『ぼくたちの女災社会』著者・兵頭新児との対話
この記事は、私(年間読書人)が先日レビューを書いた『ぼくたちの女災社会』の著者・兵頭新児氏と、私との対話記録である。
その「対話」をご紹介するに先立って、
(1)対話に至る経緯
(2)対話の形式の諸問題
の二点について、説明をしておこう。
(1)の「経緯」については、話は比較的簡単である。
私が、昨年12月29日に、兵頭新児氏の著書『ぼくたちの女災社会』についての、次のレビューを書いた。
その後の本年1月4日に、兵頭新児氏が次のような記事をアップされた。
・2025年女災を語るキーワード10!! 第3~1位発表!!
このタイトルでは分からないが、この記事の「当初のトップ画像」は、次のようなものであった。

このトップ画像の『他人の本の表紙を勝手にいじるな』という文言は、上の私の記事「反時代的「男」論:兵頭新児 『ぼくたちの女災社会』批判」のトップ画像を指してものであることは明らかである。
当初、私は記事「反時代的「男」論:兵頭新児 『ぼくたちの女災社会』批判」のトップ画像として、『ぼくたちの女災社会』の画像を使用し、それに「書名と著者名」を書き加えていた物を使用していたのである。
それが、下のものだ。

そんなわけで、Amazonの同書検索結果から私の記事の存在を知った兵頭氏は、私のレビューを読み、その批判的な内容に反発し、トップ画像についても注文をつけたのであろう。私が同書を褒めていたら、画像の使用・改変について、注文をつけることもなかったはずである。
この点について兵頭氏は、のちの「対話」において、本気で怒った(注文をつけた)のではなく、「ギャグ」だったと釈明をされていたが、私はそれを真に受けてはいない。
『ただまず、表紙画像については全くお気になさらないでください。 アレは本当に、あなたの記事を見た上でこの記事を見た人がいたら笑うかな、と軽い気持ちでやったことで、ちょっとしたギャグです。』(01-03)
私が、この兵頭氏の記事「2025年女災を語るキーワード10!! 第3~1位発表!!」を見つけたのは、完全に偶然であった。
「北村紗衣関連人気記事」のページをチェックしていたところ、見覚えのある『ぼくたちの女災社会』の表紙のアイコンを掲げた記事が目についたのだが、それは私の記事ではなかった。
そもそも私の当該記事には「北村紗衣」のタグは付されていなかったので、このページに表示されることはないはずだからだ。
そこで、どんな記事だろうと覗いてみると、トップ画像に『他人の本の表紙を勝手にいじるな』とあったので、そのとき初めて、私はこの兵頭新児氏による記事に、私のことが書かれていると気づいたのである。
で、内容をざっと見てみたところ、兵頭氏は、私のことを「エヌ氏」と表記して批判していたのだが、そもそもこの記事には、先行する私の当該記事への、リンクが無かったため、私の方への「通知」もなかった。
で、私としては、私の記事に反論し、私を批判するのであれば、批判対象者名を伏せるのではなく、堂々とそれを明記すべきだし、リンクも張って、「書いたぞ」と私に知らせるべきだったと考え、とても不快に思ったのである。
兵頭氏のフォロワーなら、兵頭氏の書いている「エヌ氏」とは私(年間読書人)のことだとわかるはずが、批判あるいは揶揄されている当の私は、そんなことを書かれているとは全く分からない状態なのだから、私はこれを「陰口」だと理解したのである。
しかしながら、兵頭氏の著書の画像を無断使用したというのは事実だから、この点については謝罪して筋を通し、その上で、こんな「陰口」のようなものではなく、正々堂々と反論なり批判なりをして欲しかったという旨のコメントを、兵頭氏の当該記事のコメント欄に書き込んだのである。
このようにして、兵頭氏の記事「2025年女災を語るキーワード10!! 第3~1位発表!!」のコメント欄で、同氏との相互批判的な対話が始まった。
無論、論点は、兵頭氏の著書『ぼくたちの女災社会』における「女性優位社会への批判」の妥当性と、もう一つは、兵頭氏の私への批判のやり方の正当性である。
当然のことながら後者は、兵頭氏の批評家としての基本的な構えと決して無関係ではあり得ないと、私はそう考えたからだ。


ともあれ、私の記事のトップ画像については、謝罪した以上、直ちにこれをオリジナルのものに差し替えた。

なお、『ぼくたちの女災社会』の装丁画像の使用にあたっては、私は私なりの「著作利用権」についての考え方があって、当該画像を使わせていただいたのだが、その点については、この「対話」の中で説明しているので、そちらをご確認いただきたい。
なお、兵頭氏の記事「2025年女災を語るキーワード10!! 第3~1位発表!!」のトップ画像も、本年1月7日か8日頃に、下のものに差し替えられている。
当初のものとは違っており、そのあたりでもまぎらわしいので、ここにその(新)画像も示しておく。

そんなわけで、あとは「対話」本文を読んでいただければ良いだけだが、この「コメント欄での議論」というのがまた、システム的に不便きわまりないものであった。
一一つまり、前述の(2)の「対話の形式」の問題である。
まだしもコメント欄が、以前(の旧式)の「新しいコメントが、古いコメントの下に付け加えられていくだけ」のものならわかりやすかったのだが、最近改訂された「ツリー・スレッド式」とでも呼ぶべき新型のコメント欄は、単純に(上から下、あるいは、下から上へと)時間の経過を追うことの出来ない、複雑な形式のものなのである。
無論これは、コメントが別々の人からなされ、それに対して、個々に直接レスを付けられるようにしようとしたために採用された形式だ。
だが、この新しいコメント欄を使って「長い議論」をしようとすると、なにかと不都合が生じるのだ。
まず、個々のコメントの具体的な「投稿日時」が表示されず、閲覧現在時から「何分前」「何時間前」「何日前」「何ヶ月前」といった大雑把な表記となっており、しかも、当然のことながらそれが、時間の経過にともなって刻々と書き変わっていく。
したがって、スレッド間でのコメントの前後関係は、すぐにわからなくなってしまうのだ。
しかも、そこでの「1日前」というのは「日付の前日」という意味ではなく、「投稿時間から、24時間以上48時間未満」を意味するものなのだ。
つまり、「2日前」なら「48時間以上72時間未満」であり、ということは、投稿時間が、日付の変わる直前であれば、翌日閲覧しても「何時間前」であって「1日前」とは表記されない。だから、投稿後24時間を過ぎて、「何時間前」ではなく「何日前」という表示になってしまうと、その投稿が前日の投稿なのか、前々日の投稿なのかが判然としなくなってしまうのである。
