1万円の美容液、原価は10円でした。デパコス信者の女、全員カモられてます。
あたしゃ、時々、デパートの一階にある化粧品売り場を、水族館を眺めるような気持ちで観察することがある。
きらびやかな照明に照らされたガラスケースの中には、宝石のように美しい小瓶たちが鎮座している。
その周りを、まるで事前打ち合わせをしたかのように、寸分の違いもない同じパターンのメイクを施した店員さんたちが優雅に泳ぎ回っているのだ。
そして、そのガラスケースに吸い寄せられる、我々一般市民。
「こちら、今月の新作の美容液でございます」。
魔法の呪文と共に差し出された一滴を手の甲に伸ばし、「まあ、なんて潤うのかしら!」と、目を丸くする。
お値段、一万円。
給料日前の財布には、あまりにも厳しい現実だ。
しかし、あの女優さんも使っているという。
この一滴が、あたしの明日を輝かせてくれるかもしれない。
清水の舞台から飛び降りる覚悟で、私たちは魔法の小瓶に手を伸ばす。

一方で、近所のドラッグストア。
そこは、デパートとは似ても似つかぬ、現実という名の戦場だ。
蛍光灯の下、所狭しと並べられたプラスチック容器の化粧水。
「うるおい浸透」「毛穴キュッ!」など、威勢のいい言葉が踊るポップ。
お値段、千円でお釣りがくる。
あたしゃ、長年、この二つの世界の住人だった。
平日はドラッグストアのプチプラで糊口(ここう)をしのぎ、週末や特別な日の前夜には、デパコスの高級美容液を、まるで秘伝のタレのように一滴だけ使う。
しかし、ある日ふと気づいてしまったのだ。
「あれ…?この二つ、使い心地、そんなに違わなくないか…?」と。
この素朴な疑問が、あたしを化粧品という名の底なし沼の、そのさらに奥深くへと引きずり込むことになった。
まず、あたしゃ、両者のパッケージの裏側をまじまじと見比べてみた。
デパコスの小瓶にも、プチプラの容器にも、そこには呪文のようなカタカナがびっしりと書き連ねてある。
「水、BG、グリセリン、ヒアルロン酸Na…」。
あたしゃ化学の成績は2だったが、それでもわかる。
書いてある順番や種類は違えど、登場人物は、だいたい同じじゃないか、と。

そして、あたしは、この業界の最も触れてはいけない禁断の扉を開けてしまった。
その扉の名は「OEM」。
聞いたことがない?
無理もない。
化粧品会社が、口が裂けても消費者には言いたくない言葉だからだ。
OEMとは、簡単に言えば「化粧品界のゴーストライター」である。
実は、世の中の化粧品ブランドの多くは、自社で工場を持っていない。
じゃあどこで作っているのかというと、OEMメーカーと呼ばれる「製造専門の会社」に、「こういう感じの化粧水、作っといて」と丸投げしているのだ。
そして、このOEMメーカーが、実に優秀なのである。
A社からもB社からもC社からも依頼を受け、それぞれの要望に合わせて、微妙に成分を変えたり、香りをつけたりして、多種多様な化粧品を、同じ工場で、同じ機械で、せっせと作り上げている。

もう、お分かりだろうか。
あなたが崇拝する、あの1万円のデパコス美容液と、ドラッグストアの隅っこに追いやられている千円のプチプラ化粧水。
それらはもしかしたら、同じ工場で、隣り合わせのラインで作られた、腹違いの兄弟かもしれないのだ。
違うのは、美しいガラスの小瓶と、安っぽいプラスチック容器。
そして、あたしたちの心を惑わす、巧みな広告戦略だけなのである。
この事実に気づいた時、あたしゃ、ある悩める女性たちの顔が目に浮かんだ。
「ニキビ」に悩む、うら若き乙女たちだ。

彼女たちは、藁にもすがる思いで、「ニキビ用」と書かれた高級な美容液やクリームを買い求める。
しかし、あたしに言わせれば、それは燃え盛る家に、火のついたマッチを投げ込むような、愚の骨頂である。
そもそも、ニキビとは何か。
それは、あなたの身体の中に溜まった老廃物や毒素が、「もう、中に入らない!助けてくれ!」と、肌を突き破って外に出ようとしている、健気なSOSサインなのだ。
その必死の叫びに対して、上から殺菌成分だの保湿成分だのを塗りたくり、無理やり蓋をしようとする。
これは、もはや虐待と何ら変わりない。
ニキビを治したければ、まずやるべきことは、たった一つ。
うんちを、出せ。

身体の中の大掃除をせずして、外側だけを綺麗にしようだなんて、100年早いのだ。
では、あたしたちが、あのデパートの一階で支払っている、一万円という大金。
その正体は、一体何なのだろうか。
化粧品の中身の原価なんて、驚くほど安い。
一説には、数円から数十円だとも言われている。
残りの9990円は、美しい容器代、女優さんを起用した広告費、デパートの一等地の家賃、そして何よりも、「これを買えば、あたしもあの女優さんのようになれるかもしれない」という、甘美な「ドリーム代」なのである。
あたしゃ、デパコスを全否定したいわけじゃない。
あの美しい瓶をドレッサーに並べる高揚感や、心地よい香りに包まれる幸福感。
それもまた、女性にとっては大切な心の栄養だ。
その「夢」にお金を払うことを、誰が責められようか。
しかし、知っておくべきだ。
あたしたちが買っているのは、肌を劇的に変える魔法ではなく、巧みに演出された「物語」なのだということを。
そのカラクリを知った上で、賢く、したたかに、化粧品という名の劇場を楽しもうじゃないか。
あなたの肌は、容器のデザインやブランドの物語ではなく、その中身を、冷静に見ているのだから。

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