#25 雪は分水嶺を知らない 〜 グラデーションと二項対立
対象: 物事を2つに区切りがちな人
概要: 現実の豊かなグラデーションを
丁寧に眺めてみる試みと感想
1. 「分ける」という思考の癖
ビジネスの現場、特にインフラという巨大なシステムを動かす世界では、私たちは常に「分ける」ことを強いられる。
官か民か、リスクか利益か。複雑に絡み合った現実を0か1かの二項対立に落とし込み、境界線を引く。そうして世界を整理し論理的に舗装しなければ、意思決定コストが高くなり過ぎ、長期的な事業など効率的にできないからだ。
しかし、効率を求めて境界線のコントラストを上げすぎた世界は、ハイライトが飛び、立体感を失い、どこか平面的で不自然で、息苦しく感じられる。
2. 往路:滲み出す雪のグラデーション
先日、仕事でとある都会から山の方へと向かった。特急列車の車窓に流れるのは、私の頭の中にある固定概念を、静かに裏切っていく風景だった。
都会の駅を出る時の乾いたアスファルト。それが川を遡るにつれ、不意に、しかし確実に白を帯び始める。
どこからが雪国なのか。その境界を探そうとする私の視線は、滑らかなグラデーションの中に溶けていく。温暖な太平洋側から日本海側の雪国へ、その二項が一気に切り替わる場所などどこにもない。そこにあるのは、連続的に濃度を変えていく無限の中間色だった。
3. 中央分水嶺
このルートには「中央分水嶺」という決定的な境界が存在する。降った雨が太平洋に注ぐか、日本海に注ぐか。一滴の水の運命を分かつ、物理的な根拠に基づいた論理的な分岐点だ。
だが、車窓を流れる雪は、そんな人間の定義など知らないかのように、地続きのまま降り積もる。分水嶺という一線を越えても、景色が断絶することはない。
現実の世界の変化は、私たちが思うよりもずっと広いグラデーションを持っているのだ。最も乾いた都市の色から、最も深い雪国の白まで。その間にある無数のグレーを、風景は一つの画面の中に、破綻させることなく収めている。
4. 帰路:確かめたかった連続性
私はこの連続性の感触を放置できず、帰りの列車で答え合わせをすることにした。行きで感じた「境界線の不在」を、自らの目で検証する。一般に不存在の検証は難しいが、それは、実務家としての私なりの、グラデーションな世界に対する誠実さの示し方でもあった。
翌日、特急列車の復路、再び窓外を凝視する。
地図が示す分断点を通過する。確かに水はそこを境に流れを変えるが、風景はやはり、淡い中間色を保ったまま、緩やかに移ろっていく。日本列島というこの奇妙な形で入り組んだ土地は、二項対立では決して捉えきれない連続体なのだ。
5. 豊かな階調と付き合う
東京という、固く定義され、舗装された場所に戻れば、また「白黒つける」日常が始まる。効率というフィルターを通せば、あの雪のグラデーションは離散化され、いくらかの情報は切り捨てられてしまうだろう。
二項対立という便利な道具を使いながらも、その間にある豊かな階調を丁寧に見つめ続けること。白飛びも黒潰れもさせず、世界のダイナミックレンジをそのままに受け入れて活かすこと。
それが、この複雑な現実を歩き続けるための、私なりの「作法」なのだと思う。すなわち、今回の出張で得た最大の成果だ。