もちろん、そのスレッドの中でなら、前後関係は(上から下へと)わかるのだが、スレッドが変わってしまうと、それぞれのコメントの前後関係は、まったくわからなくなってしまう。
また、この「ツリー・スレッド方式」だと、そのスレッドのトップ記事(スレッドの起点となる記事)と、そのスレッド内の最後のレスコメント以外は、通常、折り畳まれた状態で表示されており、それを開かないと記事が確認できない。
さらには、スレッド(のトップ記事)の制作順に、古いものの「上」に新しいスレッドが積み重ねられていくので、スレッドの中は「上から下」へと読むかたちなのだが、コメント欄の並び自体は「下から上」という、逆形式になっているのである。
したがって、古いスレッドに書いたレスと、新しいスレッドに書いたレスとでは、日付が逆転してしまう場合が出てくる。
また、同じ日に「別のスレッド」にレスすると、その連続性が断たれるだけではなく、「スレッドの制作日」によって、そこへのレスは、別のスレッドへのレスと、日付的に逆転した並びにもなってしまう。
「新しいレス」をした古いスレッドは、スレッドの制作日(時間)に対応して、古い場所に置かれて、「新しいレス」であっても、目につきにくくなるのである。
一一こう書いても、説明している私自身が混乱してくるくらいだから、読者にはきっと、とてもわかりにくいことだろう。
だが、要は「新しいレスコメントであっても、古いスレッドへのそれは、下方(古い位置)に置かれてしまって、見落とされやすくなってしまう」ということだ。
そのため、スレッドを超えての議論は、寸断され、見落として読み落としが生じて、無駄に議論を混乱させてしまうという側面があったのである。
ともあれ、このあたりの実情は、「対話」の舞台となった、兵頭氏の記事「2025年女災を語るキーワード10!! 第3~1位発表!!」のコメント欄を、直接ご覧いただくのが一番手っ取り早い。
だが、このわかりにくいコメント欄で「対話の流れを追って読んでくれ」とはお願いしにくいので、ここでは多少なりとも読みやすいようにと、可能なかぎり時間の流れに沿って(上から下へと)読めるように、スレッドをその制作時順に、つまり古いスレッドから新しいスレッドへと、もとのコメント欄とは「逆」に並べなおし、さらに、折り畳まれる部分も、一暼が可能なようにすべて開いておいた。
それでも、スレッド内のレスコメントについては、スレッド制作順の並びのため、スレッド間では、おのずとレスの「日付」の前後するという点については、補正のしようがなかった。
また、すでに書いた事情で、この記事に記されている、個々のコメントの「投稿日」は、後から便宜的に付した、あくまでもここでの「目安」だと考えていただきたい。
議論の開始から、5日ほど経った現在時では、厳密な「投稿日時」の特定はできなかったためである。
ともあれ、こうしたコメント欄の形式に伴う、細かな難点のあれこれは、読者にとっては、大した問題ではないように思われるかも知れない。
だが、兵頭氏との対話の際に、そのあたりで「見落とし」が生じ、そのための議論のすれ違いが多少なりとも生じていることを、是非ともご承知おきいただきたかったのである。
なお、そのあたりにミスや誤解については、原文の改変に当たらない範囲で、可能なかぎり(※)印の註を付して、補足しておいた。
本文中の「誤記・誤変換・タイプミス」などは、基本的には「そのまま」としたが、そのままでは意味の通じない部分については、最低限の(※ 註)を加えて補足した。
以上を踏まえて、以下の「対話」を、面倒でもお読みいただければ幸いである。
○ ○ ○
なお、私の方から兵頭新児氏に、この「対話」を、ここでいったん終了し、ここまでの「対話」を踏まえての「総括記事」を、それぞれに書いて、同時にアップしようではないか、という旨の提案をしておいた。
これは、「対話」の末尾部分(13-01~02)にあるとおりだ。
しかし、結果として兵頭新児氏からは、
『あなたの提案に乗ったとしても、 「互いにまったく違う関心軸から同じ出来事を語る」文章を並べるだけになり、あまり意味のある総括にはならないように思います。』(14-01)
とのことで、丁重に断られてしまったので、残念ながら兵頭氏の「総括記事」は諦めざるを得ず、私のものだけになってしまうが、こちらは当初の予定どおり、近いうちにアップしたいと思う。
長い「前説」になってしまったが、あとは「対話」本文に譲りたい。
2026年1月10日
年間読書人
(※ 各コメントの頭の(00-00)は、古い順から(スレッドナンバーとそのスレッド内のコメントナンバー)である。一連のコメントを、字数制限のために分割して投稿したものは(00-00~00)とまとめてある)
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(01-01~2)【2026年1月5日】
年間読書人
初めてコメントさせていただきます。
まず、最初にお詫びを。
貴兄の著作『女災社会』のレビューを書いたので、その記事のトップ画像に、同著の表紙画像を使わせていただきました。さらには、わかりやすいように、同著タイトルと著者名をこちらで入れたのですが、これが無断使用であり、著作権の侵害であるという認識はありました。
しかしながら、まったく関係のないものに使った訳ではなく、いわゆるパクるつもりがないのはご理解いただけると思ったので、ご容赦いただけるかなと、考えてのことでしたが、そうではなかったようなので、近々画像は差し替えされていただきます。
https://note.com/nenkandokusyojin/n/nbfb028b80988
著作権ということについては、私も考えがあって、あまり厳格には捉えていませんが、著者の方が罷りならんとおっしゃるのなら、勝手に使用したことについては、お詫びさせていただきます。 申し訳ありませんでした。
(続く)
(※ コメント欄は1回あたりの文字数が500字と制限があるため、一連のものを分割して投稿した)
(承前)
しかしながら、拙レビューの中身についてご批判下さるのなら、私が気づくように、直接おっしゃって欲しかったし、私の記事を示すリンクを張って、読者の方に私の記事が読めるようにしてほしかった。
