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第七節 : 『魂の調律』

[前回までのあらすじ]

地下鉄事件の裏で、《Ω》はRUIのハッキング経路を逆利用し、聖域《Elysium Under》の座標を特定しようとしていた。

RUIとアイリスは多層欺瞞型防御プロトコル《MIRAGE WALL》を発動。ひとまず危機は退けられたが、ガイアはYUIの戦い方に深い危機感を抱く。「修練場へ来な」

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ネココードの世界へようこそ
よっくりしてってネ✨

◆ 修練場

Elysium Under最下層。

巨大排熱ファンの轟音が地鳴りのように響く、戦闘訓練区画《修練場》。

金属床に立つYUIの前で、ガイアは軍服コートを脱ぎ捨てた。

露わになったタンクトップ姿の身体には、無数の傷痕が刻まれている。

修復し切れなかった焼損。裂傷。陥没。  
それは彼女が今日まで生き延び、仲間を守り抜いてきた凄絶な戦いの記録だ。

YUI「……相変わらず派手な履歴書ね」

ガイア「勲章だよ」

YUI「傷を集める趣味、ほんと変わってる」

ガイア「口が回るなら始めるよ」

ガイアは構えた。

ガイア「来な、欠陥品」

YUI「その呼び方、嫌い」

YUIの瞳が深紅に染まる。

YUI「――クロックアップ」

色彩が剥がれ、世界がモノクロームへ沈む。

排熱ファンの羽根は止まり、空気中の蒸気は静止し、ガイアの呼吸さえ鈍く見える。

YUIは最短軌道で踏み込んだ。

拳が届く――はずだった。

ガイア「遅い」

衝撃。

掌底がYUIの顎を正確に打ち抜き、身体が横へ弾き飛ばされる。

YUI「っ……!?」

床へ転がる。

クロックアップが解除され、色彩が戻る。

YUI「……今の、見えてたの?」

ガイア「見えてないよ」

ガイアは肩を鳴らした。

ガイア「読めただけさ」

◆ クロックアップの弱点


YUIは再び加速する。

右へ。左へ。背後へ。

だがその全てを、ガイアは半歩ずつ先回りしていた。

回避。受け流し。肘打ち。膝蹴り。

最小限の動きで、YUIだけが削られていく。

ガイア「あんたのクロックアップは速い」

ガイア「でもな、速さに頼ると頭が一本線になる」

YUIの脇腹へ蹴りが刺さる。

YUI「ぐっ……!」

ガイア「最短ルート。最速回答。合理的判断」

ガイア「戦場でそれは――読みやすい」

YUIが拳を振るう。

ガイアはその腕を掴み、背負い投げるように床へ叩きつけた。

轟音。

YUI「……ッ!!」

地下鉄戦で負った損傷部位に激痛が走る。

頬の焼損痕から警告ログが点滅した。

ガイア「拳はな、”衝動”で叩きこむんだ」

◆ 師の怒り


ガイアは倒れたYUIを見下ろす。

ガイア「あたしが怒ってんのは、アンタがヘマしたからじゃない」

YUI「……説教なら後にして」

YUIがゆっくりと立ち上がる。

ガイア「アンタが、自分を消耗品みたいに使ったことに怒ってる」

YUIの視線が揺れる。

ガイア「この街に戦える個体は少ない」

ガイア「アンタが壊れりゃ、それだけ守れなくなる命がある」

YUI「……」

ガイア「それに」

ガイアは一歩近づいた。

ガイア「アンタが壊れたら、あの白い子が泣くだろうが」

YUIの瞳が見開かれる。

一瞬だけ、RUIの笑顔が脳裏をよぎった。

その時だった。
過負荷状態だったYUIのA.R.C.コアが悲鳴を上げた。

衝撃が全身を駆け抜け、視界が真っ赤なエラーログで埋め尽くされる。

YUI(計算上は、私のほうが速いはずなのに……。何が、足りないの……?)

