さい穴にデカいナスをガッ!って無理矢理入れる感じで最初は痛いよ~、と教えて貰っていたし不安すぎた…泣)
それに、どんなに相手がカッコよくて優しくてアニメ好きでも、全くキャーキャー言うまでにはならなかった。
人生初めての彼氏は日本人がいいと考えていた所為だと思う。
残念ながら全然燃えない。
こればっかりは差別とかじゃなくて「癖」の部類なので、仕方が無い。
とにかく、恋愛対象は日本人だった。
こうした事はふいに舞い込んできて、上手くいくようで、なかなか上手くいかないものだ……。
どうしようかなあと悶々と過ごしていたところ、同じ日本語クラスの他ボランティアスタッフに個性的な日本人の男女がいて、そいつらと多少関わるようになった。
男の方は女好きのクソ野郎で、「か弱い女の子にイタズラしたいんだよね~」などとよく呟いている薄ら寒いバカ男で、若さを取ったら何も残らないであろう小デブの俳優志望、当時19歳の日本人留学生♂だった。
白人・アジア人と問わず女に執着する、本当に気持ち悪い男だった。
で、そいつと付き合ってはいないが結構仲良くしていたメンヘラギャルの日本人留学生♀は、留年か浪人かで私達よりも1つ上の、当時20歳。
背はとてもチビで胸は大きく、瞳はかなりくっきりとした二重で鼻とアゴもしっかりとした西洋人風の顔が印象的だが、とにかくだらしなく、大きな口で欠伸をしながら海外の広い学校内をスウェットと便所サンダルで歩き回るような女だった。
どちらも似たようなチャラいノリで知性の欠片も無く、当然いい友達になるには至らなかったんだけど笑、奴らは各々海外生活を楽しんでいた。
今にして思えば私とは第一印象の時点でかなり合わない2人だったのだが、日本語クラスのボランティアで嫌でも顔を合わせるし、授業の合間にカフェテリアでよく出くわしたりするので、私も最初は頑張ってノリを合わせていた。
こちとら陰キャ上がったか上がってないかくらいの大人しめの処女だったし、大変だったけど、なんか無理してよく喋ってたなぁ。
ギャルの方は、なんと私を好いていた白人男子の事を気にしていて、今日あのイケメンがいる日本語クラス行くからメイクちゃんとしてきた~♡などと言っていて(※彼氏持ちである)、よく浮ついていた。
今思うと最初から地雷っぽさあったな。笑
この女すごいや。
そして、やっぱどう考えても現状は日本人としか恋愛出来ないと結論付けた私は、悩み抜いた挙句とうとうその男子を、「友達としか見れない」とありきたりな台詞で振ってしまった。
ギャルに無駄にちょっかい出されるのも面倒だったし、相手に早急かつ誠実に伝えた方がいいかもという事で、ホームパーティーの2日後くらいに振ったのだが、私の部屋まで見てべたべたスキンシップしまくっていた彼は流石にかなり凹んでいた。
申し訳無かったけど、それから自然に縁が切れた。
………はずなのだが、なんとその1年後くらいに現地人の女友達のバースデーパーティーで再会し、こちらに向かって「のあサン!ヒサシブリ!」と日本語で話しかけてくれた彼は、優しげな笑顔こそ変わらなかったが、中身はすっかり純粋さが抜けて経験豊富なヤリチン風に変貌していた。笑
私の女友達も日本語勉強中だったし、たまたまそっちに繋がりがあって参加したのだろう。
よりによってリムジンでのパーティーだったんだけど、キラキラと派手な景色の中で、日本語とかオタク趣味界隈とは別にスポーツ界隈で知り合ったと思われる金髪のエロい美女を膝の上に乗せ、ずっと向かい合って密着し、周りに構わず音楽に合わせて腰を振りまくって発情する2人の様子を見せ付けられて、うへぇ~~~となったのを覚えている。
元々海外や外国人に1mmも興味が無いけど家庭の事情で海外移住者となった私は、ひどい陰キャ上がりだったし、どう頑張っても当時は初めての恋愛の相手を彼にする事が出来なかったと思う。
なるべくしてなった結果かもしれないが、少しばかりほろ苦かった。笑
ただ、今現在の自分の視点では、"思い切って付き合っていたなら、人生の方向性がかなり大きく変わっていただろうなぁ"くらいには思っている。
(選択に後悔はないけどね!)
