子どもを取り巻く環境〜家族の中で育ち、社会に支えられて生きている〜
子どもは、家族の中で最初の安心と信頼を築いていきます。
けれども、その家族もまた、社会の中で生きています。
子育ての悩みは、親個人の弱さではなく、私たちの社会全体が向き合う問いでもあります。
こんにちは。
マザーシップ・ライフマスタリースクールの中川空(ソラ)です。
こちらは関連記事です。
前回は、
「子どもとは、成長・発達し、成熟へ向かい続ける存在である」
というテーマで書きました。
今回はその続きとして、
「子どもを取り巻く環境」について考えてみたいと思います。
子どもは、家族の中で最初の関係を築いていく
子どもは、多くの場合、家族の中に生まれます。
そして、家族に守られ、家族との相互作用の中で、最初の人間関係を築いていきます。
子どもにとって家族は、
自分を守ってくれる存在です。
成長を助けてくれる存在です。
この世界を信頼するために、手を貸してくれる存在です。
赤ちゃんは、最初から自分の生活を自分で整えることはできません。
食べること。
排せつすること。
身体を清潔に保つこと。
眠ること。
体調の変化を伝えること。
乳児期には、これらのセルフケア行動を、ほとんど一人では行うことができません。
そこには、子どもの命と健康な暮らしを支える養育者の手が必要です。
そして成長とともに、子どもは少しずつ自分でできることを増やしていきます。
食べさせてもらうところから、自分で食べるへ。
おむつを替えてもらうところから、排せつの自立へ。
眠れるように整えてもらうところから、自分の生活リズムを整える力へ。
守られるところから、自分の身体や心を大切にする力へ。
子どもは、全面的に支えられる時期から、部分的に支えられる時期を経て、少しずつ自立へ向かっていきます。
そのため、親や家族などの養育者は、子どもの健康生活に必要な養育能力を獲得していく必要があります。
けれども、それは親に完璧を求めるという意味ではありません。
養育能力は、
子どもとの関わりの中で育ち、
周囲に支えられながら深まり、
経験を通して少しずつ獲得されていくものもあるのです。
子どもの成長に合わせて、
どこに手を貸すのか。
どこから見守るのか。
どの力を育てている途中なのか。
その子に合わせて、関わり方を変えていくことが大切です。
子どもは、成熟に向けて刻々と変化し、
自分の能力を少しずつ広げていく存在です。
その成長は、子ども自身の力だけで進むものではありません。
家族、養育者、学校、地域、社会など、子どもを取り巻く環境との相互作用の中で育まれていきます。
子どもの育ちは、
個人だけでも、親だけでも、家庭だけでも説明できません。
すべてが連続したスペクトラムの中にあり、
相互に影響し合っています。
子どもの特性、
親の特性、
養育者の心身の状態、
家族の機能、
家庭の余裕、
地域とのつながり、
学校や社会、制度の在り方など。
それらは一つひとつ切り離された原因ではなく、
濃淡を持ちながら互いに影響し合い、
その子の育ちを形づくっていきます。
だからこそ必要なのは
その子と家族を取り巻く相互作用全体を見つめること。
そして、今、その子どもや家族にとって、どのような支えが必要なのか。
そこを丁寧に考えるまなざしなのだと思います。
家族は、基本的信頼を築く土台になる
子どもにとって、家族や養育者の存在はとても重要です。
泣いたときに来てもらえる。
お腹が空いたときに食べさせてもらえる。
不安なときに抱いてもらえる。
困ったときに助けてもらえる。
そのような日々の関わりの中で、子どもは少しずつ感じていきます。
「私はここにいていい」
「求めてもいい」
「助けてもらっていい」
「この世界には応答してくれる人がいる」
そして同時に、
「私は大切にされる存在なんだ」
「私は守られる価値のある存在なんだ」
「私は人に助けを求めてもいい存在なんだ」
という、自分自身への信頼も育っていきます。
人を信頼する力と、
自分自身を信頼する力は、
別々に育つものではありません。
応答され、守られ、大切にされる経験の中で、子どもは
「人は信頼できる」
「この世界には助けてくれる人がいる」
「私は大切にされる存在である」
という感覚を、言葉になる前の安心として少しずつ身につけていきます。
この感覚は、子どもが人との間で信頼を形成していくうえでも、
自分自身を信頼して生きていくうえでも、
とても大切な基盤になります。
子どもの成長とともに、重要な他者は変化していきます。
幼いころには、母親や身近な養育者が大きな存在です。
そこから家族全体へと広がり、学童期から思春期になると、友人の存在も大きくなっていきます。
子どもは、家族の中で最初の信頼を経験し、
やがて家庭の外にある人間関係へと世界を広げていきます。
だから、家族は大切です。
けれども、ここで大切なのは、
家族が大切であることと、家族だけにすべてを背負わせることは違う
ということです。
子どもにとって家族が大切だからこそ、
家族もまた支えられる必要があります。
親や家族が孤立しているとき、
子どももまた安心の土台を失いやすくなります。
養育者が疲れ果てているとき、
子どもに必要な応答が難しくなることもあります。
子どもを支えるためには、
子どもを支える家族や養育者もまた、支えられる必要があるのです。
子どもと家族は、社会の影響を受けながら生きている
