神社に隠された秘密
こんにちは☀️
今回も日ユ同祖論のことを調べていて
見つけた面白いことをシェア
していこうと思います。
前回は……
・神社とエルサレムの神殿がそっくり
・お神輿がアークにそっくり
・鳥居が過越の鴨居にそっくり
・沖縄の風習が過越そっくり
・天狗と山伏がユダヤ教徒にそっくり
・アラム文字がカタカナにそっくり
などのお話をしました。前回はこちら
偶然の一致とは思えないほどの共通点…
でももしユダヤ人が日本に来て神社を建てたなら……
肝心のユダヤ教は伝えなかったの?
神社はゴリゴリ多神教だけど?
って疑問が湧くんですよね。
その鍵を握るのが
「秦」という一族。
「はた」と読みます。
昔日本に来た渡来人で、
すごい技術をたくさんもたらして、
神社をいくつも創建したそうです。
「彼らはユダヤ人だったのでは?」
という説があるんですね。
日ユ同祖論を語る上で欠かせないのに、
めんどくさいからと、最初は調べてませんでした。
でもあるきっかけで
調べ始めたら……
見事に沼りました😇
結論:私も秦氏はユダヤ人やと思います!
何でそう思うに至ったかを
書いていきますね。
いつも記事が長いから
今回は短くしたよ。
楽しんでってね🫶
◆秦氏を調べることにしたきっかけ
日ユ同祖論で
「ダビデ神社がある」
って話があるんですが…
兵庫県にある
大避(おおさけ)神社。
大避神社 - Wikipedia
「避」という字は、
昔は「闢」って書いて、
「大闢」は中国語で「ダービー」って読むから
ダビデ神社
っていうんよね……
いやいやいや
こじつけすぎやろ……
と思いながら、大避神社の写真を見てたんですよ。

そしたら私の魂さんが
「神さまの神社」
って言うんです。
いや、神社って神さまのものですけど…。
私の魂さんが「神さま」と呼ぶのは、
聖書の神だけ。
つまり「ヤハウェさま」のこと。
ええ〜?
じゃ、ほんまにダビデ神社?
……いや、気に食わん😑
ユダヤ人なら神以外は祀らないから、
ダビデ神社なんて名前にするわけないし。
調べると、ご祭神は
大避大神 - 秦河勝を指す。
秦河勝(はたのかわかつ)
は秦氏の中で一番有名な人ですね。
日本史が苦手な私でも
うっすら聞いたことあるような気がします。
聖徳太子の右腕だそうです。
さて他にも、秦氏が建てた
「大酒神社」っていうのがあるんですよね。
秦河勝が建てた有名な広隆寺にあって、
秦氏の氏神さまを祀っているそうです。
同じ「おおさけ」。
何でかな??
大酒神社 - Wikipedia より
『延喜式』神名帳での祭神の記載は1座。同帳では「大酒神社 元名大辟神」とあることから、
元の神名は「大辟神」であったことが知られる
元は大辟?
「避け」のしんにょうがない「辟」。
どういう意味の漢字でしょうか?
辟の漢字情報 - 漢字構成、成り立ち、読み方、書体など|漢字辞典
音読み…へき、ひ
訓読み…きみ、めす、ひらく、さく、おさめる、つかえる、など
意味:
辟(きみ)。天子。君主。人々を治めるもの。法となるもの。辟(つか)える対象。
……んん!?
天子!?
君主!?
じゃ、「大辟」って「おおきみ」って読むってことでは!?
大天子、大君主ってことでは!?
大辟神社……
まさに秦氏にとっての神を
祀っていたということですね。
神の名を書かずに、「大君主」として祀る……
まるで、
「神の名をみだりに唱えてはならない」
という戒めを守り、
ヤハウェと呼ばずに「主」と呼ぶ
イスラエルの民のように……。
さて、この「辟」を
後年誰かが勝手に「酒」に変えて、
まるで酒の神みたいに
されちゃったわけですね。
秦氏は京都の有名な松尾大社も
建ててるんですが、
そこも「酒造りの神」
ということになってます。
兵庫の「大避神社」も、
勝手に誰かが「辟」を「避」に
変えたとなると……
もしかして
もしかしなくても
意図的に隠された……!?
なるほど……
秦氏……
ちゃんと調べますか……
と、いうわけなんですよ。
「隠された」とか聞くと
めっちゃ気になってくるタイプです(笑)
日ユ同祖論では、皆この「大避神社」を
「ダビデ神社」と言っていて、
「大きみ神社ですね」
って意見を見たことがないんですよね。
この情報広まれ〜👐
◆闇に葬られた歴史?
