『マルコ・ポーロの冒険』 46年ぶりの再放送に想う。
つい先日、フォロワーの方との雑談的なやりとりの中で、往年のテレビアニメ『アニメーション紀行 マルコ・ポーロの冒険』の(1979年〜80年放映・以下『マルコ・ポーロの冒険』と記す)再放送が始まっているという寝耳に水の情報をいただき、嬉しいという以前に、ただ呆然となりました。
私も長らくこの作品の再放送を期待していたのですが、ある時、同番組を制作したNHKの方にも、録画フィルムが初回と最終回分しか残されていないというのを知って、すっかり諦めていたためです。
NHKで「発掘プロジェクト」が進められているという話も聞き及んではいましたが、私は甘い期待はしないタイプなので、すっかり諦めていました。なまじ期待するより、その方が精神衛生上良いと、そう考えていたのでしょう。
一一それがいきなり、本放送から半世紀近くも経った今になって、「再放送が始まってますね」と、あっさり言われてしまった。

https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=C0110084
私は17歳の頃に本放映を見ており、その当時すでに熱心なアニメファンだったのですが、特に「出崎統・杉野昭夫コンビ」のファンであることを強く公言(?)していました。
当時の一番人気は、『機動戦士ガンダム』の富野喜幸(富野由悠季)であり、同じく日本サンライズ(現・サンライズ)の「巨大ロボットもの」をやっていた長浜忠夫あたりだったからでしょう。
もちろん、私自身、熱心なアニメファンになったのは『宇宙戦艦ヤマト』(1974年)からだし、同時代の作品として『機動戦士ガンダム』(1979年)にも熱狂したし、サンライズのロボットアニメは大好きでした。
長浜忠夫さんの訃報に接した日のことは、今もハッキリと記憶に残っています。同じアニメ好きの、隣のクラスの友人が、休み時間だったかな、こちらのクラスにやって来て、いきなり「長浜さんが亡くなったそうやぞ」と言ったので、他のクラスメイトが何事かと驚いたのでした。当然、当時は携帯やスマホなど無くて、情報は数日遅れが普通のことでした。
自覚的なアニメファンになったのは高校生になってからですが、しかし、アニメそのものは幼い頃からずっと見てきて、それで育ったようなものです。
だから、「虫プロ」制作のアニメはぜんぶ同時代に見ており、出崎・杉野コンビに、荒木伸吾、金山明博という、今となっては夢のような布陣だった『あしたのジョー』(1stシリーズ)はもとより、杉野さんが作画監督を務めた『国松さまのお通りだい』(1971年)などの作品も、そうと知らずに見ていました。
日本初のアニメ情報誌『アニメージュ』の創刊(1978年6月発売の同年7月号)にも立ち会い、それ以降、制作スタッフを意識するようになったのですが、そうしたなかで『あしたのジョー2』(1980年)が始まり、その力の入った第1話を見て以来、理由はよくわからないなりに、私の中で、出﨑統・杉野昭夫コンビの作品は、何か特別な存在になりました。

もちろん、出崎さんと杉野さんのお二人が別々で関わられた作品も、結果としての満足度に違いはあっても、常に注目していました。
だから、荒木伸吾さん(と姫野美智さん)がキャラクターデザインと作画監督をつとめた『ベルサイユのばら』(1979年)も大好きですし、杉野さんが作画監督をなさった劇場版『ユニコ』(1981年)やテレビスペシャル『坊っちゃん』(1980年)なども大好きな作品でした。『坊っちゃん』なども、是非ともDVD化してほしい作品です。
杉野昭夫というと、『あしたのジョー』(1970年)や『SPACE ADVENTURE コブラ』(1982年)、『ゴルゴ13』(1983年)、『ブラック・ジャック』(1993年)などの印象が強いせいか、「ハードな劇画タッチ」の人だと誤解されている部分があるように思うのですが、私が思うに、杉野昭夫というアニメーターの美質は、なんと言っても、この「純粋さ」とでも評したくなる、他のアニメーターには決して無い、「絵の香気(格調高さ)」の存在です。
ですから、『アニメージュ』誌が特集記事を組んだ際のタイトル「杉野昭夫 絵の詩人」というのが、今でも最も当を得た形容だったと思っています(1979年9月号)。
そして、そんな杉野昭夫の描く人物の、あの「深い瞳」は、決して他の人には描けないものとして、私を魅了したのでした。