想像すればするほど、どんどん違う道へ突き進んでいただろうし、違う自分になっていたんだろうなと。
人生とは本当に、選択肢による分岐が無限に用意されているADVのようだ。
ちなみにギャルは、私が白人男子を振ってしまった事を知ると、面白いくらい判りやすく相手への興味を失ってしまった。笑
まあ、日本人の彼氏がいても外国人イケメンにすぐ浮ついたり、周りの女子にとって価値があるかないかで男をジャッジしたりしているのでしょう…。
地雷な留学生達との交流
当然メンヘラビッチや女好き野郎といったクソ面子だけではないが、日本人も現地人も、友人知人達は日を追う事にどんどん増えていった。
しかしながら、初めて付き合う直前までいった(?)白人男子をアッサリと切ってしまい、現地人に馴染んでいくルートを自分から消滅させてしまった私の人間関係は、日本人を中心としたものへと変わっていった。
今までは母親がいる家庭内でしか日本を感じられなかったので、学校や外で日本語を喋れること自体が楽しかったのを覚えている。
ちなみに、日本でOLやって自分でお金を貯めてから夢の留学を果たした歳上の20代後半女子なんかもいたが、大概の日本人留学生たちは18~20歳くらいで、ほぼ親の金で遊びに来ていた。
勿論、全員では無いが。
根が真面目な子は、親元を離れてもしっかりと勉強第一で頑張っていた。
そういった子らは最初に決められたホームステイ先からまじめに通いながら(我儘言って恋人と住む為に秒でホストファミリー宅から出る奴らもすごく多いのだが…)決まりを守って健全に暮らし、現地の短大や大学をしっかりと卒業する。
私の周りには有名大学卒の友達も意外と多い。
ちゃんと卒業した後、日本へ帰国した子達も、結婚や就職で現地に残った子達も、いずれもいい企業に勤めたり、国際結婚で幸せな家庭を築いたりと、素敵な人生を歩んでいる。
しかし、皆が皆そうではないし、校内の日本人コミュニティには良くない存在も沢山あった。
チャラついた若造連中はもちろんだが、歳がある程度行き過ぎていて、仕事じゃなく留学で来ている日本人のおじいさんやおばさんもヤバい人が多かった。
(どうして?と思うかもしれないが、ざっくり言えば家族に捨てられて海外行って、若者に囲まれて過ごして楽しんでいるジジイババアが割と多かったのよ…。)
が、最も人をダメな方向へと引っ張る存在は、責任一切無しで周りを巻き込むパーティー狂の若い学生連中だ。
とにかくクラブやレイブやマリファナが大好きで、ド陰キャの私からするとまァ話が全然合わない連中だった。
シラフで楽しめない可哀想なサルという印象。
日本語クラスのボランティアで一緒だったメンヘラギャルとクソ男も、このタイプだった。
今にして思えば、最初に出会った日本人の比率が「たまたま」馬鹿が多めだったのは間違いない。
ちゃんと気の合う友人達と出会うのはもう少し後の話である。
それでもなお、私にとっては、移住から4年以上経って初めて家の外でバカにされる事なく普通に日本語の会話ができる同世代の相手だったので、最初は嬉しかったし、どんな奴らでもある程度はご縁を大事にしようと考えていた。
日本で流行っていた事もたくさん教えて貰った。
メイクやファッションに対する意欲も湧いたし、いい刺激であったのは事実だ。
…深入りしなければよかったなとは今でも思うが。
相変わらず、彼氏持ちにも関わらず校内で男漁りに近いことをしたり、かなりダラけた服装にやる気のない態度、日本の恥とも呼べるメンヘラギャル20歳が(こいつに限った話ではないが留学しておいて勉強する気は無いのだろうか?)、ある日突然カフェテリアで自身の彼氏の話を聞かせてくれた。
この日本人女子は、前述の通りぱっちり二重でメイク映えするルックスで、チビ巨乳に色気のあるサゲマン風オーラ、留学当初は同じ日本人からモテていたらしい。
(本人は欧米人にしか興味がなかったそうだが…。)
ある日、私達が通っている学校の隣町にある学校で、同じように留学している一個下の日本人男と知り合ったそうだ。
