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ローマ劫掠の衝撃!1527年ローマは破壊しつくされた…しかもその犯人が・・・

当noteでは現在ローマ旅行記『劇場都市ローマの美~ドストエフスキーとベルニーニ巡礼』を連載中ですが、それにちなんで今回は皆さんにぜひおすすめしたい衝撃の一冊をご紹介したいと思います。

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それがこちら、石鍋真澄著『教皇たちのローマ』という作品になります。

早速この本について見ていきましょう。

現在のローマの中核は1527年のローマ掠奪(サッコ・ディ・ローマ)による大破壊の後に行われたバロックの都市建設によって形成された。ルネサンス教皇の実態からその過程をつぶさに描く力作。

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まず言わせてください。

私はこの本にとてつもない衝撃を受けました。それは私の中にあった常識が覆されたかのような凄まじいショックでした。

なぜ私がそこまで強烈なインパクトを受けたのかと言いますと、上の本紹介にも出てきました1527年のローマ掠奪(劫掠とも言う)があまりにショッキングな内容だったからです。

ローマ劫掠を描いた銅板画 Wikipediaより

この事件は1527年にローマが攻撃され、虐殺、略奪の限りが尽くされた恐るべき出来事でした。

そしてそれを行ったのが何を隠そうカトリック王カール五世の神聖ローマ帝国軍だったのです。

カール5世(1500-1558)Wikipediaより

カール5世はスペインと神聖ローマ帝国という二つの国の皇帝です。つまり彼は熱烈たるカトリック国家のトップにいた人物になります。そのカトリック王国の盟主が聖地バチカンを徹底的に破壊し略奪したというのですから私はその事実に頭がくらくらする思いでした。

と言いますのも、私はこれまで、スペインはアメリカ大陸の発見後その黄金を用いてカトリックの繁栄と宗教改革への対抗のために莫大な財と労力を用いていたと理解してきました。

たしかにそれは事実なのですが、そんなスペイン・神聖ローマ帝国があろうことかカトリックの総本山のバチカンを略奪し破壊するなんて想像できるでしょうか。

なぜこのようなことが起きてしまったのかは長くなってしまうのでここではお話しできませんが、私にとってはこの出来事はあまりに衝撃的なものとなったのでした。これまでもローマ劫掠(サッコ・ディ・ローマ)という出来事自体はキリスト教史を学ぶ上でおそらく目にしていたことはあったはずです。ですがこの出来事の重大さ、深刻さには全く気付いていませんでした。この本を読んで初めてその意味がわかりました。そのような意味でも本書はこれまでのわたしのキリスト教史観を覆してくれた作品になりました。

著者は「あとがき」でこの本について次のように述べています。

本文で記したように、プロテスタントやカトリックやハプスブルク家にとってもサッコ・ディ・ローマは、いわば歴史の汚点であり、あまり触れてほしくないエピソードである。

だからヨーロッパでは、一般にこの事件について詳しく論じられない傾向がある。日本では、ニ〇〇六年に主に美術について論じたシャステルの古典的研究書が翻訳されたが、事件の概要はほとんど知られていないといっていい。そして、この事件が意味するところ、また事件の影響は論じられたことがないように思われる。

美術作品を扱う美術史は、人間の創造性のみを問題にし、破壊を扱うことはない。その意味で、美術史家は本質的にオプティミストだ。しかし私は、あえてサッコ・ディ・ローマという破壊の歴史に焦点を当て、それを招き、また乗り越えた「教皇の都市」ローマの歴史と、そこに花開いたルネサンスとバロックの創造の歴史を叙述しようと思った。なぜなら、ルネサンスを人間の発見と創造の物語として語り、バロックを対抗宗教改革の高揚した宗教精神の表現と捉える、といった紋切り型の説明に疑問をもってきたからでもある。

そんなわけで、教皇や教皇庁とはいかなるもので、教皇の都市ローマはいかに形成されていったのか、そしてルネサンス美術とバロック美術はいかにして生み出されたのか、そうした全体像を描こうと私は試みた。そのために、おかしな言い方かもしれないが、私はあまり書かないように努めた。長い記述になって読者をうんざりさせ、全体像がぼやけてしまうことだけは避けたい、と思ったからだ。いってみればスケッチ、画家たちのいうオイル・スケッチのように、大まかな全体像を示すことで満足することにしたのである。(中略)