それで、議論の内容の是非を読者に判断するいただけるようにして欲しかったし、リンクを張れば、こちらにも通知があるので、貴兄による、このお叱りの記事に気づくこともでき、中身の議論もできたはずです。
今回は、またまた気づいたので、このようにコメント欄にコメントさせていただいたのですが、貴兄が私のお叱りになる立場なのであれば、もっと率直に、ご意見をいただきたかったと、残念に思います。
また、拙論に反論なさるのであれば、「エヌ氏」などと星新一みたいな書き方をせず、そのまま名前を書いて欲しかった。
私としては、そういうところが、物書きのあり方として、「男らしくない」と感じられるのです。
(続く)
(承前)
貴著の内容について、直接触れていないのは、参考になるところあれば、まったく評価できないところもあって、いちいち説明する価値を感じなかったからです。
ですから、批評態度の根本的なところの問題として、総論的に「男らしくない」という指摘をしたのです。
私としては、いくらでも議論させていただきますが、それならば、それこそ具体的に論点を絞っていただければと思います。私の言いたいことは、すでに書いたからです。
お詫びと思うところを率直に書かせていただきました。
どうぞ、悪しからず。
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(01-03)【2026年1月5日】
兵頭新児
@年間読書人さん
どうも、はじめまして。
丁寧なコメント、ありがとうございます。
そもそもバレることを想定していなかったので、恐縮しております。
ただまず、表紙画像については全くお気になさらないでください。
アレは本当に、あなたの記事を見た上でこの記事を見た人がいたら笑うかな、と軽い気持ちでやったことで、ちょっとしたギャグです。
画像も早速差し替えていただいたようですが、特にその必要はありませんでした……。
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(01-04)【2026年1月6日】
年間読書人
@兵頭新児さん
わざわざ、お返事ありがとうございます。
本当は、こっちが下手に出ても、まだ上から被せてきたら、
「ところで、あの装丁画の使用料を、貴方がお払いになってるんですか?」
と、お尋ねするつもりでした(笑)。
著作権というのは、大切なものですが、手塚治虫の『ジャングル大帝』をパクったくせに、法廷でディズニーが「パクリではない」で勝ったように、法律なんて、いい加減なところがあると思うんですね。
で、そんなアメリカでは、契約の際、電話帳みたいに、細かい取決めの書き込まれた、契約書が交わされるそうですが、幸い日本ではまだ、そこまでは行ってなくて「気は心」で済ませているところがあり、私はそこを高く評価しているんです。
要は、そんな「独占欲の塊みたいなことは言うなよ」って気分があるんですね。
なぜなら、どんな創作物も、ゼロから作ったものなんて無いんだから、お互い様ってところがあるでしょ、って思っているからです。
そこにつけ込むのは論外ですが、良識の範囲内でということで、やりたいんですね。 また、その点でも、やり過ぎフェミニストは批判してるんですよ。 度々の長文コメント、失礼しました。
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(01-05)【2026年1月7日】
兵頭新児
@年間読書人さん
了解しました。
実際にはデザイナーさんの著作物になるでしょうしね。
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(01-06)【2026年1月7日】
年間読書人
@兵頭新児さん
そうです。
一般に著作の装丁で、その画像の利用料(あるいは装丁料)を払うのは出版社であって、著者ではありません。
したがって、アメリカ式に厳密に言えば、著者に利用権は無いし、ましてや、私と同様に、文字を入れたりしたら、それは作品の改変になって、著作権の侵害になります。
ただし、そこは「気は心」で、作者がその著作の宣伝をする場合にまでは、とやかく言わないのが、今の日本の出版社の常識でしょう。
同様に、一般人が営利目的ではなく、二次創作やその本の批評などで書影を使ったからと言って、いちいち問題にする出版社は、日本にはまずありません。
なぜなら、それも宣伝になるからです。
しかし、褒めてもらえる場合にだけOKで、批判的な批評なら(あるいは、エロの入ったパロディなら)「使うな」というのは、あまりにもケチくさいと思うんですね。金儲け主義丸出しですから。
だから私は、その画像利用が金儲けのためでないのであれば、あまり厳格な法解釈による法行使をすべきではない、と考えるわけです。
実際、すべての法律においても、例外を一切みとめなかったら、世の中は回りませんしね。
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(02-01)【2026年1月6日】
兵頭新児
さて、ただ、あなた側のことについて明示して欲しかった、という旨についてですが、この件について、本来であればぼくは相手の名を伏せるということはほとんどしないし、その意味で本件は非常に珍しいパターンです。
しかし、では何故今回は伏せたのかというと……大変申し訳ないですが、あまりご意見に意味を感じなかった、「よくある意見のワンオブゼム」であると感じたことに加え、議論しても話が通じないんじゃないかなあ、という印象を持ったためです。
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(02-02)【2026年1月7日】
年間読書人
この点に関しては、「議論する価値もない相手」だとお思いになったのなら、中途の半端に個人が特定できるような書き方はなさるべきではなかったと、そう考えます。
なぜなら、これはほとんど「陰口」に近いものにしかなっていないからです。
つまり、黙殺するか、書くんなら「一般論」として書くべきだったと思うんですよ。
………………………………………………
(02-03)【2026年1月7日】
兵頭新児
@年間読書人さん
まあ、ご覧にならないだろうと思って書いたのだから、その意味では確かに「陰口」かも知れません。
ただ、こちらも個人の特定は、「わかる人にはわかる」程度にしたつもりではあります。ご本人に見つけられるとは思っておりませんでしたw