その彼は、日本では7股余裕な超チャラいギャル男だったそうだが、女の方もチャラいというかチョロかったので、細かくは考えずヤってから好きになって付き合う事にしたらしい。
首にキスマをつけられまくった状態で写真撮影して学生証を発行したりしていたので、肉体関係持ちまくりで周りにもアピりまくりな関係なのは、何となく把握していた。
その後、ホストファミリーから反対はされたが、留学1ヶ月ほどでホームステイ先を出て、彼氏と複数人の学生でルームシェアを始めたため、学校は違えど彼氏と基本ずっと一緒にいて楽だ、むこうの学校へ編入も考えている、といった惚気話を延々と聞かされた。
このメンヘラギャル、普段はかなり社交的で色んな人にいい顔をするのだが、男関係でイヤな事があると海外だろうとお構いなしに市販薬でODして周りに迷惑をかけたり、肩の近くまで長々と続くリストカットとアームカット痕を隠すどころか露出して見せびらかすし、全体的にイヤな感じのする女なんだけど、周りに人を囲って甘えながら生きているような奴だった。
加えて、大好きな友達が死んだ後に家族が死んだので遺産で留学したなどと、なかなか闇が深い背景を持つ女でもあった。
寂しがり屋で、常に同じノリの人とつるんだりイチャついたりハイになるのが好きで、かなりのパーティガールだった。
その為、その子のパイプで、私達が通っていた学校&その彼氏の学校の日本人たちの間に交流が生まれた。
ギャルとその彼氏が住む部屋を会場として、二校合同の日本人比率多めの激しいパーティーがしょっちゅう開かれた。
根が真面目な学生らは付き合い程度で別にハマらなかったけど、このパーティーに一応参加するだけしてみたという日本人の子は多かった。
私もそいつらの家のパーティーに誘われ、最初は結構迷ったものの、もっと気の合う友達ができるかも?という淡い期待で、思い切って飛び込んでみる事にしたのだった。
(ピュアかよ…。)
アパートメントだが、当然日本のアパートとは全く違った造りで、かなり広々としていた。
そんな隣町の学校の生徒らも交えたパーティは、結論、まあ当然ながら私にとって面白いものではなかった。
だって陽キャとヤリチンとヤリマンばっかなんだもん。笑
当方処女だったので余計に萎縮しちゃうよね。知らん場だし。
それまではイケイケな人達とは目も合わせられないくらいだったので、少しずつ今風の奴らとの交流の仕方を学べたのは良かったけども…。
私は、薬どころかお酒も煙草も当時から一切やらないので、パーティ自体は全く楽しくなく、ただただ純粋に気の合う友達探しに赴いていた。
だが、その場では結局新しい友達は見つからなかった。
自宅のホムパ以外で生まれて初めて参加したパーティーだったが、私を招待した側のギャルは一生彼氏とクソベタベタしてるし、同じ学校の女好きのクソ野郎はその家のルームメイトの中国人留学生と別室でヤリ初めていつの間にか付き合ってるし、なんだか生々しい家の中の様子を目の当たりにして、私は途中で疲れきってしまった。
女好き男は、やたらババア顔の化粧っ気もオシャレ感も0な歳上の中国人留学生を相手にスッキリした様子で、行為の前に胸元にキスマででっかいハートマークを描かれた事、付き合う流れになった事を自慢していたが、こんなにも祝福できない謎のカップル成立シーンは初めてで、私は頭が混乱した笑
ついさっき出会ってムラついて部屋でヤッただけの2人をどう祝えばいいのか…。
ルームメイトの学生ら、そして呼ばれた奴ら、男女問わず、みなチャラいのばかり。
唯一いた50代の日本人留学生の女性はギャルの彼氏からふざけてほっぺチューをされてデレデレしていて、地獄絵図。
どいつもこいつもスキンシップ激しすぎて草。
ギャルは、私や複数人の日本人女子達をこのパーティーに誘った側だったが、皆をもてなすどころか部屋着で超寛ぎながら彼氏とくっ付いてばかりで拍子抜けもいいとこ。
