誰かと協力する必要性(2)
もし(2)から読まれているなら、単独でも内容はわかるように書いておりますが、
誰かと協力する必要性(1)から読まれた方が、背景がわかりやすいかもしれません。
■必要だったもの
ラジオ仲間との交流は、とても尊いものでした。いろいろな状況が変わって、疎遠になってしまった仲間もいます。
しかし、今でも交流が続き、いろんな掛けがえのないものを頂いている友人もいます。
それでも足りない気がしたのです。今一歩の所で、受け身になってしまっていて、元気になれない。
それで、声やコミュニケーションに支障を来たしていたので、それを改善するリハビリのために始めていた朗読を、もっと発展させたいと思いました。
受け身ではなく仲間と交流しながら、何かをやる。
それで、朗読をやったり声の表現活動をする人たちのコミュニティーに入り、交流し、フリーの朗読や声の演劇のためのシナリオや文章を書いたり、ボイスドラマを作るようになりました。
そういう所に登録している方は私よりもずっと年下で、元気だし、元演劇部、養成所、元役者、現役の役者もいたし声優もいました。元放送部だとか、ナレーションや声を売る仕事を実際にしているような人たちでした。
もっと、言うと、Vチューバーの事務所から、スカウトが何度も来るような、そういう人たちです。
そういう人たちと交流する。冷や汗が出ました。
余談ですが、中には体の問題を抱えている方もいらっしゃることも知りました。それでも、それを感じさせないトークや演技をされている。凄いと思います。
私は、病気や障害を抱えていてるのにもかかわらず、そのことを打ち明けず、それをほとんど感じさせないような配信はできません。
話を戻しますが、素人の私が書いたシナリオを持っていって「すみません。もし良かったら、この物語の、この役をやっていただけませんか?」というお願いをしたら、引き受けてくれる人がいた。
作品や企画があって、ある程度おもしろいと感じ、都合が許せば、作品作りに付き合ってくれた。
それが、結果的に社会から排除されるような形になってしまっていた、私にとって、どれだけ嬉しかったことか。救われたことか。
そう。居場所があり、誰かと交流しながら、何かをする、何かを作る。そして、それが、自分の楽しみでもあり、ほかの人にとっても楽しかったり役にたっているという経験。
私の場合は、ケアされるだけでなくて、自分がそういうことに関われるという所で元気になれる、と、気がつきました。
■一緒に何かをやれるまでの大変さ
ただ、最初から、うまくいったわけではありません。
とにかく、痛みで座ってられないし、頭が働かなくい。心身が非力になり過ぎていて、なんでもない作業をハンマー投げをするように力を込めない進められませんでした。
だから、相手に病気のことを説明し「大ブレーキかかってお待たせしてしまうかもしれないのですが、必ず作るので、コラボさせていただいてもいいですか?」とお伝えして、コラボでボイスドラマを作り始めました。
座っていられないのと、集中ができないというのが、何しろいろいろなことを邪魔していました。
繰り返しになりますが、明るく元気な声が、出せなかったのです。
それで、最初は、怖い話を朗読してみました。まだ、マイクも買ってなかったのですが、取りあえず、なんでもいいから、スマホで直に録音して投稿してました。
書く方も、まだ、座ってられないのに、シナリオサークルに入れてくださいと、伝えて毎月お題が出されるのですが、必死に書きました。
ミーティングの時も、体がこわばる病気なので、ちょっと、ほかの方が話してる時は、離席したりするのでとお伝えして、最初の頃のミーティングは、痛くてたまらない体で、立ったり座ったりしながら、参加していました。
今でも、体は痛いですが、1時間くらいのミーティングで、どうしようもなくなることは、今はありません。
■伝え方の問題
こういう状況を通して大事だと感じたのは「伝え方」です。
私は、伝え方がわかっていなかった。こういう事情で、こういうことはできるけど、これは難しい。こうしたいから、ここの部分を手伝ってくれませんか。あるいは、こういうことはできるので、これについて、コラボしませんか?
自分の性質をある程度、わかっていて、相手に伝えることができれば、物凄く健康で、パワーや技術があって、器用というわけでなくても、手伝ってくれる人や、コラボしてくれる人がいるかもしれない。
調整ということができる。
症状や問題が多過ぎると、それが自分のことなのにもかかわらず把握しきれないし、そもそもコミュニケーション能力も下がっているので、大変なことなのです。
健康な人が当たり前にできることが、こういうふうにできないとか、ここまでしかできない。ここまではできる。
そういうことを伝えるのは、技術と精神力が、下がっているので、気力を絞り出して試行錯誤で何とかするしかないような所があって、ここが本当に難しいですね。
でも、できるようになったら、凄く広がる。
■分かち合える何かの分野
私が入った音声配信コミュニティの方たちが、親切な方が多かったのも運が良かったような気がします。
だから、もともと、人間関係は下手な方でしたし、病気のいろいろな制約で、さらにいろいろ難しいことになっていたので、「多少、うまくできなくても、間違っても、大丈夫な大人な人たちがいるコミュニティや人間関係」って、凄く大事で、それが無いと、治っていけない。
病気が治ればいいというんじゃなくって、病気って日常生活の能力や社会性を奪っていくのです。
そういういろいろをできなくなっている人が、何かできる場所が必要でした。
老人とか、精神疾患とかだったら、デイサービス、デイケアなどがありますが、老人というわけもなく、痛みで座ってられないとか、寝てられないとか、集中力・判断力・コミュニケーションが困難で、話しかけられても対応できないとか。そうすると、そういう場所も居場所にできない。
問題が多過ぎて、本当にどこから手をつけていいかわからなかった。
今も、収入の面などで、非常に不安です。
でも、痛みと疲労と移動困難で、寝たきり、人間関係を作りようがなかった頃よりは、遥かに改善されていて、それは本当にありがたいことです。
いろいろな支障・障害が出ているのに、思い切って音声配信の世界に、登録して、そういう関係の方と、一緒にやらせていただいて。
それが共通のできること、協力しあえることを続けて、病気の状態、生活の状態が、大幅に改善されたのは、本当にありがたいことです。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
