服部農園ヒーロー班 第2話
【第二話】
翌日、農園の食堂で朝から丈一と龍真は向かい合って座り、話しをしていた。
「本物のヒーローなんですね」
「そうだ」
「戦う相手が『界獣』と『界人』ですか」
「昔は『魔界獣』とか『魔界人』って呼んでいたんだけどね。異世界じゃなく魔界って呼んでいたからな。それに宇宙人か。呼び名を統一しようって動きがあって、世界というのが地球を指すのなら、それ以外は他天体の惑星も含めて違う世界だろうってことで、宇宙も全部異世界になったんだ」
「そんな事情が」
「それに、伝統的な『怪獣』『怪人』だと、イメージが固定されすぎて柔軟な対応ができないからってのも、理由の一つらしい」
昨夜、状況が飲み込めず混乱している龍真の様子に「明日会社で高橋さんから説明してもらうのが一番いいんじゃない?」という莉瀬の言葉で、今に至る。
丈一から、服部農園が、本物のヒーローがいる浜蔵機関に属する組織の一つであり、丈一も翔も莉瀬も、バトルエージェントと呼ばれるヒーローだと説明された。
言葉としては理解できているが、それが意味していることは、飲み込めていなかった。
「いきなりで信じられないのは、無理もない。だけど、就職試験のとき説明されなかったって……まいったな。人事部は何をやってるんだか」
「すいません」
「龍真をせめてる訳じゃないんだ。だけど、何も知らないとはね。こちらとしては、知っている体でいたから。これは、会社としても、組織としても、こちらが全面的に悪いよ。申し訳ない」
服部農園に採用される人物は、本来なら浜蔵機関について理解し秘密を守れる人物が選ばれるはずだった。当然、選任過程で浜蔵機関についての説明もなされる。丈一たちは、龍真は説明を受け理解して入社してきたのだと思っていた。
いつかのヒーローショーのとき、丈一が農園のことを説明したのは、厳しい選定が行われることを知っていたからだ。どんなに望んでも、ふさわしくなければ機関がふるい落とすし、本人の意思と適性があれば、採用される。
「通常なら、夏休み明けから雷弾流の研修が始まるんだけど、その辺りのことも聞いてないんだろう」
「はい」
「こうなっては転職は難しいかもしれないけど、配置転換なら問題ないはずだ。幸い服部グループは多くの業種を抱えているから、興味のある分野もあると思う。出身の工学部に関連する仕事もあると思う。すぐに答えが出せる問題でもないだろうから、しばらく考えてくれていい」
「分かりました」
「それと、組織のことは、口外しないでくれると助かる」
龍真は黙って頷いた。
例え口外したところで信じてくれるはずがない。それよりもそれが発覚したときに、組織からどんなことをされるのか考えると、とても言いふらすことはできなかった。
秘密結社や陰謀論と呼ばれる何かが、噂のベールを脱ぎ捨て、突如目の前に現れたように感じていた。
「とりあえず今日のところは、仕事はしなくていいし、定時までここにいてもいいから」
丈一が食堂を出て行く。一人残された龍真は、大きくため息をついた。
翔と莉瀬がおそろいの時計をしていたのは、二人ともバトルエージェントだったからだ。丈一は一線を退いているため、時計をしていなかった。
龍真は変身ヒーローに憧れていた。悪役ではあったが、ヒーローショーはやりがいがあったし、楽しかった。
しかしそれが現実のものとなると、躊躇してしまう。
昨夜見た人ではない存在。それと戦うことが義務づけられているのがヒーローだ。
莉瀬の妹の由那と同僚の海はともに浜蔵機関の事務員だった。由那は龍真のことを知っていたことから、浜蔵機関のことを知らされることなく就職できたのは、単純なミスではなく、何らかの意図があるはずだとういのが、丈一の見解だった。
そもそも、バトルエージェントとしての適性がなければ、農園に配属されない。これを機に、本来の採用枠であるバトルエージェントを目指すのも選択肢の一つだ。
しかし、実際に戦えるのか不安がある。
龍真は自分が界獣や界人と戦っている姿が想像できなかった。雷弾流の研修を受ければ、戦えるようになるのか。
その日は一日中、悶々としながら過ごした。
自分はあのとき、なぜヒーローショーに出たいと思ったのか。孤独感から逃れたい気持ちがあったのは確かだが、それだけではないはずだ。変身ヒーローに憧れたのは、どうしてだろう。
龍真は自分の気持ちを探りながら週末を迎える。
その週末、龍真はショッピングモールへ来ていた。吹き抜けになっている通路を二階から見下ろしている。家族連れ、カップル、友人。様々な人たちが龍真の目の前を通り過ぎていく。
母が死んで孤独を感じるようになった。それはなぜか。大学まで生かせてくれた母のために、就職したら、母に楽をさせたい。恩返しをしたいと考えていた。それができなくなった。同時に、自分が属する場所がなくなったという感覚がある。それが孤独感を生んでいた。
農園に就職し、ヒーローショーに出て、ショーメンバーと作り上げる一体感は、龍真の孤独をいやしてくれた。仲間だと感じている。しかし、どこか違う場所に立っている気がしていた。それは、龍真が浜蔵機関を知らなかったことが原因だったと思う。
バトルエージェントとしてやっていけば、本当の仲間になれるはずだが、やっていけるのか。配置転換を願い出た方がいいのか。
「だめー!」
そのとき背後で子どもの悲鳴が上がった。振り向いた龍真の目の前を、何かが横切る。戦隊物の合体ロボのおもちゃだ。
体が動いていた。それは、ヒーローショーのために稽古してきた格闘技の動きだった。
床を蹴った龍真は合体ロボをつま先で軽く蹴り上げると、体をひねって空中でそのロボをつかみ取った。
昔から運動は得意な方だった。就職してからの、ヒーローショーの稽古にも難なくついていけた。だからこそ、丈一たちが誤解していた部分もあった。
しかし、こんなアクロバティックな動きはしたことがない。意識しても同じ動きがもう一度できる自信はなかった。それが無意識に出たことに、龍真自身が、驚いた。
宙を舞うロボがそのままなら、階下へと落下し破損していたし、場合によっては、けが人が出ただろう。結果として、龍真はそれらを防いだ。
「すげー!」
「かっけー!」
「ヒーローみたい!」
着地した龍真に、周囲の子どもたちが賞賛の声を上げる。
小学生くらいの兄弟が、龍真の元へきた。合体ロボを手渡す。兄弟のすぐ後ろにいた母親が「ありがとうございます」と礼を述べる。同時に「今度取り合いしたら、もう買わないよ」と兄弟を叱った。合体ロボを取り合っているうちに、勢い余って放り投げた形になったようだ。
「ごめんなさい」
「ありがとう」
母親に促され、兄弟が口にする。
少しだけ、何かが龍真の心の中に生まれた。それは暖かく、心地良いと感じるものだった。
「仲良く遊べよ」
「うん!」
兄弟は元気よく答え、母親と一緒に去って行く。
龍真に賞賛の声を送った子どもたちが手を振るのに振り返すと、満面の笑みを浮かべた。やはり何か心地良いものが龍真の心に生じる。
悪くない……いや、いい感じだ。
龍真は自然と笑みを浮かべていた。
週明け、龍真は出社すると丈一に告げた。
「俺、バトルエージェントになります」
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