そもそもこの若いカップルは付き合って1ヶ月くらいだった筈だが、既に互いの左手薬指には日本人が好きそうなブランドのペアリングが嵌められていた。
彼氏の方はイヤな奴ではなかったが、顔と愛想がいいだけのクソ野郎なのは非常によく解った。パパママのお金で彼女にブランドの指輪買うとかダッッッッサ。女もそれで嬉しいんだね…
知らない世界に触れて、まあまあ何でも受け入れようとはしていた当時の自分だが、別の日本人カップルが中出しの話などを目の前でしだして、いい加減アウェイすぎてもう帰りたくなってきた。
その頃の私は、学校で人との交流方法を多少覚えたとはいえ、家では相変わらずアニメ・漫画・ニコニコ動画漬けの陰の者だった。
(当時Crunchyrollのおかげで日本の現行のアニメ追えたのは感謝感謝)
永井先生のゲーム実況や、過去動画のKCの歌や盗作安倍団子で一人爆笑しているような部類の女であった…。
そりゃ、その辺の奴らと合う訳がねぇよと思う。
周りを見ると、どいつもこいつも声が異様に大きく、ノリと酒と下心を装備してチャラついている。
みな大量の酒と、少し薬も入っているようだ。
私が知る限りのパーティー大好きな日本人留学生は、9割マリファナまでは軽く手を出している。
その9割の人間の中には、帰国後合法でラフに吸えないのがしんどくて海外に戻ったり、現地のパートナーと結婚して無理くり滞在し続けようとしている奴らも多い。
なんなら男で、ステイ目的で婚姻関係を結んだけど、妻は普通に彼氏いるし自分もぼちぼち日本恋しいから日本人彼女欲しい~とボヤいてる愚かな先輩も居たっけ…。
その後、私は計11年海外に住んだけど、葉っぱを一度も吸っていないし試した事すらないと周りに伝えると、たまに驚かれる事が未だにある。笑
大麻ってくっせぇし、吸った奴の目の充血もほんとダセェから嫌いなんだよな。
マンチー状態ってやつもキモい。
経験してないくせに偉そうな事言いたくないけど、吸わなくても美味しく食べ、食べ物の旨み感じて感謝ぐらい出来ねーのかよって思ってしまう。
パーティーで言葉通りのバカ騒ぎをしている奴らの人生はどうでもいいけど、どいつもこいつも言動がとにかくヤバく、よくまァここまで恥を曝け出せるもんだと思う。
ねっとりしたキショいパーティーノリについて行くのはなかなか大変だったが、そんな中、ふと私と同じように一人静かに過ごしている日本人男性がいる事に気が付いた。
人生初彼氏
その人は、日本の有名大学を出て、社会人を経験した後に留学生となった7つ上の男性だった。
当時私は19歳、相手は26歳か。
通っている学校は私と違っていて、ギャルの彼氏の方と同じ学校の生徒だった。
(よって、この男性と距離が縮む事をギャルは最初だけ喜んでいて、付き合ったらお互い彼氏が○○学校生ってコトになるね♡と言っていた。)
パーティーで、周りが「どの娘がタイプ?」というくだらない話題を女子本人らの目の前で展開する中、ずっと静かに佇んでいたその男性が、「僕はのあちゃんかな。」と笑いながら答えていたのがかなり印象的で、ぶっちゃけそこだけを切り取るとメチャクチャ嬉しかったのを覚えている。
その夜、周りの熱気に充てられて何かが起きた訳では無いが、最後私を家まで送ってくれたのはその人だった。
中年女性を除けば、コミュニティ内で一番オトナなのが自分だから、ということらしい。
運転もお手の物だし酒も嫌いだから、ドライバーに徹することが多いのだと言う。
その人とは連絡先だけ交換して帰宅し、その日は何事も無く終わった。
私の方がまだスマホや日本語対応携帯を所持していなかったので、連絡はその日からtextでのローマ字入力。
「Ima nani shitemasuka?」
「Game chuu dayo :)」
みたいな。
コツコツようやってたな…。
(後のド修羅場では私が一方的に超長文でこれを打ってたんだけど、なんか地味で笑えるな。)
初めての日本人男性とのメール的なやり取り、それだけは正直すごく嬉しかった!