「教皇の都市」ローマはイタリア、そしてヨーロッパの歴史と文化の要であった。それゆえ教皇の都市ローマに関する知識は、イタリアやヨーロッパを理解するのには欠かせないものである。美術史においても。それは変わらない。本書が、われわれにはいろいろな意味でわかりにくいところのある「教皇の都市」ローマの歴史と美術についての理解につながればと願っている。

平凡社、石鍋真澄『教皇たちのローマ ルネサンスとバロックの美術と社会』P336-338

バチカンと言えばその美しい美術館やシスティーナ礼拝堂、サンピエトロ大聖堂など、何も知識がなくても圧倒される素晴らしさがあります。

サン・ピエトロ大聖堂

ですが、これら建造物や芸術が生まれてきた背景には何があったのか、その流れを知ることで全く違った世界が現れてくるのではないでしょうか。

この本を読めば衝撃を受けることは間違いないです。これまで見えていたローマ・バチカン像が変わると思います。

このローマ劫掠についてさらに詳しく知りたい方は上の引用にも出てきましたアンドレ・シャステル『ローマ劫掠 1527年、聖都の悲劇』も合わせて読まれることをおすすめします。

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また、この惨劇を引き起こしたカール五世やハプスブルク家について知りたい方には江村洋『カール五世 ハプスブルク栄光の日々』や、同『ハプスブルク家』がおすすめです。

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そしてもう一つこの事件に関連して興味深いことをお伝えしてこの記事を終えることにしましょう。

それは私がこの『教皇たちのローマ』を読んでいた時のことでした。悲惨な破壊や強奪によってローマが崩壊していく様を読みながら、ふと頭をよぎるものがあったのです。

「あれ?1527年といえば、この辺でヘンリー八世がイギリス国教会を作ろうとしていなかったっけ・・・もしかしてヘンリー八世がこんな大胆なことができたのはサッコ・ディ・ローマでバチカンが弱っていたからではないか?」

私はこれまでシェイクスピアの伝記を読んでいた関係で、何となくではありましたがイギリスの流れを知っていました。そしてその歴史とイタリア・ローマ史がビビッと繋がった瞬間でした。これは今すぐにでも確かめたい!あのヘンリー八世はこの時どんな状況だったのだろう!私は居ても立っても居られなくなり陶山昇平『ヘンリー八世 暴君かカリスマか』という本を手に取ったのでした。

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そして読んでみて驚きました。サッコ・ディ・ローマ事件はやはり大きな影響を与えていたようです。まぁ、正確に言えばそもそもサッコ・ディ・ローマ事件が起きてしまったというそのこと自体がローマカトリックの弱体化とヨーロッパの複雑な政治情勢を示していると言えます。こうした国際情勢の中ヘンリー八世がどのように動いていたのかを知れるこの伝記は非常に興味深いものがありました。

そしてこの王の娘が後のエリザベス女王であり、その治世で活躍したのがシェイクスピアです。彼が生きた時代背景を知ればもっとシェイクスピア作品を楽しむことができます。時代背景を離れた芸術や文化はありません。私にとってヘンリー八世と当時のヨーロッパ情勢を知れたこの伝記は非常にありがたいものとなりました。

さて、話はシェイクスピアにまで飛んでしまいましたが、サッコ・ディ・ローマ事件は私にとってとてつもない衝撃でありました。

宗教とは何かを考える上でこの事件は非常に大きな意味を持つものだと私は考えています。やはり「宗教は宗教だけにあらず」。当時の時代背景や国際情勢、政治経済、民族、文化、気候風土、あらゆるものが絡んできます。

こうした背景を持ちながら歴史が展開し、今私達の目の前にあの素晴らしいローマの街並みがあるわけです。そう考えるとローマの見え方もきっと変わってきますよね。私自身、初めてのローマは2019年でしたが、こうしたことを学んでから再び訪れた2022年のローマは全く別物のように感じられました。そしてもっともっとローマが好きになりました。これは間違いありません。

ぜひこの『教皇たちのローマ』という作品で皆さんも衝撃も受けてみてください。本当にとてつもない本です。ぜひぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

また、イタリア・ローマのおすすめ本も以下の記事でまとめていますので参考にして頂けましたら幸いです。

以上、「ローマ劫掠の衝撃!1527年ローマは破壊しつくされた…しかもその犯人が・・・」でした。

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