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人生で、美しい花に出会うためにすること


美しい花を見て、「美しい」と感じるとき、その美しさは花そのものにあるのではなく、見る人の“心”が投影したもの


と、仏教では教えるそうです。
今日は、禅の有名な逸話のご紹介です✨


「風か、旗か、心か」


ある日、風で旗がパタパタと揺れていました。それを見た2人の修行僧が議論を始めます。


• 僧A:「が動いているのだ」
• 僧B:「いや、が動いているのだ」


議論が終わらないので、通りかかった高僧(六祖慧能)に尋ねると、彼はこう言いました。



「風が動いているのでもない。旗が動いているのでもない。あなたたちの心が動いているのだ」



これは、「揺れている」と認識しているのは、結局のところ「揺れ動くあなたの心」なのだという指摘です。


花を見て心が動いたのなら、それは花ではなく、あなたの心が震えたということです



世界は“心”の映像


「唯識」という学派では、私たちは現実そのものを見ているのではなく、「自分の心が作り出した映像(フィルム)」を見ていると考えます。


• 赤いレンズの眼鏡をかければ、世界は赤く見えます。

• 悲しみの眼鏡をかけていれば、美しい花も「寂しげ」に見えます。

• 喜びの眼鏡をかけていれば、道端の雑草さえ「力強い生命」に見えます。


ですから、あなたが花を見て美しいと感じたのなら、それは今、あなたが「美しさ」というレンズ(眼鏡)を通して世界を見ている、何よりの証拠なのです。



仏教的に言えば、

美しい花に出会うためには、世界中を探し回る必要はありません


自分の“心のレンズ”を磨くことが、最も近道だということになりますね



ステキなお話ではありませんか?

幸せは案外、側に落ちていて。
「幸せになるのに大金は必要ではない」ということでしょうね。皆さんも働きすぎないように🤭



いつもご紹介している、私のバイブル本。
世界で5番目に読まれているとも言われる、パウロ・コエーリョの『アルケミスト』も、実は同じ結末を迎えます。



「世界中を旅した彼が、物語を通して全世界の人に伝えたかったのは、この仏教の逸話と、まったく同じことだったのではないか…」
そんなふうに思います。



美しい花に出会うためにすること…



若い頃は、
遠くへ行けば行くほど、その花に出会えると思っていました。
けれど実は、花はいつも足元に咲いていたのですね🍀



それは、確かにあなたの目の前にある。
“いま”を、大切にするということ。


それに気づくために、人は“人生という時間”を旅するのかもしれません




いつも応援ありがとう♪
また、お会いしましょう。















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