杉野さんは、特に面白い「動き」を描けるわけでもなければ、メカなどはむしろ苦手な方だったと思います。
ですが、それでもアニメーターというのは、ディズニー・東映動画イデオロギー的な「動かす人」ではなく、絵に「命を吹き込む人」だと考えれば、動かなくてさえ「生きている」人物の描ける杉野昭夫というアニメーターは、やはり特別な存在だったのだと、私は確信しています。
私は高校生当時、杉野昭夫ファンクラブ「杉の子会」の会員だったのですが、年に数回しか刊行されないオフセット会誌やコピーの会報に、今と同様に次々と投稿をしていました。だから、会誌や会報の編集発行業務を一人で担われていた会長の「ミリオーネ」さんには、きっとご迷惑をおかけしていたことでしょう。
しかし私にとって、出崎さんや杉野さんについて書くことは、まさに求愛行動だったのだと思います。私はこんなにあなたがたが好きなのだと、それを伝えたかった。
そして、その気持ちは、今でも変わってはいません。いまだ、その想いを伝えきれていないという思いがあるのてす。

今の私の書斎には、数年前に再購入した『アニメージュ』1980年5月号が飾られています。同号のメインの特集タイトルは「さらば、マルコポーロ」で、表紙を杉野昭夫の描き下ろしが飾っているのですが、それが下のものです。

「note」を始めてすでに4年ほどが経ちましたが、その間、書評や映画評だけではなく、アニメ評なども書いてきたのですが、アニメ評の場合は、『伝説巨神イデオン』のように、ずっと気になっていた作品か、好きだったクリエイターたちの新旧作品が中心でした。
だから、いずれは「出崎統論」や「杉野昭夫論」を書かなければならないという思いが常にあって、ぼちぼちと資料を買い集めていた、その中の1冊が、上の『アニメージュ』1980年5月号でした。
『アニメージュ』本誌は、創刊号から200号まで買っていましたが、興味のある一部の記事しか読まなかったし、それさえもなくなってきたので、切りの良い200号で購読をやめました。でも、その数号後に「劇場版『エースをねらえ!』特集号」が出たので、それだけは例外として購入し、それが同誌を買った最後となりました。
だから、「杉野昭夫特集」や「さらば、マルコ・ポーロ」特集などの掲載号は、今も、うちの押入れの奥深くに眠っており、処分してはいません。
ですが、それを発掘するよりは買った方が早いと再購入した、という事情です。
同様に、プレーヤーも無いのに、杉野さんの書き下ろしによるジャケット欲しさに『大空魔竜ガイキング』のサントラLPレコードを、これも数年前にネットオークションで再購入したりしました。
もちろん、同時代的に、別冊「アニメージュ」であるロマンアルバムも、出崎統・杉野昭夫関係のものは全部買ってましたし、当然『杉野昭夫作品集』も買っています。

しかし、ある程度資料が揃ってきても、それでいながら、最も敬愛するお二人だけに、かえってお二人について論じる筆を執ることには、どうしても臆してしまいました。
書いて書けないわけではないけれど、自分なりの決定版を書きたいという思いが、プレッシャーになっていたのだと思います。
しかし、そのようにして、気にはしつつもズルズルと先延ばしにしてきた個人的な懸案も、今回の、まさに奇跡のような、『マルコ・ポーロの冒険』の再放送を機に、なんとか実行に移して、ものにしたいという気持ちになっています。
さいわい、数年前に再購入した『アニメージュ』の「杉野昭夫特集」号は、わりと手近なところにあるので、この1冊だけでも、なんとか私なりの「杉野昭夫論」を書けるのではないかという気持ちがあります。もう、いくら先送りしても結果に大差はないだろうと、そう思うようにもなっていました。
だから、今度こそ決着をつけたいと考えているのです。
年甲斐もなく昂った気持ちだけが先走ってしまい、なんともまとまりのない文章になりましたが、これは私の「決意表明文」だと思って欲しい。
今度こそ、この機会に、まず「杉野昭夫論」を書き、そしてそのあと、今は亡き出崎さんに届けという気持ちで「出崎統論」を書こうと、そう改めて決意したのです。

(2025年6月1日)
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