星降夜と書いて
「魂」と書いてルビに「ソウル」とふる。そんなことが出来る言語はなかなか無いが、日本語はそれが出来る限られた言語だ。「聖闘士」と書いて「セイント」と読む。「神話」と書いて「サーガ」と読む。「太陽」と書いて「ひだね」と読む。漫画や広告で時々見て、うまいものだと膝を打つこともあれば、それは無茶だろと笑うこともある。
そんな中でとびきり忘れられないものがある。2013年にある番組で石巻で取材した時、ある工場のホワイトボードで観たルビだ。そこには、「絆」という漢字が大きく書かれていた。東日本大震災の被災地に立つ工場。何度も何度も強調されたこの1文字。漢字の上には、''おそらく最初は''「きずな」とそのままルビも入っていた。外国の方も多く働くそこでは、このことばが合言葉のように叫ばれ、復興に向かい血道をあげる皆さんを時に鼓舞しただろう。しかし僕が観た時、その「絆」の上にはこんなルビが入っていた。
「むりしないで」
き、ず、な、の、「ず」がほぼ消えて「り」になり、間に「し」が書かれて、前に「む」、後ろに「いで」が書かれている。絆と書いて、むりしないで、と読む。その工場の誰がそう書いたかはわからないけれど、そのままホワイトボードに残されているということは、誰も咎めてはいないし、訂正しようとしていないし、それを今見つめているということ。取材時は震災から2年が経ってはいたが、復興はまだまだはじまったばかり。瓦礫を毎日目にしながらの日々。その中で、絆という文字は消さずに大切にしつつも、もうみんなそれは読める、わかっているから、だからその上に無理しないで、という思いも載せる。嗚呼。その1枚のホワイトボードにこの2年を貫いてきたものが見えたような気がした。そこはメインの取材地ではなくたまたま寄った場所だったが、ひたすら応援したくなって、その工場で作っている美味しいものを、取材後もたくさん買った。
―――そしてそれから13年。この数年、僕は仙台を訪れ続けている。取材ではない。いや、東北大学やメディアテークは取材で何度も訪れているし、寿司と牛タンをこよなく愛する身としてはこれぐらいは許されるだろう役得を得るためにも、仙台で取材する番組も作りたくてしかたない。特に歴史を愛する者としては、江戸時代までは残っていたことが分かっている支倉常長の渡欧日記を探る企画はぜひやりたいし、それとバラエティはあまりやらないけど、最後にモスクワに連絡した時は"彼の故郷の仙台で家族で美味しいモノを食べたい"と言っていた例の皇帝一家を連れての旅番組なんてものは、もしもし全てが平和になって出来たら最高だと思う。(諦めては、いない)
そんないつかの夢をいだきつつ、今年も仙台を訪れる、その目的はただ1つ。これに向かうためだ。
notte stellata。星降夜。
僕はこの世にあるエンターテインメントの究極はIce Storyだと思っている人間だが、昨年のnotte stellataはそれに匹敵する、とてつもないものだった。
あの日見たボレロの記憶は、GIFTやRE_PRAYやEchoes of Life と同じく、消えない。消えないというか、そこを通った歴史として、ずっと自分の中に残り続ける。だからもちろん1年前から、今日、3/7の予定は空けていた。きっと今日が今年のnotte stellata の初日だと思って。
仙台へ向かう。
なお仕事の時は全てエコノミークラス、普通席だが、私はこの時だけは自分へのご褒美としてグリーン車に乗る。そう、かの人は日々の勤務と節約からも解放してくれる存在だ。新幹線の席は4Aを探してみたがだいぶ前に埋まっていた。歴戦の先輩にお譲りするのはやぶさかではない。
向かう。星月夜へ。 pic.twitter.com/lOm4wvqmTs
— nobuhide abe 阿部修英 (@noanswerbutq) March 7, 2026
仙台までの道行き。大宮から、宇都宮から、新幹線に乗って来る方の持ち物に、かの人のゆかりのものがちらほらと見られる。僕はありがたいことに、ファンのとびきり多い方とお仕事させて頂くことがままあるが、国民的と呼べるレベルの方となると、もはやファンも国民的。民度ということばはあまりすきではないが、節度と上品さと。我もかくあらねばと思う事が多い。そして自分が男性だからか、圧倒的に女性の多い場において、最初の最初はすこし緊張することもあったのだが、今はもう無い。ひたすら、「そこで起きると分かっている奇跡」を目の当たりにするために。約束の地、ということばもまた今は軽々に使えない重みと痛みを持つことばになってしまったが、しかし誠に、奇跡が約束された地へ。北へ北へと向かった。