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(02-04)【2026年1月7日】
年間読書人
@兵頭新児さん
まあ、誰だって陰口のひとつくらいは叩きます。私だってそうです。
でも、だからと言って、それが当然だと開き直るのはみっともない。
そうではなく、陰口は基本的に恥ずかしいことなんだという意識は捨ててはならないし、バレたらごめんなさいくらいは言わないと、その方がみっともない。
文学研究者の小谷野敦は、私についての陰口を私に晒されて、自ら赤っ恥を晒し、人格的な信用まで傷つけています。
また、呉座勇一さんが北村紗衣に謝罪させられたのも、オープンレターで晒しものにされて、立場が危うくなったからなのですが、あれだって「陰口」は恥ずかしいし、卑怯だという社会的な了解が前提にあってのことです。
だから、北村紗衣が単純に呉座さんを批判するだけなら、何の問題もなかった。しかし、現実には呉座さんのキャンセルが目的だったから、過剰攻撃として批判されるわけです。
したがって、私たちに大切なのは、本音と建前の健全なバランス。言い換えれば、理想と現実のバランスなんだと思います。
どちらかに偏りすぎても問題があるからです。
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(03-01)【2026年1月6日】
兵頭新児
例えば『女災』中には「女にセクハラだと騒がれたら、男の側はセクハラではない証拠(という、ほとんどの場合、提示することがほぼ不可能なもの)を提示する以外、手がない」といった主旨のことが書かれていたはずです。
(そうした事例を取るに足りぬ例外として斬り捨てたがる人も一定層いますが、ぼくの本は「それが例外では全くないこと」を示すためにほぼ全ページを費やしたものと言えるし、それは出版後十五年経って、いよいよ自明になってきたように思われます)
それを「男らしくない」と言い捨てるのは、それこそ原爆で死んだ者に「原爆くらいで死ぬとは男らしくない」と言い捨てるくらいにムチャクチャでしょう。
仮にそんなことを真顔で言う人間がいたとしたら、対話不能だと思うのではないでしょうか。
今回のように、対話をしてくださることは大変嬉しいのですが、ならばまず、この点について、反論をいただけるでしょうか。
………………………………………………
(03-02~03)【2026年1月7日】
年間読書人
>例えば『女災』中には「女にセクハラだと騒がれたら、男の側はセクハラではない証拠(という、ほとんどの場合、提示することがほぼ不可能なもの)を提示する以外、手がない」といった主旨のことが書かれていたはずです。
この点について言えば、それは避けられないトラブルだ、ということになるでしょうか。
時代が違えば、男女が逆だったこともあるわけで、そうした非対称は、絶対に無くならない。
だから、個々の事例に即して、筋を通していくしかない、ということです。
(続く)
(承前)
実際、私は警察官時代に、電車での痴漢事件に、数多く、しかし、薄く関わりました。
駅を管轄に持つ交番に勤務していた頃、駅からの通報があって、駅長室へ行くと、問題の男女がいる。
で、事情聴取をして、女性が被害届を出すと言えば、本署の刑事課に引き継ぎます。そうせざるを得ない。
しかし、私たちの本音としては「どっちが本当のことを言っているのかは、わからない」ということです。
だから、被害届が出されれば捜査して、判明した範囲での事件送致するしかない。 あとは検察の取り調べの後、裁判です。
誰にも本当のことはわからない。なにしろ、当事者ですら、所詮は主観なのです。
けれども、わからないからと言って、無かったことにはできないというのが、中立的な現実なんですよ。
だから、司法は世に阿って、女の見方をする、みたいな貴兄の決めつけは、反論するにも値しないと評価したわけです。
………………………………………………
(03-04)【2026年1月7日】
兵頭新児
@年間読書人さん
この点について言えば、それは避けられないトラブルだ、ということになるでしょうか。
だから、個々の事例に即して、筋を通していくしかない、ということです。
申し訳ないですが、世の中のあらゆることに対して当てはまる、はっきり言うと何の意味も持たないことをおっしゃっているだけではないでしょうか。
それに続く警官時代のお話もそうで、政治についてコメントを求められ、もっともらしく「難しい問題だねえ」とだけ返しているようなものだと、ぼくには感じられました。
note記事で「そうした問題についてのセンサーが全く死んでいる」と形容しましたが、ぼくがはっきりと輪郭を捉え、「UFO発見」と言ってるのに、極度の近視なので「ただの鳥だろ」と決め込んでいるような状況です(UFOと鳥は別に置換しても同様です)。
………………………………………………
(03-05)【2026年1月7日】
兵頭新児
@兵頭新児さん(※ この「@」表記は「自動表記」で、このように紛らわしいため、以降削除する)
一応、結論は以下の部分なのかなと思います。
だから、司法は世に阿って、女の見方をする、みたいな貴兄の決めつけは、反論するにも値しないと評価したわけです。
警察と司法は別だと思いますが……しかし司法の場では圧倒的に女性有利です。
これはかつてより世界的に普遍的だと聞いたことがあります。
警察については、拙著でも「女性が被疑者を取り押さえたことが私人逮捕とされ、そこからは有罪まで一直線」という刑事司法の問題でもあると言及しています。だがそれだけでなく、現実問題としてかつては厳重注意で帰されていた被疑者が、九〇年代の半ば辺りから逮捕する方向へ転換したのです。
残念ですがおっしゃることは明確に事実に反しており、しかもこのことは拙著にも明快に記されていることです。
………………………………………………
(03-06)【2026年1月7日】
年間読書人
いや、私はそうは思いません。
あなたのなさっていることは、結局のところ、バランス感覚を欠いたフェミニスト(女権論者)の裏返し。陰画でしかないと思います。
女たちが、男たちに虐げられたからと、男一般を敵視して攻撃し、時代が変わって立場が逆転すれば、今度は男たちが「われわれは被害者だ」と言い出す。
しかし、その構図がまた逆転すれば、そうした男たちは、必ずや女たちを虐げるでことでしょう。
だから、それではダメだし、自覚はなくても、所詮、両者は「同じ穴の狢」だと言うのです。
では、そんなシーソーゲーム(報復の連鎖)を避けるにはどうすればいいか?
