合理的配慮と個別最適は、子どもの権利
#インクルーシブマインドとは
こんにちは!
葉山ロクボタセラピスト、井川ともみです🌈
立春すぎて
いきなり
寒い寒い週末
温暖な三浦半島でも
朝からはらはら、と
雪が舞っています。
さて、今日は第51回衆議院選挙、投票日です。
私も久しぶりに
国政選挙で、当日に投票に行けるので
(ここ数回、たまたまインドに行っているタイミングで!期日前投票が続いていました)
雪の中行ってきました!

ミュッシー
葉山でもこんなに寒いのに
雪国、北海道
山間にお住まいの皆さま
どうやって選挙行くのよ?
もう、デジタルでできるんだから、さっさと
やってよー!と
思ってしまいます。
デジタルでできるようになり
投票率が上がると
困る人たちがいるのでしょう。
そして、今回の解散は憲法違反?なのではないか?と
私的には思ってしまいますけど、、
不信任案が出されたわけではなく
高市さんのいわば独裁で決めたようなカタチ
でしたので。
選挙の時だけ、氣持ちがいいこと言っている政党は、マジでなし
私はコロナの時のことを忘れないし、いいことしている風で、💉持ち込んでみんなに打たせた政党も忘れないし、マスクしない私を非国民と言った旦那のお母さんのことも忘れないし🤣
私は私の哲学を大切にする
上の子どもたちにはこのままもし、戦争のようなことになったとしたら、実際に戦争に行くことになるのはあなたたちで、政治家のおじさん、おじいちゃんではない、からちゃんと改憲案も読んで、誰に、どこに投票するのか、考えるように、と言い続けてきた。
恐怖を煽る必要は、ない
でも思慮深くある、こと。周りの人がなんと言おうと私は自分の心に嘘をつくことはできない、とこの5年で学んだ、から私は私に一番正直に生きていく。
マジで寒いんだけどーー葉山。
それでも明日の朝一番で投票か行ってくる。
国政選挙で当日に行けるの、久しぶりだから。
さて、今回は
こちらの葉山町の中学校における服装規定の話とも繋がる
先日海老名市で参加した発達支援の講座で
学んできたことをシェアしたいと思います。
まず第一に、子どもたちはみんな発達の途中である、ということを大前提に
成長、発達のおそい、はやい、は
みんなそれぞれである
というところから
みんなに同じことをさせようとすることに
そもそも無理があるのではないか、という問いから
スタートしました。
それは私も常々思っていたことで
以前大阪市の大空小学校という
インクルーシブ教育で有名な学校の映画を観た時に
支援級は存在せず
身体的にも、情緒的にも
支援や介助が必要な子どもたちも
いわゆる通常級のみんなと
同じクラスで同じように学ぶ、という
日本でも数少ない学校のドキュメンタリー
なのですが
単純にすごいなぁーー!と
感じると同時に
その映画に写っている
子どもたちの顔を見た時
なんとも言えない違和感を感じました。
それは
6歳でも10歳でも
子どもたちは
できること、得意なこと、苦手なことは
それぞれバラバラであるはずなのに
みんなと同じことを
同じ時間で
同じようにさせようと大人がするから
支援が必要
という考え方になるのではないか?
ということ。
つまりは
同じ6歳でも
時計が読める子もいれば読めない子もいる
数字が大好きな子もいれば
じっと椅子に座っていられない子もいる
人参が好きな子もいれば
ピーマンが絶対食べられない子もいる
でもそれを
画一的に同じように、同じ6歳に同じ1年生に
しよう(仕立て上げよう)とするから
無理があるのではないか、ということです。

