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あかんべえと青空 [エッセイ]

小学校2年生のとき。
その日、普通の時間割をランドセルに入れたまま、学校へ到着した。
片道2キロ半の道中、うすうす不安は感じていた。
みんな、画板、絵の具セット、水洗いバケツを持って、ジャージを履いている。
あれ?
学年の違う人もいたので、自分は違うのかなと思ったが、同級生も同じ格好をしている。
緊急連絡用の小銭も持っていたが、使わないままだ。
結局、全員が校庭に並ぶ姿を見て、やっとわかった。
……今日、写生大会だったんだ。
ランドセル姿は私一人っきり。
途中に公衆電話は、3台もあったのに。

ま、いっか。
ランドセルが画板になるし、どうせ下手だもん。
呆れた担任や、周りの同級生の視線も気にせず、教室に入った。
すると、薄曇りで、雨の気配がさほどなかった、その矢先。
一気に大振りの雨が降り出した。
取りやめになったのは嬉しい。
だが、授業はできず、私達の学年は、お話の絵を描くことになった。

タイトルは、「かもとり権兵衛」である。
画力はイマイチだが、妄想ならば、大得意。
話のあとで、それぞれ、物語の一画面を切り取っていく。
手先の器用な両親に似ず、指先は不器用。
通知表の中で、図画の欄は、アヒルさんこと、2が、常連だった。

写生は大嫌いだが、お話の絵なら、無いに等しい根気が、一気にもたげてくる。
画用紙をまず、縦に使うことにした。
これに、どかんと五重の塔を描く。
大体5つに割って横線をひき、屋根、欄干、瓦と、好き放題ちまちま描きこんでいく。
爺さんは、ちょいと塔の手前で小さく空中飛行、そこからシュシュッと線をのばして、鴨の群れ。
あっという間に昼になり、下書きを見せてその日は、無事終了。
写生大会を忘れていたことも、気づいた時点で連絡をしなかったことも母にバレず、ほっとした。

別の仕上げの日に、担任の合格を出してもらっていた下描きに、色を塗り重ねていく。
まずは五重の塔から。
黒白茶、ねずみ色をパレットに取り、それらに濃淡をつけながら、上から順に、ぼつぼつと塗りこんでいく。
五重の塔を先に済ませようと、何度も絵の具を足しては、塗り、たまに九輪の黄色を塗って、気分転換。
途中で、爺さんの頭巾を赤く塗り、やれ、一休み、と、床に前かがみだった体勢を伸ばした時だった。

水洗いバケツの水が、ざばぁっ、と用紙にかかった。
鼠色になった水が、紙の下半分をみるみる浸し、うす鼠色に染めていく。
床に敷いた新聞紙は、あっという間に水たまりになった。
すぐバケツを引き上げたので、面積は思ったより大きくないが、床の木の湿った匂いが立ち上がる。
雑巾をとってこよう、と、立ち上がろうとしたら、担任が、すぐ後ろに来ていて、何も言わず素早く水を拭き取ってくれた。
床を濡らして叱られるかと思っていたのに、拍子抜けした。
幸いなことに、他の児童の範囲は侵しておらず、実害は私の用紙の中で、何とか、とどまってくれた。

「残念、濡れちゃったねぇ……」
担任が言うのに、ごめんなさい、と謝るも、私はケロっとしたものだ。
かかった部分はほぼ、用紙の下半分で、一部の色がにじんではいたが、背景と溶け込んで、遜色はない。
爺さんの頭巾の赤や、鴨の緑の色合いも、昔語り風の味がよく出ている。
「かわくまで、ほかのとこ塗ります」
淡々としている風の私に、いつも厳しめの担任が、ちょっと驚いたように目を見開いた。
「そう。ねえ、これ、仕上げに、空とか雲、描いちゃだめよ」
そう、助言をくれると、ほかの児童たちの絵を見回りに去って行った。