相手の性格はまだ全然よく判らないし、肩書きとして年上の留学生で、2000年代に流行ったオンラインゲーム(MMORPGでは無い若干コアなやつ)のコミュニティの管理人をやっているという事しか知らない。
目元だけはぱっちりとしていたものの、あとは全体的にぺちょっとしていて、特にカッコいい訳ではなかったし、昔からなんとなく想像していた「初彼氏像」より身長も大分低めだった。
でも、私はそもそも身長や顔を見てから相手を選ぶ事はないし、当時は歳上カレシというものになんとなく憧れてしまっていた為、私達が甘ったるいムードになるまでそう時間はかからなかった。
相手の方も、私のような清楚な髪型とメイク(ギャルに比べたらって程度だけど…)やらアニメ漫画ゲームの話がわかるタイプの女子に弱かったらしく、パーティーの時から狙われている感じはしていた。
まあお互い雰囲気「だけ」で惹かれたわけだ。
しかし切っ掛けはそれで十分で、唐突に距離は縮まった。
本来はもっとよく考えるべきなのだが、世間知らずで馬鹿なガキ、かつ経験値低すぎる処女時代の間抜けな私は、大してタイプでもないこの人への恋愛にまっしぐらだった。
不思議な事に、女の扱いも優しめで純粋だった頃の白人男子は振るくせに、人柄も判らない年上の日本人にはコロッといってしまった。
というか、せっかく日本人の異性が初めてガチで自分を気に入ってくれているというシチュエーションだったので、「ここで私も乗らないと一生彼氏ができないかもしれない…。」と大真面目に考えていたのだ。
今なら勿論、そんな事はないよ、と断言できる。
相当に運が無い限りは、人生誰かと付き合うなんてどんな人にもチャンスくらいは舞い降りる筈だ。
極論、どんなクソみたいな奴でも恋人は作れる。
しかし今ほど自信も自分自身もない19歳の私には、そんな事は解らなかった。
これが最初で最後かもしれない、と恐れていた。
ある日、告白というほど素敵なやり取りではなかったものの、その男性からとてもざっくりと交際を申し込まれ、生まれて初めてお付き合いをするに至った。
世の中には、恋愛や就職など、人生を左右するけど一度踏み込んでみないと内容が解らないことで溢れている。
実際に付き合ってみないと未知数な部分ばかり。
ましてや私はリアルの男に全く詳しくなかった頃なので、余計に異性の質を見抜く事が出来なかった。
一度きりしかない自分の大切な時間や、純潔、思い出、そして自分自身をもっともっと大事にすべきだったとか、そういった事は全部後になってから解るのだ。
初めて付き合って見えた光景
初彼氏は7つ歳上だったが、付き合ってみるとそこまで歳上感がある訳でもなく、ウキウキしたのは本当に最初だけで、正直なところ少し残念だったのを覚えている。
というか大概の年の差カップルは、人間性以外で惹かれているとすれば、互いの年齢層の好みでくっ付く事もあるだろう。
悲しい事に、うち歳上の方が性格の問題で、同世代~歳上の異性にあまり相手にされずに歳下に走ってしまう事だって多いかもしれない。
(純愛カップルは素敵と思うけどもね…)
私の初めての彼氏も、人の気持ちをちゃんと考えない効率厨で、自分にゲロ甘く他人に厳しく、よく言えば頭のいいマイペースマンなのだが、根はわりとハチャメチャな人だったから同世代のアラサーとはあまり馴染まなさそうな印象だった。
だから海外生活や年下の奴らに囲まれる生活がすごく楽しそうだったし、日本人留学生達でバンドを組んだりして遊んで、学業よりも青春を謳歌していた。笑
日本の良い大学を出て少しだけサラリーマンを経験したのち、海外で博士号を取得する為に留学して来たとのことで、周りの若造共からはパパ扱いされつつも、物凄く居心地が良さそうだった。
私はストライクゾーンが狭くない方だし、マジで許せない部分以外は大体のことを許容してしまうのだが、これまで青春が一切なく19歳にして初めての恋人という事で、勝手に「カレシとはこういうもの」と漫画やアニメで得た知識から理想像を築いてしまったようだ。
実際の彼氏と毎週末会うようになって、案外残念な事は多かった…。
が、日々私が勝手に納得をしながらも、関係は続いた。
※以下、生々しい初体験記録やその後の修羅場について。有料でちょっと伏せさせて頂きます。
飛ばす方へ→次の無料のお話
「海外学生生活③
トラウマを越えて」
→番外編
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この前ふいにアイスカフェラテを奢っていただく事があり、これぞささやかだけど大きい幸せだぁ!と思いました。 なんだかいつもより美味しく感じました☕️ 誰かからカフェラテを飲ませて貰える分、明るく生きられる気がします。