栃木から、福島、宮城へ。あの時から15年。あの時一度止まったこの新幹線がわずかな日数で復活し、動き出したことも思い出しながら向かう。乗っているのは東日本大震災の発生6日前に運転が開始した「はやぶさ」。あのとき、埼玉県から岩手県まで電柱や高架橋が損傷し全面運休。しかし何とわずか49日後にはやぶさ502号は東京駅を出発した。阪神淡路大震災の時は 81 日、新潟中越地震の時は 66 日かかった復旧を、49 日で…そこには阪神や中越の教訓とアドバイスもあったと聞く。絆の果てに途方もないミッションを達成し、新幹線開通という大きな金メダルを被災地に贈った皆さんに、遅ればせ過ぎる「もう無理しないでね」のねぎらいを贈りたくなる。

かくて、仙台に到着。
寒さはそこまででもなく、そして空が蒼く高いのに感嘆する。これならば夜は星が見えるかも知れない。シャトルバスの混乱もなく、乗車。去年はICE STORYに慣れ過ぎてチケットの発券を忘れていたが今年は万全。これも通い続けることの良さだ。徐々に、慣れてゆく。馴染んでゆく。
今年は対応済。進化する私。 https://t.co/rQPTffJVT8
— nobuhide abe 阿部修英 (@noanswerbutq) March 7, 2026
そして会場へ。去年はギリギリだったが、今年は少し前に着こうと決めていた。宮城、福島、石川。「被災地」と括られてしまいがちな地域だけれど、その時の絆はそのまま、悲壮感など無い。ショップをいくつか巡った末、少し前にオススメ頂いていた、ひょうたん揚げにする。うまい。こうして一つの行事にたくさんの地域から、絆の記憶を携えつつ、あきないが出来ていること。それを1人のひとがつないでいることに、あらためて驚く。およそまつりごとに属するようなことを、かの人は何と太く、深く、貫いて導いて来たことか。
うずまきはむずかしい。 pic.twitter.com/ewxCclYn0H
— nobuhide abe 阿部修英 (@noanswerbutq) March 7, 2026
会場に入る。

日本語でも英語でも中国語でも、開演前と休憩中は写真の撮影、およびSNSへの投稿ができることがアナウンスされる。そして開演後、本番中は撮影不可であることも明言される。これを聞いてやっと、1枚撮る。この明確なアナウンスは当たり前の様で,実にありがたい。最近はコンサートなどで撮影可能なものがあり、それはアーティストの選択だからとやかく言わない。しかし、無許可な状況でSNSなどにアップロードすることは決してやってはならない。公に見せたいものと、来てくれた人配信などで集まってくれた人だけに見せたいものとは、大きく違う。ふだん作っているテレビ番組でも、SNSに切り取られることが多くあり、それに苦言呈すると見てくれているのに文句言うな、と言われるが、ルールはルール。とびきりの人気者がこうして明確にルールを示してくれるのはありがたいことだ。
1枚だけ撮影したあと、見渡せばオーケストラ。弦に、ピアノに、打楽器。それはそうだ。今回のスペシャル・ゲストは、坂本龍一さんの呼びかけがきっかけで結成された東北ユースオーケストラ。この光景はあのGIFTを思い出す。氷と、弦と。東京ドームに比べればグッと近くに見られることもあり、遥かいにしえの記憶、かつてフィギュアスケートが貴顕の嗜みであったことも思い起こさせる。しかし、緊張は無い。会場に流れるBGMは「糸」に、Mrs.GREEN APPLEに、マイケルジャクソンに、パプリカ。馴染みあるポップスばかり。そう、これは寄り添う催し。おごそかさと親しみの両方をたゆたえて。かくて、幕は、開く。―――そして前半1幕め最後、「そこで起きると分かっている奇跡」は本当に、起きた。
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