WEFレポート『The Regenerative Blue Economy』を読む
海は「守る対象」から「経済を再生する基盤」へ、いま大きな転換点にあります。漁業、海運、港湾、観光、養殖、洋上風力、海洋データ、ブルーカーボン。これらはすべて、海を舞台にした経済活動です。世界経済フォーラムのレポート『The Regenerative Blue Economy: Pathways to Prosperity』が示しているのは、より踏み込んだ視点です。それは、「海を使いながら守る」だけでは、もはや足りないということです。これから必要なのは、海を使う経済活動そのものが、海の生態系、沿岸地域、地域社会、雇用、文化、金融の回復に貢献する仕組みへ変わることです。つまり、ブルーエコノミーは「サステナブル」から「リジェネラティブ」へ進む必要がある、ということです。このレポートは、海洋経済を持続可能性の段階から再生の段階へ進める必要性を示し、そのための実装フレームワークを提案しています。
もしかしたら、これからは、ネイチャーポジティブというキーワードより、リジェネラティブというキーワードがより多く使われるようになるかもしれませんね!今日も楽しんでいってくださいね。

再生型ブルーエコノミーとは何か
海洋経済は成長しています。レポートによれば、海洋経済は年間で2.6兆ドルから5.1兆ドルの粗付加価値を生み、数十億人の生計を支え、世界貿易量の80%以上を運び、沿岸国の食料安全保障を支えています。ところが、その成長を支える海洋生態系は劣化し続けています。過剰漁獲された魚類資源の割合は1974年以降ほぼ4倍になり、世界のサンゴ礁の70%から90%が今後20年以内に失われる可能性があり、沿岸洪水への曝露は2100年までに倍増する可能性があるとされています。海洋経済が、「自然資本を取り崩しながら成長している」のです。自然資本とは、森林、河川、海、土壌、生物多様性など、人間社会と経済活動を支える自然の基盤のことです。海洋経済の場合、魚類資源、藻場、サンゴ礁、マングローブ、沿岸湿地、水質、海流、気候調整機能、沿岸防災機能などが自然資本にあたります。ここに、これまでのブルーエコノミーの限界があります。
持続可能なブルーエコノミーは、約10年前から国際的に広がった考え方です。SDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」とも連動し、環境保全、経済発展、社会的公平性を一体で考えようとする枠組みです。この考え方には大きな意味がありました。違法・無報告・無規制漁業、破壊的漁具、深海採掘、新規の化石燃料開発、過剰な汚染などを抑える方向性を示してきたからです。しかし、レポートは、持続可能なブルーエコノミーが広がったにもかかわらず、多くの海洋健全性の指標は悪化を続け、SDG14の多くの目標は停滞または後退している、ということです。このため、レポートは、ブルーエコノミーを「害を減らす経済」から「回復を生み出す経済」へ進める必要があると述べています。

ここで出てくるのが、リジェネラティブ・ブルーエコノミーです。日本語では、「再生型ブルーエコノミー」と訳すのがわかりやすいです。再生型ブルーエコノミーとは、海洋生態系を保全するだけでなく、劣化した生態系を回復させ、沿岸地域の社会システムを強め、長期的で公平な繁栄をつくる経済モデルです。レポートでは、IUCNの定義として、再生型ブルーエコノミーを「海洋および海洋・沿岸生態系の厳格で効果的な再生と保護を、持続可能で低炭素または無炭素の経済活動、公正な繁栄と組み合わせる経済モデル」と位置づけています。再生型ブルーエコノミーを一言で言えば、「海を使うほど、海と地域が回復する経済」です。レポートは、再生を自然資本だけで見るのではなく、自然、人材、社会、文化、経済、金融という複数の資本の回復として捉えています。つまり、自然の再生には、社会の再生が必要です。これが、再生型ブルーエコノミーの本質です。

