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ヌープ(7)遺跡

◆(7)9月15日 1時12分 遺跡

 

 スマホを置いてきてしまった。消防士だなんていう、ベタな手に俺はどうして引っかかってしまったんだろう、とジョンは思った。

 でも、そんなことを考えても仕方ない。あいつは異様に足が速い……ほかのオフィスは、鍵がかかっている。今の時間はエレベーターも動いてない。非常階段しかない。ジョンは走ったが、非常階段の前には、あの男がいた。

 この男は、どうなってるんだ? 逃げきれない……

 男の手は血だらけだ。あの警官たちの血か。男が、近寄って来た、今、目の前に男の顔がある。男の顔に生えているのは、髭じゃない……とても濃い緑の苔のような……苔?

 そんなことより、そうだ、どうしてこれを思いつかなかったんだろう。

「待ってくれ。石だろ? あの白い細かい彫刻が施されてる、赤い模様が入った石だ」

 「……そうだ」

 男が答えた。

「このビルの地下にある駐車場の車の中にある! 嘘じゃない! あの石が部屋の中にあると、ネットが繋がらなくなって仕事にならないんだ! だから、車に置いてある! 黄色い車だ。あそこの駐車場で黄色い車は、俺のしかないはずだ!」

「だから、お前の家にも無かったのか……」

 俺の家?

「お前、俺の家に行ったのか?」

 男は答えずに踵を返した。

「あの石は何なんだ!」

 男は振り返ると遠くを見つめるように言った。

「カーシーの馬鹿に誘われて遺跡に行った。あんな険しい所にあるとは、思わなかった。遭難しそうになった。苦労して行ったのに、金目のものは、ほとんどなかった。石室の奥にはまっていた、あの石を取ってきた。回廊の出口付近まで変化に気がつかなかった。カーシーが転んだ。カーシーは頭を床にしたたか打ち付けた。そうしたら、石の床から草が生えてきて、カーシーの頭や顔に……草が……草が食い込んでいった……」

 男は、何かが決壊したように話し始めた。

「カーシーのその様子に、驚いて俺も尻もちをついて、石の床に手をついた。そうしたら、草が……床から草が俺の手にも食い込んできた。草を引きちぎって、俺は遺跡から逃げた。カーシーはどうなったかは知らない。

恐ろしかったが、当座の暮らしのために金が必要だった。だから、あの石をあの店で売った。草が急に成長し始めた。体のあちこちから……

恐ろしかった……とても……恐ろしかった……草は、俺の体内に残っていたらしい…… どうしたら……いいか考えた。

遺跡から帰ってかなり日数が……経っていたのに、なぜ、突然、草が成長を始めたのか……あの石を手放してからだ……あの石と一緒にいないと、俺は草に乗っ取られてしまう……」

 男は、あえぎ出した。言葉が途切れ途切れになってきた。ジョンは、彼の言ってる事がさっぱりわからなかった。

「車の……キーは?」と男は言った。

「オフィスの俺の机の引き出しにある……」

 少しよろよろしながら、男は走り去った。

 ジョンは、大きく息を吸ったが、確認しなければならない事があった。ジョンは、オフィスに戻った。途中、刑事たちの死骸があった。どうしたら、あんなふうになるんだ。喉や頭に尖ったものを無数に突き立てられたような傷があった。

 オフィスに戻ると、引き出しが開けっ放しになっていて、もう男はいなかった。

 机の上の携帯電話を取ると、家に連絡をした。レイチェルが出ない。こんな時間に留守をするはずがない。ああ、出ろ、出ろ、出ないなんて……ああ、神さま……

 物音がして、ジョンは我に返った。男が、戻ってきていた。

「嘘をついたな…… 車に石は無かったぞ!」

「そんなはずはない!! 車にあるはずだ! それより、お前、レイチェルになんかしたのか!?」

 男は、悲しそうな顔をしたあと、少し視線を泳がせた。

「俺は……誰も殺したくなかったんだ……!」

 レイチェルが……

 ジョンは、相手に飛び掛かった。左腕にナイフが刺さったみたいだったが、どうでもよかった。馬乗りになって、男を殴った。男を殴った右手が針に刺されたように痛い。ふいに男が、ジョンの左手をつかんだ。

 こちらも無数の針が刺さるような痛みがして、ジョンは飛びのいた。左手に何か無数に刺さったような感覚がして何かが、手の内部に何かが入ってきた? 引きちぎるようにして、男から離れた。

 右手にも左手にも無数の穴が空いていて血が出ていた。ギザギザしたものを無理に引き抜いたような傷口。

 男はいつの間にか動かなくなっていた。

 仰向けに横たわった男の体を突き破って、あちこちから、白い植物の芽のようなものが生え始めた。それは、緑色の茎になり、黄色い葉っぱのようなものが出て、紫の花が咲いた。それが傍で見ていてわかるくらいのスピードで伸びていった。男の体はそれに伴ってしわくちゃで黒い干物のようになった。

 その男から生えた植物たちも、男が干からびてから少したつと、茶褐色になり、枯れ果てた。ミイラのような男の死骸と枯草のようなものが残った。

 ジョンはやはり、わけがわからなかった。俺はいったい何を見ているのだ? 何が起きたのだ?

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目次
(8)石 

■第1部 ノイズ

(1)石板(2)あるひき逃げ(3)ある娼婦の死(4)通信障害(5)アンティークショップ(6)襲撃(7)遺跡(8)石(9)遺跡の異変(10)石板のメッセージ


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