子どもと家族は、家庭の中だけで完結して生きているわけではありません。
その背景には、時代があります。
文化があります。
経済があります。
地域があります。
制度があります。
社会全体の価値観があります。
子どもの育つ環境や健康状態は、その国の文化的背景や時代によって大きく影響を受けます。
日本では、医療や保健の力によって、子どもの命を守る水準は高く保たれてきました。
一方で、子どもの数は急速に減っています。2024年の人口動態統計では、出生数は68万6,173人、合計特殊出生率は1.15で、どちらも前年より減少・低下しています。合計特殊出生率は過去最低とされています。
少子化とは、単に「子どもの数が減る」という話だけではありません。
きょうだいの中で学ぶ経験が少なくなる。
近所に同じ年齢の子どもが少なくなる。
子ども同士が関わる機会が減る。
1人で遊ぶことが増えるなど
社会性を育みにくい環境に置かれており、コミュニケーション能力への影響や社会体験の希薄化が危惧されている。
親自身も、乳幼児に接した経験が少ないまま親になる。
そのような変化も起きています。
かつては、地域の中に赤ちゃんがいて、幼い子どもがいて、小学生がいて、中高生がいて、子ども同士が自然に関わる場面がありました。
けれども、少子化や都市化、核家族化が進む中で、子どもが子どもの中で育つ機会も、親が子育てを身近に見て学ぶ機会も、少なくなっています。
乳幼児に接したことがないまま親になる人もいます。
すると、子どもの泣き声に戸惑うことがあります。
発達の見通しがわからず、不安になることがあります。
どこまで手をかせばよいのか。
どこまで見守ればよいのか。
どこで助けを求めればよいのか。
わからなくなることがあります。
これは、親個人の弱さではありません。
子どもを育てるという営みには、
時代を問わず、普遍的な迷いがあります。
子どもは一人ひとり違います。
親も一人ひとり違います。
家族の形も、置かれている環境も違います。
だからこそ、子育ては、
いつの時代も、子どもの成長にどう関わればよいのか戸惑い、悩みながら、手探りで子どもと向き合っているのだと思います。
ただ、その迷いの形は、時代によって変わります。
少子化。
核家族化。
1人親家庭の増加。
地域のつながりの薄れ。
情報の多さ。
働き方の変化。
経済的な不安。
そうした社会の変化の中で、
本来なら誰かと分かち合えるはずの迷いや不安が、
家庭の中に閉じ込められやすくなっているのかもしれません。
情報が多い時代ほど、親は迷いやすくなる
現代は、子育ての情報があふれている時代です。
インターネット。
SNS。
育児書。
専門家の発信。
経験者の言葉。
誰かの成功例。
誰かの失敗談。
情報があることは、助けになります。
けれども同時に、膨大な情報に戸惑い、育児不安を強めている。
また、数少ない子どもに多大な期待を抱く半面、期待通りにならない子どもに対して、どのように接したらよいのかがわからず、不安や苛立ちを高めてしまう。
「こう育てなければならない」
「これをしてはいけない」
「この時期までにできないといけない」
「親の関わりがすべてを決める」
そんな言葉に触れ続けると、子どもを見るまなざしよりも、自分を責める声の方が大きくなることがあります。
本当は、目の前の子どもを見たいのに。
本当は、この子の今を感じたいのに。
本当は、抱きしめたいだけなのに。
「正しく育てなければ」
「失敗してはいけない」
「私の関わりで、この子の人生が決まってしまう」
そう思うほど、子育ては愛の営みである前に、評価される課題になってしまいます。
けれども、子どもを育むことは、正解を当て続けることではありません。
子どもと関わりながら、迷い、立ち止まり、知り直し、またつながり直していく営みです。
子どもに安心が必要なように、子どもを育てる大人にも安心が必要です。
核家族化や都市化の進行によって、家族や地域に子育ての支援がないことも、育児期の家族の負担感や孤立感を増大させている。
「分からない」と言える場所。
「つらい」と言える場所。
「助けて」と言っても責められない場所。
親や養育者が安心して声をあげられる社会でなければ、子どもを安心して育てることも難しくなっていくのだと思います。
子どもの育つ環境には、見過ごせない課題がある
現代の日本で、子どもを取り巻く環境にはさまざまな課題があります。
子どもの貧困。
ひとり親家庭の困難。
親の不安定な雇用。
児童虐待。
いじめ。
不登校。
生活時間や遊びの変化。
外国人の就学していない子どもの存在。
ヤングケアラー。
2022年の国民生活基礎調査では、17歳以下の子どもの貧困率は11.5%でした。さらに、子どもがいる現役世帯のうち「大人が一人」の世帯では44.5%とされ、ひとり親家庭の困難が特に大きいことも示されています。
貧困は、単にお金が少ないということだけではありません。
体験の機会が少なくなる。
学びの選択肢が狭まる。
親が働きづめになり、家庭の余白が失われる。
子どもが早くから「自分の家は大変だから」と我慢する。
そのような形で、子どもの育ちに影響していくことがあります。
また、文部科学省の令和5年度調査では、不就学の可能性があると考えられる外国人の子どもは8,601人とされています。これは、教育の機会にたどり着けていない可能性のある子どもたちが、社会の中に存在しているということです。