発達支援先進国の取り組みと
インクルーシブマインド
今回はキッズセンス代表の茂木厚子さんの講座
と共に海老名市教育長の話も聞かせて
いただきました。
海老名市では
インクルーシブをさらに大きく広げて
フルインクルーシブ
を目標に掲げています。
「誰でも来られる学校をどう作るか」
どんな子どもでも来られる学校にする
という
大きな大きな理念です。
いや、義務教育なんだから
どんな子どもでも来られるんじゃないの?
と思う方も
いるかもしれませんが
年々不登校が増え続け
発達支援教室に通う児童生徒も増え続け
引きこもりの子どもたちは
5年間で倍増しています。
さらに、18歳未満の子どもたちの自殺は過去最多
毎年毎年更新していて
一日に一人以上の子どもたちが
自ら自分の命を経っている😭
というこの現実を鑑みると
学校ってもう子どもたちに選ばれないんじゃない?
と思ってしまいます、、
何度も書いていますが
もしラーメン屋にお客さんが全然来なかったら
ラーメンがまずいのか
接客がよくないのか
べらぼうに高いのか?
ラーメン屋に原因があると考えられますが
こと
学校に関しては
子どもたちが学校に来なくなって
子どもたちが学校を好きじゃなくて
子どもたちが学校を無理です、と言っていても
それは
子どもたちのせいに、されているという現実があります。
個別最適とは
教育における「個別最適化(個別最適な学び)」とは、
一言で言えば**「子ども一人ひとりの興味・関心や学習進度、理解度に合わせて、最適な学習内容や方法を提供すること」**を指します。
これまでの日本の教育は、クラス全員が同じ時間に同じ内容を学ぶ「一斉授業」が中心でした。しかし、デジタル技術(ICT)の普及により、一人ひとりに合わせた学びをサポートすることが現実的になってきました。
文部科学省が掲げる「個別最適な学び」は、主に以下の2つの側面で構成されています。
1. 指導の個別化(先生側の視点)
子どもたちが自分に合ったペースで学習を進められるよう、支援することです。
• 習熟度に応じた学習: 理解が早い子は発展的な課題へ、つまずいている子は基礎に戻って学習します。
• ICTの活用: 学習データに基づき、AIドリルなどが「今その子が解くべき問題」を自動で提示します。
2. 学習の個性化(子ども側の視点)
子ども自身の興味・関心に基づいて、学びを深めることです。
• 興味の追求: 同じテーマでも、文章でまとめる子もいれば、動画を作る子、実験をする子がいても良いという考え方です。
• 主体的な選択: 「何を、いつ、どこで、どうやって学ぶか」を子ども自身が選ぶプロセスを重視します。
個別最適な学びと「協同的な学び」
「個別」と聞くと、一人で黙々とタブレットに向かう姿を想像しがちですが、実はそれだけではありません。文科省は、個別最適な学びと、他者と一緒に高め合う**「協同的な学び」を一体的に充実させること**が重要だとしています

なぜ今、注目されているのか?
背景には、社会の変化が激しく、正解のない問いに立ち向かう力が必要とされていることがあります。また、不登校や発達障害、日本語指導が必要な子など、多様な背景を持つ子どもたちに対して、画一的な授業では対応しきれなくなっているという現実的な課題もあります。
ポイント
個別最適化は「孤立化」ではなく、一人ひとりの可能性を最大化するための**「手段」**です。
では、年々増え続けているといわれる発達障害とはなんでしょうか
「発達障害」とは、生まれつきの脳機能の発達の偏りによって、日常生活や社会生活において困難が生じている状態を指します。
性格や親の育て方の問題ではなく、**「脳の情報の処理の仕方が、多数派の人たちとは少し異なっている状態」**と理解するのがスムーズです。
現在は、個々の特性をグラデーションのように捉える「スペクトラム(連続体)」という考え方が一般的になっています。主な分類とその特徴を整理します。
2つの重要な考え方
1. 環境とのミスマッチ
障害そのものが本人の中にあるというよりは、「本人の特性」と「周囲の環境・要求」が合っていないことで困りごとが発生します。例えば、騒がしい場所で集中できない特性があっても、静かな個室であれば能力を発揮できる、といった具合です。
2. 凸凹(でこぼこ)の魅力
苦手なことがある一方で、特定の分野で驚異的な集中力を発揮したり、独創的なアイデアを生み出したりと、強い**「得意(凸)」**を持っているケースも少なくありません。
「診断」はゴールではなくスタート
診断を受ける目的は、レッテルを貼ることではありません。
• 自分の「取扱説明書」を手に入れること
• 周囲に適切なサポート(合理的配慮)を求める根拠にすること
• 「自分がダメだからできないんだ」という自己否定を防ぐこと
これらが本来の意義です。
支援のキーワード:合理的配慮
最近では、発達障害を持つ人が他の人と平等に活動できるよう、周囲が調整を行う**「合理的配慮」**が公的機関や学校・企業で義務化(あるいは努力義務化)されています。
(例:集中するためにイヤーマフをつける、口頭だけでなくメモで指示を出すなど)
では
個別最適と発達支援の違いは?
1. 個別最適とは?(学びをデザインする)
文部科学省が推進している「令和の日本型学校教育」の柱の一つです。 子供たちが自分の能力や興味に合わせて、**「自分にぴったりの方法で学ぶ」**ことを指します。
キーワード: 効率、自律、ICT活用
考え方:「全員同じペース」という横並びを打破し、一人ひとりが最適なスピードで学習を進めることを重視します。
2. 発達支援とは?(土台を整える)
障害の有無にかかわらず、発達に何らかの特性や凸凹がある子供に対し、**「社会で生きていくためのスキル」**を身につける手助けをすることです。
キーワード: 特性理解、環境調整、療育
考え方: 学習以前の「座っていられるか」「言葉をやり取りできるか」「感情を整理できるか」といった、人生の土台となる部分をサポートします。
3. 両者の密接な関係
これらは切り離されたものではなく、**「発達支援があるからこそ、個別最適が成り立つ」**という関係にあります。発達支援が土台: 例えば、集中力が続かない特性(発達支援の対象)がある子に対して、ノイズキャンセリングヘッドホンを渡すといった環境調整をします。
個別最適で加速: 土台が整った上で、その子が好きなタブレット学習(個別最適)を取り入れることで、学習がスムーズに進むようになります。
まとめると…
個別最適 = その子の「強み」を活かして、能力を伸ばす。
発達支援 = その子の「困りごと」に寄り添って、壁を取り除く。
なるほど
AIの分析が分かりやすいですね。
発達支援でその子の困りごとに寄り添い、壁を取り除くから
個別最適にその子の強みを生かして能力を伸ばすことができるという
相互作用があるということですね。
葉山町はインクルーシブの街と称されることが
ありますが
私的には
学校内で支援級と通常級と分けている時点で
「インクルーシブ」ではないと考えます。
今回学んだ発達支援によると
インクルーシブは共生するという感覚であり
インクルージョンとは分離でも統合でもなく
包摂
ただ混ぜこぜでみんながみんなのまま
そこに存在する、という意味だと理解しました。

