過去をなぞった夜
──思い出を再生しようとした私
— episode by Yuma —
「紐……ほどいてくれないの?」
彼の手を取り、そう誘導しながら、
このやりとりに、
もう気持ちが追いついていない自分に気づく。
目を逸らした先には、
部屋の隅に立てかけられたギター。
──視界に入るだけで、胸の奥がざわつく。
少し長めの前髪。
小柄な身体に、キツネのような瞳。
あの頃の、あの人と、同じ歳。
どうしても、
あの人を思い出してしまう。
でも、違う。
決定的に、違う。
似ているのは形だけで、
私が欲しかった“温度”が、ここにはない。
言葉の選び方も、間も、
触りかたも、空気感も、これじゃない。
「舐めるから、舐めて?」
あの人は、
こんなふうに欲しがったりしなかった。
私が欲しくなるよう、仕向けるのがうまかった。
「ねぇ……ちょっとだけ」
「……むり」
拒む私の声を、
彼はあまり真剣に受け取らない。
その距離感に、
胸の奥が冷えた音がする。
気持ちいいことは、
嫌いじゃないはずなのに。
今は、
気持ちよくなりたくないと思っている
自分がいる。
「じゃぁ、少し、こするだけ……」
「それ……絶対、入っちゃうやつ……んっ」
もう彼には、
私の声なんて、届いていなくて。
理性を置き去りにした身体だけが、
勝手に反応してしまう。
冷めているはずなのに、
疼いてしまうのが、悔しい。
思い返せば、仕事の帰り道。
ふいに声をかけられた。
あの人に似た姿に、
一瞬、世界が止まった。
それは、
始まりだったのか。
それとも、後退だったのか。
その答えを探す前に、
現実が、私を引き戻す。
彼の、柔らかな前髪が頬に触れる。
──ああ、やっぱり。
あの人によく似ている。
「んっ……」
あの人の体温を思い出しながら、
彼の熱で絶頂を迎えてしまったという事実。
でも、どうしても、足りない。
こんなにも似ているのなら、
いっそ、育ててしまおうか。
あの人の目線。
あの人の指先。
あの人の、息づかい。
私は、
彼に抱かれながら、
ずっと、あの人の面影を探している。
10年経っても、
消えなかった、
あの夜の残像に包まれながら。
それでも私は、
忘れたふりをした夜に、
何度も引き戻されてしまう。
──「忘れられなかった夜」へ
何度なぞっても、
それに名前をつけることはできなかった。
──「名前のない夜」へ
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