ヤングケアラーについても、見過ごせない課題があります。2024年6月には、子ども・若者育成支援推進法が改正され、国や地方公共団体等が支援に努めるべき対象としてヤングケアラーが明記されました。
家族を思うこと。
家族を手伝うこと。
きょうだいや親を大切にすること。
それ自体は、尊いことです。
けれども、その優しさや責任感の陰で、子どもが学び、遊び、休み、自分の将来を考える時間を失っているなら、そこには社会が見つめるべき課題があります。
子どもを育む社会とは、見えやすい子どもだけを見る社会ではありません。
病気のある子。
障害のある子。
外国につながる子。
学校に行けない子。
家族の中で声を出せない子。
家族のケアを担っている子。
そのような子どもたちも、同じ社会の中で育っている子どもたちです。
声にならない声があります。
家庭が孤立しているとき、
社会は本当に、その孤立に気づこうとしているだろうか。
家庭と社会には限界がある。だからこそ、成熟へ向かう
家庭には、子どもを支えきれない限界があります。
そして、社会にもまた、子どもと家族を十分に支えきれていない現実があります。
これは、家庭を責めるための言葉ではありません。
親を責めるための言葉でもありません。
支援者を責めるための言葉でもありません。
けれども、現実から目をそらすこともできません。
虐待相談は高い水準で続いています。
子どもの命は、毎年失われ続けています。
関係機関が関わっていても、救えなかった命があります。
助けを求めたくても、声をあげられない親や子どもがいます。
そこにあるのは、誰か一人の失敗ではなく、
家庭と社会の限界です。
だからこそ、私たちは成熟へ向かう必要があります。
成熟とは、理想の家族像を押しつけることではありません。
親を責めることでもありません。
子どもを問題として見ることでもありません。
家庭だけでは支えきれない現実を認めること。
社会だけでも届ききれていない限界を認めること。
やっとの思いで、声をあげた人を受けとめること。
声にならない声を拾おうとすること。
途中で手を離さないこと。
声をあげられる人は、どうか声をあげてください。
けれども、声をあげることさえ難しい人がいます。
精神的にきついことが重なれば、
何がつらいのかを言葉にすることも、
窓口に行くことも、
必要なことを整理することも、
助けを求めることも、
できなくなることがあります。
だからこそ、声をあげた人をしっかりと受けとめてください。
その手を、しっかりとつなぎとめてください。
そして、声にならない声を拾ってください。
泣くこと。
黙ること。
荒れること。
学校に行けなくなること。
体調を崩すこと。
無表情になること。
それが、その子やその人にとっての、精いっぱいの声であることがあります。
子どもを取り巻く環境を見つめるとは、
聞こえる声だけを聞くことではありません。
まだ言葉にならない苦しみに、
社会の側から耳を澄ませることです。
家庭にも限界がある。
社会にも限界がある。
それでも私たちは、
その限界を見つめるところから、
成熟へ向かうことができるのだと思います。
子どもと家族を支える社会とは、
完全な社会ではありません。
限界を認め、
失われた命に学び、
届かなかった支援を問い直し、
それでも次の子どもを守るために変わろうとする社会です。
そこから、子どもと家族を本当に支えるまなざしが始まるのだと思います。
おわりに
子どもは、家族の中で最初の安心と信頼を育てていきます。
けれども、子どもも、家族も、社会から切り離されて存在しているわけではありません。
子どもの特性、親や養育者の状態、家族の機能、家庭の余裕、地域とのつながり、学校や制度の在り方。
すべてが連続したスペクトラムの中にあり、相互に影響し合っています。
貧困、孤立、いじめ、不登校、虐待、ヤングケアラー、外国未就学、育児不安。
それらは、家庭だけで解ける問題ではありません。
家庭には限界があります。
社会にも限界があります。
けれども、その限界を見つめることから、
私たちは成熟へ向かうのだと思います。
全てに感謝です。
講座のお知らせ
★マザーシップ・メインサイト
参考文献・出典
『小児看護学Ⅰ 小児看護学概論』改訂版第5版、2025年12月30日、pp.2-3。
厚生労働省「令和6年(2024)人口動態統計(確定数)の概況」
※出生数68万6,173人、合計特殊出生率1.15に関する記述を参照。厚生労働省「2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況」
※子どもの貧困率11.5%、大人が一人の子どもがいる現役世帯44.5%に関する記述を参照。文部科学省「外国人の子供の就学状況等調査(令和5年度)」
※不就学の可能性がある外国人の子ども8,601人に関する記述を参照。こども家庭庁「ヤングケアラーについて」
※2024年6月の法改正により、ヤングケアラーが国・地方公共団体等が支援に努めるべき対象として明記されたことを参照。WHO / UNICEF / World Bank “Nurturing Care Framework for Early Childhood Development”
※子どもの発達に必要な「健康、栄養、安全と安心、応答的な養育、早期の学びの機会」に関する枠組みを参照。
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