診察せずに作られた医療鑑定書──法廷で“真実”がすり替えられた日
裁判が進む中で、私は一つの希望を持っていました。
それは「医学的な真実が、法廷を正しい方向へ導いてくれる」というものでした。
ただ、私は、最初に告知を受けてからも、回復の希望を捨てずにいくつもの病院を回り、何人もの専門医に意見を求めました。
結果は、複数の病院、主治医らの診察でも、診断や検査結果は同じで、医師の誰が見ても容態は明確とのことで共通していました。
そして、どの医師も口を揃えてこう言いました。
「医師免許を持つ人間なら、検査結果を見れば一目で分かります」
——だから、正式に法廷で審議されれば、必ず正しく補償される。
その確信だけを支えに、私は長い裁判を続けていました。
■ 裁判所が提案した「医療鑑定」
私の怪我や障害の重さについて、双方の主張が食い違っていたため、
裁判所は「医療鑑定」を行うと決定しました。
この食い違いの理由は、加害者側の弁護士Yが、私の知らない何処かの医師が作成した私の診断内容を含む意見書を複数、証拠として提出してきたためです。
裁判所は混乱を避けるために「中立的な医師による医療鑑定」を実施すると、私を本人尋問で召喚した際に決定しました。
医療鑑定とは、本来、中立の専門医が実際に診察・検査を行い、
医学的な観点から事実を確認する手続きです。
事故による障害の真相を明らかにするために欠かせない制度——
少なくとも、そう説明されていました。
裁判所からの費用に関する提案は、診察と検査で費用80万円。
被害者と加害者で折半するよう求められましたが、加害者側はこれを頑として拒否しました。
私は、「勝訴すれば費用は相手が支払う」との説明を受け、
やむなく自分で立て替えて実施に同意しました。
当時、事故以降全く補償が受けられず、生活もままならない中での80万円。
それでも「真実が明らかにするため」と思い、
法務省に借り入れを申し入れました。
すべての書類と医療記録を提出した上で申請し、
法務省は「正当な理由がある」として立替を認めてくれました。
法務省も当然、形式だけで判断したわけではありません。
すでに寝たきりになることが明記された複数の診断書を確認しての決定です。
勝訴の見込みがあると判断したからこそ、立替を認めたのだと思います。
変な話ですが、私にとってその決定は、「私の障害がもう二度と回復することがないと証明する」と同時に『ようやく不毛な相手側の偽証を断ち切り、真実を証明できる機会が訪れたと』と思える瞬間でした。
■ 「診察できる医師がいない」
しかし、ここから事態は不穏に変わっていきます。
裁判所から弁護士を通して伝えられたのは、
「鑑定を引き受ける医師が見つからない」という報告でした。
私がここまでに提出した診断書は、日本でもその分野で権威のある専門の医師たちのものばかり。
鑑定の打診を受けた多くの医師が「ここまで検査をして診断が出ていれば、これ以上の鑑定は不要」として辞退していたのです。
それでも1年ほどが過ぎた頃、裁判所から連絡がありました。
「やっと引き受けてくれる医師が見つかりました」
それが、後に“診察なし鑑定書”を作成することになる
広島の整形外科医・当時広島大学の臨時講師だった田中信弘医師でした。
この医師について、当時の私は何も知りませんでした。
ただ、「中立な医師による正式な鑑定」という言葉を信じて、
裁判所と弁護士の指示に従いました。
■ 弁護士からの“不可解な報告”
鑑定の日程が決まれば、連絡があると聞いていました。
裁判所からは鑑定である診察や検査に関して「双方の弁護士は立ち会えない。
本人と付き添いだけで診察や必要な検査を受けることになる」と取り決めを双方に承諾させていました。
それも「公平性のため」と言われていたので、
当時の私は、何も疑いませんでした。
意思決定の連絡を受けて、診察の日を待ち続けていたある日——
突然、弁護士から「鑑定が終わり鑑定書が裁判所に提出されました」と告げられたのです。
私は耳を疑いました。
電話はおろか一度も診察も、面談も、検査も受けていないのに。
■ “診察なし”の鑑定書が「証拠」とされた
私は愕然としました。
中身を確認すると、その“鑑定書”には、
私の実際の医療記録と全く関係のない内容が記されていました。
まるで、全く関係ない誰かの診断結果を切り貼りしたような構成だったのです。
しかも、疑ってよく見ると、その記載の大半は——
以前、加害者側の弁護士が裁判所に提出していた「診断内容を含む意見書」と一致していました。
つまり、その医師は、診察も検査もせず、
加害者側の主張をそのまま転記していたのです。
私はすぐに裁判所に抗議しました。
「診察なしの鑑定は法的に無効ですし、そもそも違法です」と。
さらに、私はすぐに複数の医師にもこの提出された鑑定書を読んで貰った上で確認を依頼しましたが、
京都府立医科大学、日本赤十字病院、東海大学附属病院など、
全ての専門医や指導医が「この鑑定書は医学的に矛盾している」「しかも内容が破綻していて専門の医師が書いたとは思えない」「これは本当に医者が書いたのか?」と疑問と矛盾を明記した文書を提出してくれました。
しかし、裁判所はそれらの意見を一顧だにせず、
この“診察なしの鑑定書”を正式な証拠として扱ったのです。
そして、私はこの時、はっきりと理解しました。
この裁判は、医学でも法でもなく、
結果ありきで判決を出そうとしている。
と。
■ 私が悟ったこと
その瞬間、私は理解しました。
——この裁判は、医学でも法でもなく、“何かの都合”で動いている。
私はその時、法の名のもとに行われる不正というものを、はじめて実感しました。
そしてこの“違法鑑定書”は、後の判決文にも「鑑定に基づく判断」として引用され、
私の人生を、一方的に塗り替えていきました。
■ 次回は、実際に提出された田中信弘医師による鑑定書の抜粋 を公開します。
そして、今は人物名を伏せている部分もいずれ公開します。