それは、正しく是々非々で個々の事例にあたっていくしかない、ということです。
立場の一発逆転を狙うのは、まさに「革新(左翼)」の問題点そのもの。 「保守」の長所とは、現実を見ながら、漸進するところにあって、それこそが保守の精神なのです。
………………………………………………
(03-07~08)【2026年1月9日】
年間読書人
2日前(※ 正確には、48時間以上72時間未満のこと)のレスを見落としていましたので、
遅ればせながら、回答させていただきます。
> 警察と司法は別だと思いますが……しかし司法の場では圧倒的に女性有利です。
まず、警察は基本的に「司法」です。
文字どおり「法を司る」機関ですから。
警察官の大半は「司法警察員」ですよ。
> 警察については、拙著でも「女性が被疑者を取り押さえたことが私人逮捕とされ、そこからは有罪まで一直線」という刑事司法の問題でもあると言及しています。
それは別に、女性が男性を逮捕した場合に限りません。
男性が女性を私人逮捕できますし、有罪になる場合もならない場合もあります。
女性が逮捕したから、即有罪にできるほど、警察の仕事は楽ではありません。
(続く)
(承前)
> 現実問題としてかつては厳重注意で帰されていた被疑者が、九〇年代の半ば辺りから逮捕する方向へ転換したのです。
厳重注意で済ませられるのは、被疑者が犯行の事実を認め、被害者に謝罪し、被害者がこれを受け入れた場合です。
なのに、警察官が「これくらい許してやれよ」みたいな態度を見せたことが反発を招いて、基本どおりに、まず取り調べとなったんですね。
貴兄が、逆の立場だったらと考えてください。
警察官が「このくらい許してやれよ」みたいな態度だったら、「ふざけるな、やる気がないのか!」ってなるでしょ?
そういうことがあったから、基本どおりにやることになったわけです。
誰も女性だけに甘くしたいわけではない。
仕事だから、被害申告があって疑いがあれば、捜査せざるを得ないというだけですよ。
………………………………………………
(03-09)【2026年1月9日】
年間読書人
ああ、見落としじゃありませんでしたね。
レスしていましたが、それでは納得されていなかったみたいなので、今回のものが補足説明になればと思います
ともあれ、私が言いたいのは、検察や裁判官のことまでは確言できませんが、同じ司法のひとつである警察としては、おっしゃるほど簡単な話ではない、ということです。
あれもこれもひっくるめて、正しいとか間違っているなんてことは、現実にひとつひとつの事件を扱う警察にすれば、無責任な放言にしか聞こえない、ということです。
………………………………………………………………………………………
(04-01)【2026年1月7日】
年間読書人
これで、すべて応答していますかね?
このコメント別・折りたたみ式のコメント欄は、見落としをしそうで、とても使いづらいですね。前後関係もわかりにくい。
とうてい議論向きではありません。
応答漏れがあれば、遠慮なくお知らせください。
………………………………………………………………………………………
(05-01)【2026年1月8日】
兵頭新児
おっしゃるようにコメント欄、非常にわかりづらいですね。
以降は相手に返信するのでなく普通にコメントしていきます。
まず、どうもあなたの「陰口」という言葉には、かなり多くの意味あいを込めているようなのですが……或いはこちらが一度認めた言葉であるがため、繰り返しているのか……。
まず「陰口」は悪いこと、というのは一般論としてそうなんですが、例えばぼくに告知するでもなく書いたあなたの記事も、陰口と言ってしまえば陰口ですよ。
それとも「名前をぼかした」ことこそが重大な悪である、という線で行くか。
しかしぼくも(先には名前を出さないことは稀である、と書いたけれど)さして言論活動をしているでもないツイッタラーの発言などであれば、名前を出さないことがあります。相手は有名人でもないし、名指しは気の毒だと。或いは小谷野氏もそうした思惑であなたの名を出さなかったのかも知れない。
まあ、今回の件についてはそうした理由から名を出さなかったわけではないのだけれど、要するに絶対的に悪いと指弾されるほどに、ぼくがあなたに比べ落ち度があったとは思えない、ということです。
………………………………………………
(05-02)【2026年1月9日】
年間読書人
要は、ご自分としては「陰口」だとは認めたくない、ということなんですね?
いや、別にそれでもかまいませんよ。
ああした書き方を「陰口」と考えるか否かは人それぞれですし、まあ、普通に考えて、「陰口」した人は、それを認めたがらないものですからね。
ただ、そういうのって、第三者が見た場合にどう思うかですよ。
他人がどう思おうとかまわないとおっしゃるかも知れませんが、それだともう「独善」でしかないし、議論にもなりませんからね。
せっかく、こうして公に議論しているんですから、やはり第三者を説得できるロジックを構築なさるべきではありませんか?