「もしユダヤ人が日本に来ていたなら
なぜ彼らの信仰は伝わっていないのか?」
という謎……
もしかして、闇に葬られた?
時の権力者に不都合だったから?
日本って、昔の記録は
8世紀の古事記・日本書紀
しかないんですよね。
渡来人がたくさん来て繁栄していたと
書いてあるのだから、
彼らが文字を持たなかったわけがないのに。
卑弥呼が中国と交流していたのだから、
文字を持たなかったわけがないのに。
聖徳太子と蘇我氏が編纂した
「国記」「天皇記」などの歴史書が
あったのに、それは大化の改新の時に
焼かれてしまいました。
蘇我氏が自分で火を放ったって…
そんなばかな。
蘇我氏って、悪者っぽいイメージありますよね。
最近聞いた話では、
彼らは悪者にされているのではないかと……。
勝者が歴史を作る……
権力者に不都合なものは、
葬られたり、悪者にされたりしてしまう。
きっと歴史を知れるものは
あちこちにあっただろうに、
一つも残っていないのは、
徹底的に見つけ出されて
焼かれてしまったのでしょうか?
古事記・日本書紀に、
邪馬台国のことや富士山のことが
一言も出て来ないのも
おかしいですよね🤔
同様に、秦氏も弾圧され、
彼らの記録は闇に葬られてしまった
のでしょうか?
◆秦氏って?
さて今回の最後に
「秦氏のこと何も知らないよ」
という私みたいな方のために
簡単にご説明。
秦氏 - Wikipedia (詳しくはこちらへ)
秦氏は、応神天皇の時代(4世紀?)に
日本に渡来した氏族とされています。
秦氏は養蚕、織物、製鉄、治水などの
たくさんのすぐれた技術をもたらし、
朝廷でも重用されたそうです。
8世紀以前の名前が明らかな人物は1,147名に達し、古代では最大の氏族とされる。
「最大の氏族」と書いてあるのを見て
「えっ?」と思ったのですが、
本当にその通りのようです。
古代の秦氏関係者の分布は確認できるだけで32ヶ国81郡に及んでいる
彼らは繁栄して全国あちこちに
散らばっていたようですね。
京都の太秦を本拠地に、九州から、四国、関東にも。
秦氏からたくさんの氏族が分かれて色んな名字になっています。
九州の有名な島津家もそうなんやね。
雅楽の東儀秀樹さんの、東儀家もなんやって。
秦氏は雅楽や能の祖らしいです。
渡来人ががっつり日本の伝統芸能の起源になってるなんて興味深いですね!
◆秦氏が建てた神社
そして、秦氏はたくさんの神社を建てているんですね。
ウィキペディアにのっている主な神社はこちら。
・松尾大社
・伏見稲荷大社
・木嶋坐天照御魂神社(蚕の社)
・大酒神社
・大避神社
・敢国神社
・旗宮
これは「主な」神社なので、
実際にはもっとたくさんあります。
こちらの「京都通百科事典」さん
によると、
秦氏ゆかりの神社は京都だけでも10社あり、
そのうちの8社は「式内社」という格式の高い神社だそうです。
最初に挙げられている松尾大社と伏見稲荷大社はすごいですね。
松尾大社は京都を守護する神社だし、
伏見稲荷大社は全国に無数にあるお稲荷さんの総元締めです。
秦氏がユダヤ人かどうかは置いておいても、
渡来人がこんなに重要な神社を創建したというのはとても興味深いですよね。
さて、
私の魂さんの
「大避神社は(聖書の)神さまの神社」
という言葉が本当なら、
これらの神社についてはどうでしょうか?
伏見稲荷大社はお稲荷さんを祀る神社では?
でももしかして、
「大きみ」を祀った神社が
「酒の神」に変えられたように、
創建当初の神が隠されて、
別の神に置き換わってしまったかも…?
色々調べた結論を先に言うと、
私はそうだと思いました。
と、いうことで
次回からは、
松尾大社や伏見稲荷大社について
書いていこうと思います!
◆おまけ⸺大避神社のお面
大避神社には天狗みたいなお面があります。
私の魂さんが天狗はユダヤ人やと言っていたので興味深いです。
↓こちらは紹介する昔のテレビ番組の動画
https://youtu.be/ORId6pStckY?si=A8x5PLxlcsf-A0C-

河勝公が自ら彫ったか、聖徳太子から賜ったもので、1300年前の日本最古の面と言い伝えられてきた。「みだりに人目に触れさせてはならない」との戒めから永く公になっていなかった
最後までお読みくださりありがとうございました!