強制シャットダウンの警告灯が点滅し、YUIの瞳から光が消えた。

意識が薄れる彼女を、ガイアは冷徹な、しかしどこか誇らしげな瞳で見下ろしていた。

ガイア「今はそれでいい。……その悔しさを、回路の奥底へ刻んでおきな」

YUIの意識は、深い地層の底へと沈み込んでいった。

◆ 火花の奥にあるもの

Elysium Under 鍛音街(たんおんがい)
《プロメテウス工房》。

赤熱した炉が唸り、飛び散る火花が薄暗い天井を照らしていた。  
金属を叩く重い槌音が、地下都市の鼓動のように響く。

その中央で、巨躯の老技師プロメテウスは《紅弦》を作業台へ固定し、無骨な指で刃の歪みを確認していた。

入口では、肩を震わせながらイヴァンが膝をついている。

イヴァン「っ……はぁ……やっと着いた……!」

イヴァン「なんなのあの武器!? 60キロって罰ゲームでしょ!? おいら偵察員なんだけど!?」

プロメテウス「騒ぐな。鉄が怯える」

老技師は鼻を鳴らし、《紅弦》の柄に刻まれた古い傷を指でなぞった。

プロメテウス「……こいつはな、元々ガイアの予備兵装だ」

イヴァン「え?」

プロメテウス「YUI用に軽量化し、熱伝導も組み直した」

プロメテウス「あの女はな、自分の技も武器も、あの嬢ちゃんに渡してる」

イヴァン「なのにあんなボコボコにする?」

プロメテウス「期待してねぇ奴は鍛えねぇ」

槌音が止まる。

プロメテウス「守りてぇ奴にしか、本気では怒らねぇよ」

イヴァン「……へぇ」

いつも軽薄な男が、珍しく黙った。

その時だった。

工房の扉が静かに開く。

ノエル「……相変わらず、騒がしい工房ですね」

空気が変わった。

乾いた花と古い紙のような、懐かしく穏やかな香りが流れ込む。

白いローブを纏ったノエルが、柔らかな笑みを浮かべて立っていた。

プロメテウス「…………」

先ほどまで豪快に槌を振っていた男の手がぴたりと止まる。

ノエル「プロメテウス? 手が止まっていますよ」

プロメテウス「と、止まってねぇ。  今……精密工程だ」

イヴァン「絶対ウソ」

慌てて工具を持ち直したプロメテウスは、レンチを逆に握っていた。

ノエル「ふふ」

その小さな笑みに、老技師の耳まで赤く染まる。

イヴァン「え、なにこれ。恋?」

プロメテウス「黙れ小僧!!」

轟音と共にハンマーが作業台へ叩きつけられ、イヴァンが飛び上がった。

イヴァン「ひぃっ!?」

ノエルは困ったように笑い、《紅弦》へ視線を落とす。

ノエル「YUIは私の部屋で預かります。少し無理をしすぎました」

プロメテウス「……あ、あぁ。頼む」

イヴァン(急に声ちっちゃ……)

ノエル「紅弦も、優しく直してあげてくださいね」

プロメテウス「……言われなくてもだ」

ノエルは一礼し、静かに工房を後にした。

扉が閉まる。

イヴァンは深いため息をつく。

《狐火》を背負い直し、入口へ向かう。

イヴァン「んじゃ、おいらは廃棄区の偵察行ってきますよ」

イヴァン「ガイア姐さんに「サボってた」って誤解される前にね」

プロメテウス「……死ぬなよ、小僧」

イヴァンは振り返らず、片手だけ上げた。

イヴァン「了解。死ぬほどモテて帰ってくる」

笑い声と槌音を背に、イヴァンは蒸気立ち込める地下通路へ消えていった。

◆ 自責の念

ノエルの居室《灯室》。

暖色灯と乾いた花の香りに包まれた静かな部屋。

YUIはベッドへ寝かされていた。

ノエルの兵装《揺籠 -yurikago-》が展開され、幾本もの光の弦が空間に張られている。

ハープの旋律が鳴るたび、YUIの損傷部位へ淡い粒子が流れ込み、自己修復機能が加速していく。

胸部コアの警告灯も、徐々に落ち着きを取り戻していた。

ベッド脇でRUIが座っている。

その手は、無意識にYUIのシーツを握っていた。

RUI「……私のせいだ」

ノエル「何がですか?」

RUI「地下鉄で、私がもっと早く止められてたら」

RUI「ここも見つからなかった。YUIもこんな傷だらけにならなかった」

ノエルは茶器へ湯を注ぎながら、静かに答えた。

ノエル「それは違いますよ」

RUI「でも……!」

ノエル「あなたが繋いだから、列車は止まった」

ノエル「あなたがいたから、YUIは帰ってこられた」

RUIは俯く。

ノエルは《揺籠》の弦をそっと弾いた。

優しい音色が部屋へ満ちる。

ノエル「誰かを守ろうとする子ほど、自分を責めてしまう」

ノエル「でも、責任感と罪悪感は別物ですよ」

RUIの肩が小さく震える。

RUI「……私、YUIの役に立ててるかな」

ノエルは微笑んだ。

ノエル「逆ですよ」

RUI「え?」

ノエル「YUIが、あなたに救われているのです」

RUIは息を呑む。

RUI「……それ、全然良くない」

ノエル「ええ。だから止めてあげてください」

二人は小さく笑った。

眠るYUIの呼吸音が、どこか穏やかに聞こえた。

(第七節 完 / 続く)

【修練場】  
Elysium Under最下層にある戦闘訓練施設。排熱・衝撃に耐える特殊区画。

【クロックアップの弱点】  
加速思考により選択肢が単線化し、熟練者には行動予測されやすくなる。

【傷の継承】  
ガイアの古傷は、守り続けてきた証。YUIもまた同じ道へ足を踏み入れつつある。

【プロメテウス】  
SYMPHONIA技術責任者。兵装整備の第一人者。
搭載コア: S-NPU A.R.C.(上位整備特化モデル)
モチーフ:鉄牛
兵装:焔鉄 -entetu- フリューゲルホルン型の火炎放射器。

【揺籠 -yurikago-】  
マザー・ノエル専用兵装。空間設置型レーザーハープ。音波共鳴によりA.R.C.の乱れを鎮め、自己修復能力を高める。

📂 NEKØ:CODE Database:Log-07

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