………………………………………………………………………………………
(06-01)【2026年1月8日】
兵頭新児
さて、本論ですが、こちらが「事実に反している」と指摘しているのに「そうは思いません」と一蹴した後、その根拠を述べるでもなく観念論へと話が移るのは、ちょっとおかしいのではないでしょうか。
先に「難しい問題だねえ」と言ってるだけだと書きましたが、今回も全く同じです。
一応、あなたの言い分の本質をすくい取るなら「やられたらやり返せ」ではキリがないとでも言ったことになりましょう。
しかし当たり前の話ですが、損害を回復するためにはやり返す必要があるんですよ。百円取られたら、百円返せと言うとかね。
『オバQ』で相手に殴りかかっている子供を止めに入ったオバQが、その子に「こいつは俺を四回殴った」と言われ、いったんはそれを黙認しかけ、しかしその子が五発目のパンチを繰り出そうとした時に「そこで終わりだ」と再び止めに入るエピソードがあります。
あなたはケンカの言い分をその子から聞き出すこともなく(否、ぼくの本には書かれていたのですが、読み取らず)何とはなしにケンカを止めようとしているオバQなんです。
以前の例えで言えば、原爆が落とされようとしているのに「男たる者我慢しろ」と言い続けている人、ですね。
………………………………………………
(06-02)【2026年1月9日】
年間読書人
ああ、こっちを見落としていました。
これが、私の意見を「観念論」だとおっしゃる理由ですね。(※ そのため、07-02のようなレスになってしまった、という意味)
お答えしましょう。
> 一応、あなたの言い分の本質をすくい取るなら「やられたらやり返せ」ではキリがないとでも言ったことになりましょう。 しかし当たり前の話ですが、損害を回復するためにはやり返す必要があるんですよ。
まず、誤解なさっているのは、私の意見は『「やられたらやり返せ」ではキリがない』ではありません。
やられたらやり返したら良いというのは、私が北村紗衣に対して実践していることからも明らかでしょう。貴方もよくご存知のはずです。
つまり、私が言いたいのは、貴方のように「女性」をぜ全部ひっくるめて敵視するようなやり方では、男憎しのエセフェミニストと同レベルであり、そんな両者がやり合っても、それこそ無駄に「憎しみの連鎖」が続くだけで「キリがない」と、そういういうことを言ったのです。
だから私は「個々の事例に即して、適切に対応するしかない」というふうに書いたんですよ。
したがって、貴方のこのご反論は不成立です。
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(06-03)【2026年1月9日】
兵頭新児
貴方のように「女性」をぜ全部ひっくるめて敵視するようなやり方では、
それはあなたの情緒に基づいた誤認です。
あなた自身の性格の問題でしょうが、文章の意味あいを読解せず、「そのバックにあるはずの(と、ご自身の中に沸き立った)情緒を元に相手に食ってかかるというやり方が、そもそも間違いです。 よくありますよね、「文章には書いていないが、お前は差別的偏見を持っているに決まっているのだ、だから許せない!」という論法の人。
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(06-04)【2026年1月9日】
年間読書人
う〜ん、どうですかね。
「情緒」や「性格」による「決めつけ」で、私が物を言ってるというのは?
それこそ「決めつけ」なんじゃないですか?
司法はこうだ、警察はこうだ、女はこうだ、貴方はこうだと、決めつけが多いように見えるのは、むしろ貴兄の方ではないのかな。
でもまあ、「それはそっちのことだ」とか言い合ってもキリがないので、だから、この議論を「公開しよう」と提案したんですよ。
どっちの言い分が正しく見えるか、すべての第三者に委ねようと言ったんです。
だいたい、議論って、こうなるものですから、お互いに存分に意見を出して、あとは第三者の判断に任せる。
それが、キッパリさっぱりした「男らしく」やり方ではないですかね。
北村紗衣みたいに、ログを隠すんじゃなくて。
ちなみに、ここで「北村紗衣みたいに」と書いたのは、まずい発言を隠す人というのは、男女を問わずいるからです。政治家とか見れば、わかりやすい。
当たり前の話ですが、女性だって、正々堂々とした人は、いくらでもいますからね。
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(07-01)【2026年1月9日】
兵頭新児
漠然とした観念論を弄ぶばかりで、パンチが届いていない。
男というのは天下国家を語ることは好きでも、自分の身の回りのこと、公に対する私、マクロに対するミクロに対する解像度が極めて低い存在です。ぼくはそれを三人称性、と呼びました。
あなたはその解像度の低さに自覚がないままに、UFOを見て「鳥でしょ」と言い続けているのです。ぼくの本には宇宙人のクリアな写真までが載っているのですが、恐らくあなたはそれを見ても一瞬で忘却してしまっているのです。
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(07-02)【2026年1月9日】
年間読書人
> 漠然とした観念論を弄ぶばかりで、パンチが届いていない
せっかくのお言葉なんですが、どこが「漠然と」しているのか、どこがどう「観念論」なのか、何をして「パンチが届いていない」とおっしゃるのか、まったく何の説明もないのでは、単なる「決めつけ」でしかないと思いますよ。
ミクロだマクロだUFOだと、比喩表現ばかりで、まったく具体性が無いと、そう感じるのは、私の勘違いでしょうか?
議論するというからには、相手の言葉を受けて、それに反論しなければ、議論ではないと思いますが、いかが?
あっ、それと、毎回新たにコメントを立てておられるようですが、それだと、こちらに通知がなく、見落としてしまいます。
また、前の議論がどんどん放置されたままにもなる。 これでは、形式的にすら、議論が深まらないのではないでしょうか? 応答しないで、一方的に言うだけでは、議論にはなりませんからねえ。
(※ スレッドが「下=先」になる06-01の続きだと分からなかったため、こちらに先にレスしていた)
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(08-01)【2026年1月9日】
年間読書人
おっ、この記事のトップ画像が差し代わっていますね。前は、
『他人の本の表紙を勝手にいじるな』
だったのが、今は、
『バトル中。』
となかなか刺激的な言葉になっている。
これで読者が、一人でも増えるのなら、せっかく議論の相手になっていただいた私としても、とても嬉しい。
そんなわけで、前にも書いたとおり、このコメント欄は、議論の流れがとてもわかりにくいので、そのうち私の方で、記事としてまとめさせていただきますので、よろしくお願いします。
もちろん、同じものをこちらでも記事として、アップしていただいても結構です。
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(09-O1)【2026年1月9日】
兵頭新児
要は、ご自分としては「陰口」だとは認めたくない、ということなんですね?
