第22稿 医学鑑定の根拠はどこにあるのか無診察鑑定と国立大学としての責任
これまで私は、広島大学医学部の医師によって作成された医学鑑定書と、その前提となる診療録の不存在という問題について記録してきました。
第20稿では、広島大学病院からの正式回答として
「私に関する診療録が一切存在しない」
という事実が明らかになりました。
そして第20.5稿では、その事実を前提として大学に送付した内容証明による照会を公開しました。
さらに第21稿では、医師法第20条の基本原則として
医師は、自ら診察しないで診断書を交付してはならない
という規定について整理しました。
ここで改めて確認する必要があるのは、
この医学鑑定書は、どのような根拠によって作成されたのか
という点です。
医学鑑定とは何か
裁判に提出される医学鑑定書とは、専門医が医学的知識に基づき
・傷病の有無
・病態の評価
・後遺障害の評価
などについて意見を示す文書です。
その内容は、単なる感想ではなく
医学的判断そのもの
です。
そのため通常、医学鑑定は
・診察
・検査
・診療記録
といった医学的資料を基礎として行われます。
これは医療の世界では当然の前提とされています。
裁判所が定めた鑑定条件
本件でも、裁判所は鑑定を実施する際に
被鑑定人を直接診察し、必要に応じて検査を行う
という条件を示していました。
私はその条件を信じ、鑑定費用として80万円を負担し、鑑定に同意しました。
しかし実際には
・診察
・面談
・検査
のいずれも行われませんでした。
大学の公式回答
さらにその後、広島大学病院は正式回答として
「私に関する診療録を含むすべての履歴が存在しない」
と回答しています。
これは少なくとも
大学病院において私に対する診療行為が行われていない
ことを意味します。
この事実に対して、現在、広島大学と同じ国立大学における不正行為に対する対応として、参考となる事例があります。
令和8年3月31日、東京大学は、医学部准教授による研究費の私的流用について、懲戒解雇処分を公表しました。
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z1404_00021.html
この事案では、約150万円規模の不正な資金使用が問題とされ、就業規則に基づき「大学法人に損害を与えた場合」「大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合」等に該当するとして、最も重い懲戒処分が選択されています。
ここから確認できるのは、東京大学においては、国立大学として不正行為に対する責任が明確にされている一方で、広島大学では
・不正な行為に対して責任を明確にし
・組織として責任を持ち、処分を行う主体である
という国立大学としての基本的な責務に照らしても、正式な医療情報の開示請求と照会に対して、4か月以上の間に亘って回答がなされていない状況が継続しているという事実です。
繰り返しになりますが、広島大学病院での本件では、
・診察が行われていない
・診療録も存在しない
という『無診察診断』の状況の下で作成された医学鑑定書について、内容証明(配達証明付)により送付した正式な情報開示の質問状に対して、広島大学病院としての関与や責任の所在は、現病院長である安達伸生の名の下、現時点で一切回答もなく、明らかにされていません。
この差異は、単なる個別事案の違いにとどまらず、
公的資金が投入されている国立大学が不正をどのように認識し、どのような形で責任を負うのか
という点において、看過できない問題を含んでいます。
残された疑問
ここで、一つの疑問が残ります。
診察も検査も行われておらず、大学にも診療録が存在しないとするならば、
この医学鑑定書は、何を根拠に作成されたのでしょうか。
広島大学所属の医師が無診察で作成した鑑定書には
・神経損傷の否定
・精神的要因の指摘
・詐病の可能性
などの医学的判断が記載されています。
医学鑑定が専門的判断である以上、何らかの医学的資料を基礎としていなければ成立しません。
それは必ずしも大学病院の診療録である必要はありませんが、少なくとも
・診療記録
・検査結果
・医学的資料など
の確実な真実に基づく客観的な情報が必要になります。
では本件の鑑定書は、
どの医学資料を基礎として作成されたのでしょうか。
既に指摘されていた疑問
この点について、私は過去の記事でも触れています。
第3稿「診察せずに作られた医療鑑定書」で指摘した通り、鑑定書の内容を確認すると、その多くが加害者側弁護士が提出していた医学意見書と極めて類似していました。
仮に鑑定医が何らかの形でそれらの資料を入手し、参考にしていたとしても、裁判所は「患者である私を直接診察し、必要な検査等を行い鑑定を行うこと」と規定していました。
そして、鑑定書に署名した以上、その医学判断は鑑定医である田中信弘医師自身の診断として裁判所に提出されたことになります。
つまり、どのような資料を参照していたとしても、その医学的判断の責任は鑑定医自身に帰属します。
仮に、鑑定医が「加害者側弁護士が用意した医学意見書を参考にした」と今更説明したとしても、
その事実によって鑑定書の性質が変わるわけではありません。
面識のない患者について、作成経緯も明らかでない資料を根拠として医学的診断を行い、それを裁判所に提出する医学鑑定書として署名した以上、これまでの判例からも、その内容は鑑定医自身の医学判断として扱われることになります。
実際にこの鑑定書を確認した複数の医師からは、
「直接の診察を基本とし、医学的資料(検査結果)の確認を伴わない診断は、医学の基本原則に反する」
という指摘が示されました。
医療の現場では、こうした誤診や虚偽診断を防ぐために
医師は自ら診察しないで診断書を交付してはならない。
という医師法第20条の原則が定められているとされています。
この点は、診断を基にした医学鑑定という制度の根幹に関わる重大な問題です。
本件に残された問題
本件では
・診察は行われていない
・検査も行われていない
・大学病院にも診療録は存在しない
という点は動かしようのない事実です。
それでも、医学鑑定書が作成され、裁判所に提出されました。
このような無診察での医学鑑定が広島大学の整形外科医によって作成された以上、この点は、
国立大学という医療教育機関として、そして、医学鑑定という司法制度そのものの信頼にも関わる大きな問題だと考えています。
私は、広島大学にこの問題に対して真摯な回答と対応を求めるべく、再度内容証明を送ります。場合によっては、診療歴の不存在でありながら医療鑑定が行われた事実などを基に、刑事告訴も含めた対応を検討しています。
医療と司法の交差点で起きた事実を、一次資料に基づいて記録していきますので、この問題について、引き続き見て頂ければ幸いです。