茶水をこぼす粗相には、慣れっこだ。
これぐらいでは動揺しない。
黙々と、乾いた箇所は塗り続け、カビ臭く凸凹になった半乾き部分に、少しずつ色を刺していく。
すると、汚れたにじみがいい感じで五重の塔を画面に馴染ませてくれる。
他の塔の部分にもわざと汚れた水をちょこちょこ差すと、用紙の白が、いい感じにくすんできた。
爺さんの頭巾や、鴨の緑にも、何度か色を足して、深みを足していく。
夕方、とうとう、全体が仕上がった。

まだ、時間はあり、担任にできました、と言う前に。
どうせなら、と、思いついた。
下手なんだし、好きにしたいなあ。

普段から厳しめの担任への反発と、お調子者のおふざけ心が、むくむくと沸き上がる。
だが少し日和って、まず薄目の水色を用紙の天辺に、そろり、と塗ってみる。
違和感のないのに勢いづき、モクモクの雲はねずみ色、そして爺さんが鴨と一緒にダイブしている斜め右方向の角に、薄赤い太陽を描きこんだ。
爺さんの頭巾、鴨の緑は、明るくハッキリさせておく。

絵からちょっと離れたり、立ち上がって全体のバランスを点検する。
別に空も雲もおひさまもあって、いいじゃん。
水色が入ってちょっと綺麗になった。
よし、で~~きたっと。
本人にとっては、画竜点睛な気分で背を伸ばし、手を挙げようとしたら、金切り声が背後から聞こえた。

「台無しじゃない! それ、描いちゃったの?」
ふりあおぐと、いつも釣り目の担任の眉が、下がっている。
「うわあ、雲に、お日様も……もったいない」
私はしれっとしたものだ。
「描きたかったから、描いた」
「無いから良かったのよ、この子は、もう、あ~あ」
愕然とした様子の担任を見て、すみません、とは言ったものの、心の中はしてやったり、といい気分だった。

数日後、担任から、母が呼び出された。
ズレた言動の多い私は、お叱りを受けることも多い、大人しい、お調子者だった。
担任はすまし顔のまま、私と母に告げた。
ごんべえ爺さんの絵が、全学年のなかで、なぜか特選に選ばれた、と言う。
慣例として、特選は、校長室に1年間、飾られるらしい。
いつも厳しい顔つきの母も、息をはずませ、目元をうるませて喜んでいる。
バケツの水をこぼしたのに、頑張って仕上げた経緯も、きちんと報告してくれた。

だが、担任は、お灸も忘れなかった。
「この空、雲、太陽がなかったら、もっといい賞だったんです。構図が素晴らしいし、色合いもいいから、描くなと言ったら、ちょっと目を離したスキに、わざわざ、描いて!」
母の義経眉が、キッ、とつり上がる。
だが、すぐに軽く息をついて、軽く肩を抱いてくれた。
「まあ、あんたにしては、いいんじゃない。あまり出来すぎだと、なんだか気持ち悪い。よくがんばったね」
そして、上目遣いでビビりきった私に、こう言った。
「校長室に飾ってもらうんなら、お礼に一緒にくす玉作ろう。一緒に持って行って、飾ってもらおう、ね?」

……先生いるからな……。
当時、母は友人に教わり、くす玉作りにハマっていた。
「あんたも、毎日5個は、お花、つくんなさいよ」
しぶしぶ、何日もお花のパーツを作り続けた。
もうこれで足りるかも、と言われる頃には、親指がヒリヒリした。

私の子供部屋にも2つ、それは何年もぶら下がった。


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#創作大賞2026 #エッセイ部門


当該作品は実体験ベース、フィクション込みのエッセイとなっております。
5/16 一部修正




全体構成チェック・誤字脱字二重記載揺れ等点検 Gemini&ChatGpt&Claude
タイトル、本文等全て当人記載、修正例、単語に至るまでAIには書かせておりません。

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