違います。
あなたも陰口を叩いていた、という指摘です。
ただ、そういうのって、第三者が見た場合にどう思うかですよ。
そうですね。 ぼくもあなたをみていて、そう思います。
まったく何の説明もないのでは、単なる「決めつけ」でしかないと思いますよ。
極めて明確に説明していると思いますが……あなたの発言が明確に事実と反していることを指摘したのに、あなたはそれに対し「そうは思いません」とお気持ち表明をしただけ。
明確に、おかしいんです。
あっ、それと、毎回新たにコメントを立てておられるようですが、それだと、こちらに通知がなく、見落としてしまいます。
これはどういうことかなあ。
あなたが「わかりにくい」と言ったので(ぼくもそう思ったので)ツリーをつけずにコメントしていったら、今回、あなたがまたツリーをつけているのでひっくり返りました。
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(09-02~04)【2026年1月9日】
年間読書人
> あなたも陰口を叩いていた、という指摘です。
私がですか?
最初のレビューから、私の場合は、ちゃんと名指しだし、貴兄の記事にリンクも張っているから、当然、貴兄にも通知が行っている。
それに対し、貴兄の記事は、私を「エヌ氏」と呼んで、批判対象を曖昧にし、私の記事へのリンクも張っていないから、私が貴兄の記事を見つけたのもたまたまです。
そして、貴兄からの通知が無いから、私の方からこちらにコメントを書き込んだんので、貴兄も「陰口」だとお認めになった。
これで、「自分も陰口したが、貴方もした」と、そうおっしゃるのですか。 それが、貴兄のロジックなんですね?
(続く)
(承前)
>>ただ、そういうのって、第三者が見た場合にどう思うかですよ。
> そうですね。 ぼくもあなたをみていて、そう思います。
それなら、第三者に判断を任せることに、ご異存はないということですね。
> 極めて明確に説明していると思いますが……あなたの発言が明確に事実と反していることを指摘したのに、あなたはそれに対し「そうは思いません」とお気持ち表明をしただけ。 明確に、おかしいんです。
自分で自分のことを不明確な人間だと思う人は、あまりいませんよ。だから、そんなこと自分で言っても意味はない。
だから、第三者の判断に任せるんですよ。
(続く)
(承前)
> あなたが「わかりにくい」と言ったので(ぼくもそう思ったので)ツリーをつけずにコメントしていったら、今回、あなたがまたツリーをつけているのでひっくり返りました。
ツリー式は議論なは不向きでわかりにくいですよ。
しかし、普通に考えて、ツリーに書き込まないと議論が途切れますよね。
現に私は、バラバラに相前後してレスを付けてます。
今は、否応なくツリー式なんだから、前の同じように書いていけば、それでわかりやすいなんて、単純な話ではないと思いますよ。
まあ、こうなった以上、できるかぎり分かりやすく、記事をまとめたいと思います。
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(10-01)【2026年1月9日】
兵頭新児
そんなわけで、前にも書いたとおり、このコメント欄は、議論の流れがとてもわかりにくいので、そのうち私の方で、記事としてまとめさせていただきますので、よろしくお願いします。
まあ、よくわかりませんが、そう断れば陰口にならないなあ、と感じました。
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(10-02)【2026年1月9日】
年間読書人
> まあ、よくわかりませんが、そう断れば陰口にならないなあ、と感じました。
過去の発言は別にして、議論の結果までも隠すことにはならない、ということです。
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(11-01)【2026年1月9日】
年間読書人
貴兄は、
> あなたも陰口を叩いていた、という指摘です。(※ 09-O1)
とか、
> ぼくがあなたに比べ落ち度があったとは思えない、ということです(※ 05-01)
と、ここがポイントなんです。
私が、最初の『ぼくたちの女災社会』のレビューで書いたのは、要は貴兄の書き方が「男らしくない」ということでした。
で、ここでの貴兄の抗弁が、その指摘の正しさを証明している。
「あんなの陰口というほどのこともない。あなただって言うことはあるだろう」
とか、
「あなたにだって落ち度はあるだろう」
とか、結局はそんな理屈ですからね。
小学生がいたずらをして先生な(※ ママ)怒られた時に、
「先生だって、いたずらしたことはあるでしょう? 僕だけ責めるのは不公平だ」
とか言うのと、同じことです。
なにしろ、「私も陰口くらい言ったことはある」とはいっても、貴兄の陰口は言ったことがないんですから、「おあいこ」にはならない。
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(12-01)【2026年1月9日】
兵頭新児
最初のレビューから、私の場合は、ちゃんと名指しだし、貴兄の記事にリンクも張っているから、当然、貴兄にも通知が行っている。
記事にリンク?
amazonの著作にリンクを張った、ではなく?
少なくともぼくはあなたの通知で記事を知ったわけじゃないですね
これで、「自分も陰口したが、貴方もした」と、そうおっしゃるのですか。
言ったはずだけど、そのコメントも読んでなさそうだなあ。
(と書いた後、あなたのコメントを見たら読んでいたとわかった。どうにもあなたの言うことってずれてますね)
それなら、第三者に判断を任せることに、ご異存はないということですね。
何を言っているのかわからないけれど、ぼくが書いたのは「もう少し客観的に自身を見つめようよ」というアドバイスです。
なにしろ、「私も陰口くらい言ったことはある」とはいっても、貴兄の陰口は言ったことがないんですから、「おあいこ」にはならない。
「言った」ということを既にぼくが指摘したことを、先に書いたようにあなたも読んでいるはずですが。
本当にあなたのやり方って、相手の言葉尻を捉え、さあどうだと迫るばかりですね。
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(13-01~02)【2026年1月10日】
年間読書人
> 記事にリンク? amazonの著作にリンクを張った、ではなく?