図にすると分かりやすい
発達のタイミングはみんな違うから
子どもたちを学校や集団に合わせるのではなく
教育される側(子どもたちに)合わせていく必要があります。
それが合理的配慮であり個別最適という方法で
それはそのまんま
子どもたちの人権を守っていくことにもつながります。
インクルーシブマインド


そのためにまずは我々大人が、親がwell beingであること
子どもたちの発達を知り理解していくこと
それが人間の根本理解に繋がり
ひとりひとりがありのままで幸せである、という
世界を作ることに繋がっていくこと
を学びながら体現していく必要があります。
海老名市の教育長は
学校というのは
子どもたちの自己実現のための
アイテム探しの場所なのだ
とおっしゃっていて、すごく胸に響きました。
きっとそれは学校だけではなく
家でも地域でも同じだと思います。
それでも
子どもたちに学校に来てほしいんだよ
だから
みんなが来れる学校を作るんだ
そうでないと
子どもたちに申し訳が立たない
と
心の本音をおっしゃっていました。
インクルージョンとは
マイノリティだけが頑張る世界ではなく
みんなで一緒の未来を見ていくことです。
同じ場所で生活できるよう寄り添う
体験を共有する
感情を共有する
未来を共有する
そのために私たちは「違い」を理解し認め合っていく必要があり
そのためにさらに子どもたちの発達を学び
学校が無理だからほかに行くところを探そう
ももちろんありだけど
公教育をもっとみんなが来れるように
本当の意味でのインクルーシブになるように
変化していくことを支えるために
何か私にもできることがあるかもしれない
思うようになりました。
先日書いた葉山町の中学校の服装規定の例でいえば
我が子のことなので個人的なことだけど
その個人的なことに寄り添うのが合理的配慮と個別最適だと
理解するならば
皮膚の感覚過敏
これは次女が赤ちゃんの頃からなので
だいぶ良くはなってきているものの
制服が着られるかわからない
もしかしたらジャージなら学校に行くハードルが下がるかもしれない
のならば
ジャージで登校してみましょうか?
もありだと思うのです。
それをたとえば
「なんであの子だけジャージで来てるの?」
「特別扱い」
とならないように
他の子どもたちへの理解と働きかけをするのが
先生、大人たちの役目であり
ある意味
インクルーシブ教育と人権教育だと思います。
ただでさえほかの人と違うことをするの嫌
あまり目立ちたくない
など敏感な子は特に感じやすい思春期だからこそ
その子それぞれの発達、感覚に合わせた合理的配慮と個別最適を
学校全体に取り入れていく必要があるように思います。
ちなみに小学校は本当に自由なので
裸足でビーチサンダルで登校していた次女、、、
運動会のために靴下と靴を履く練習をして
6年生の終わりでようやく?
靴下と靴を履いて週二回ほど学校に行っています
笑
みんなが難なくできていることが
どうしてもできない子どもがいます
もし
それさえできればというその子にとっては大きなハードルを
下げること
下げる手伝いをしていくことは
ある意味これからの教育ではマストなのだと思います。
画一的にみんなと同じ
決まりだから
と規律で縛るのではなく
その子自身が一番輝ける幸せになる選択ができるように
是非
公教育が変わっていくことを望みます。
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