少なくともぼくはあなたの通知で記事を知ったわけじゃないですね。
ああ、失礼。勘違いしてました。
貴兄の著書のAmazonページにリンクを張ったんでした。
まだ、貴兄の記事は書かれていなかったのだから、リンクの張りようがないですね。
勘違いの説明、申し訳ありませんでした。お詫びします。
さて、その上で説明させていただきますと、問題は、私の場合は「公然と名指しで」貴兄を批判した、という事実です。
貴兄が私の記事にお気づきになったのは、私がそれを明記していたからに他ならない。
Googleで『ぼくたちの女災時代』を検索すると、私の記事がかなり上の方に来ており、目立っているから、貴兄はそれで、私の記事にお気づきになったのでしょう。
それは私の記事が、著者である貴兄のお名前とその著書名を明記したからであり、貴兄が、のちに書かれた記事との、明確な違いですよ。
貴兄は、私の「過失」を指摘することで、ご自分の「故意」による「陰口」行為まで正当化、あるいは相殺化なさりたいのでしょうが、それはそれ、これはこれです。
(続く)
(承前)
あとの、貴兄による「決めつけ」による「印象操作」目的のご批判については、反論するまでもないでしょう。
貴兄が、そう思うのも、そう書くのも、それは貴兄の勝手ですから。
なにしろ、陰口記事が相手にバレて、「陰口」だと指摘されると、それを「ギャグだった」などとおっしゃるような方に、理屈を説いても仕方ありませんから。
ともあれ、だいたい、おっしゃりたいことは出尽くしたようで、同じことの繰り返しになってきたようです。
そろそろお互いの主張も明確になってきたので、この議論しにくいコメント欄での「対話」はこのくらいにして、そろそろ次のステージへ進みましょう。
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(13-01~02)【2026年1月10日】
年間読書人
さて、私は直前のレスで、
> だいたい、おっしゃりたいことは出尽くしたようで、同じことの繰り返しになってきたようです。 そろそろお互いの主張も明確になってきたので、この議論しにくいコメント欄での「対話」はこのくらいにして、そろそろ次のステージへ進みましょう。
と書きましたが、これは次のようなことです。
すでにお知らせしたとおり、私は、この読みずらい「コメント欄での対話」を読みやすいようにまとめた記事を制作しています。
しかし、それだけでは、読みやすくはなっても、やはり細切れの議論であることに違いはありません。
ですから、この「対話」についての「総括記事」を、お互いに書いて、今回の「対話」を締め括ろうではないか、という提案をしたい。
ひとまずこの「対話」のよって、お互いの主張や人格まで、おおよそのところはわかったのですから、それを踏まえての「総括文」をお互いに書いて、公に提供する。
そうすれば、「対話」を読んでくれる読者は無論、そこまではしない読者にも、便利なのではないでしょうか。
(続く)
(承前)
私の方は暇ですから、数日で書けますが、貴兄の方はいかがでしょうか?
それに合わせて、私も「総括記事」を、同時にアップしたい。
というのも、記事のアップが前後してしまうと、後の者は、先の者の記事を、一方的に参照できてしまうので、公平ではないからです。
貴兄が「そんなものを書く気はない」とおっしゃるのなら、それは無論、貴兄の自由で、私はそのご回答を踏まえて、自身の「総括記事」だけをアップします。
しかし、その後、私の「総括記事」を読んだ貴兄が、またぞろ後出し的に、書かないと言っていた記事を書くようなことになっては、フェアではないし感じも悪い、ということにもなりましょう。
ですから、この際に、同じタイミングで、同じ条件で、お互いの「総括文」を書いて公表することにしようではないですか。
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(14-01)【2026年1月10日】
兵頭新児
あなたの文章を読んでいると、本来の問題である(と、ぼくには思える)『女災』の書評の当否というテーマから次第に離れ、「悪事を暴いた/暴かれて焦っている」という物語が、あなたの中で出来上がってしまっているように感じます。
しかし、ぼく自身の感覚としては、そもそも「暴かれた悪事」という前提そのものに、現実感を持てていません。
ですから、あなたが思い描いているような「不正を暴き、相手が動揺している」という構図で、本件を理解することはできません。
そのため、ぼくには「暴かれた側」として振る舞うつもりはなく、その役割を引き受ける気もありません。
その上で「総括記事」というご提案についてですが、正直なところ、あまり乗れないというのが本音です。
あなたのコメントを見る限り、すでに関心は「陰口を叩いた悪者を成敗する」という方向に行っています。
しかし、ぼくが関心を持っているのは、勝敗や裁定ではなく、あくまで書評の当否そのものです。
ですから、あなたの提案に乗ったとしても、
「互いにまったく違う関心軸から同じ出来事を語る」文章を並べるだけになり、あまり意味のある総括にはならないように思います。
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(14-02)【2026年1月10日】
年間読書人
ご趣旨は理解しました。
私と貴兄との視点が違うのは当然だと思います。
つまり、私は「陰口を言われた」と感じており、貴兄は「陰口を言ったつもりはない」ということですね。
この認識の違いは、「痴漢(冤罪)事件」の、「触られた」「触ったつもりはない」という水掛け論と同じで、当事者同士でいくら意見を交換しても、どちらかに結論が片付くことはないでしょう。
ですからまあ、そのあたりは、この「対話」を公にして、第三者それぞれの判断に任せることにしましょう。それが一番、公明正大なやり方だと思います。
それで、私の言い分を支持する人もいれば、貴兄の言い分を支持する人もいる。それでいいと思います。
あと、「総括記事」はご執筆いただけないとのこと。
とても残念ですが、これも強制できることではありませんので、諦めることにし、私の方は予定どおり、近々執筆して「note」記事としてアップしたいと思います。
こちらも、お読みいただきたいところですが、きっと喜んでもらえるような内容にはならないと思いますので、無理にとは申しません。
しばし議論にお付き合い下さり、誠にありがとうございました。
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(2026年1月10日)
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