海洋産業を三つに分けて見る
レポートは、海洋産業を三つのグループに分けています。

一つ目は、伝統的セクターです。漁業、海運、港湾、オフショア石油・ガスなど、すでに大きな経済規模と雇用を持つ産業です。二つ目は、成長セクターです。洋上風力、沿岸・海洋観光、養殖、海水淡水化、下水・排水処理など、今後拡大が見込まれる分野です。三つ目は、フロンティアセクターです。生態系再生、ブルーバイオテクノロジー、海洋データ、デジタルサービス、海洋炭素除去など、再生そのものを価値創造の中心に置く新しい産業群です。レポートは、伝統的セクター、成長セクター、フロンティアセクターをそれぞれ異なる役割を持つポートフォリオとして位置づけています。伝統的セクターは環境負荷を減らし、コストを内部化し、投資を再生と脱炭素へ向ける必要があります。成長セクターは、地球の限界の中で拡大しながら生態系の健全性を強める必要があります。フロンティアセクターは、生態系回復や知識創出と価値創造を直接結びつける基盤になります。
たとえば、日本の海運や港湾は伝統的セクターです。脱炭素燃料、港湾の省エネ、デジタル化、自然共生型港湾、ブルーカーボン、干潟・藻場再生との接続がテーマになります。養殖、観光、洋上風力、排水処理は成長セクターです。ここでは、単に事業拡大を目指すのではなく、自然と地域にプラスの影響を出す設計が必要です。ブルーカーボン、環境DNA、海洋モニタリング、水中ドローン、衛星データ、自然資本評価、藻場再生、サンゴ再生などはフロンティアセクターです。ここでは、科学的な信頼性、モニタリング、資金化、地域便益の設計が重要になります。
伝統的セクターは「移行」が問われる
伝統的セクターは、海洋経済の中で今も大きな存在です。海運、港湾、漁業、オフショア石油・ガスは、世界貿易、食料、エネルギー、雇用に深く関わっています。しかし、環境負荷も大きいです。レポートは、伝統的セクターに対して、「管理された移行」を求めています。たとえば、漁業であれば資源回復、破壊的漁法の削減、権利ベースの管理、地域共同管理、食料安全保障との接続が重要です。海運・港湾であれば、ゼロエミッション燃料、物流最適化、船舶改修、水中騒音や汚染の削減、スマートポート、港湾周辺の再生がテーマになります。
レポートでは、シンガポールのMaritime and Port Authorityが、世界有数の積み替え港としての立場を活かし、港湾活動の脱炭素化、電動化、充電インフラ、効率改善、アンモニアやメタノールなど複数燃料の移行経路、デジタル港湾システム、グリーン・デジタル海運回廊を進めていると紹介しています。これは、伝統的な港湾産業が、脱炭素、効率化、低炭素燃料、デジタル化を通じて再生型の方向へ動き始める例です。ただし、レポートは同時に、これだけでは高い段階の再生には届かないとも述べています。より高い段階に進むには、港湾インフラと運営の中に、生物多様性回復、ハビタット創出、水質改善を組み込む必要があります。
成長セクターは「拡大の質」が問われる
成長セクターは、これからのブルーエコノミーをけん引する分野です。洋上風力、養殖、沿岸観光、下水・排水処理、海水淡水化などは、今後も大きな需要が見込まれます。レポートが強調しているのは、成長セクターの拡大が、自然資本を強める方向に設計されるかどうかです。洋上風力は、脱炭素に貢献する一方で、海域利用、漁業、生物多様性、景観、地域合意に影響します。だからこそ、立地選定、海洋空間計画、環境影響評価、地域便益、生物多様性ネットゲイン、漁業との共存が必要です。養殖は、世界のタンパク質供給にとって重要ですが、餌、排泄物、抗生物質、外来種、沿岸環境への影響が問題になることがあります。一方で、海藻、二枚貝、統合養殖などは、水質浄化、炭素固定、生物多様性の回復に貢献し得ます。沿岸・海洋観光は、地域経済を支えますが、過剰観光、沿岸開発、クルーズ船、サンゴ礁や藻場への負荷を生むことがあります。再生型観光にするには、観光収入が生態系回復と地域のレジリエンスに還元される仕組みが必要です。排水処理は、意外に見落とされがちですが、重要なブルーエコノミーの成長分野です。栄養塩や汚染物質が沿岸域に流れ込めば、赤潮、貧酸素、水質悪化、藻場衰退につながります。レポートは、排水処理が単なる処理設備ではなく、資源循環と沿岸海域の健全性に結びつく場合、再生ポテンシャルが高い分野だと整理しています。藻場再生やブルーカーボンを本気で進めるなら、海の中だけを見ていては足りません。河川、森林、農地、市街地、下水、雨水、港湾排水、栄養塩管理を含めた流域全体の設計が必要です。成長セクターの中でも、排水処理や水管理は、ブルーエコノミーとスマート流域マネジメントをつなぐ要の領域になります。
フロンティアセクターは「再生そのもの」を産業にする
最も未来志向で見ているのが、フロンティアセクターです。ここには、生態系再生、自然を活用した解決策、ブルーバイオテクノロジー、海洋データ、デジタルサービス、海洋炭素除去などが含まれます。これらの特徴は、価値創造の中心が「採取」ではなく「回復」や「知識」にあることです。たとえば、生態系再生は、マングローブ、藻場、干潟、サンゴ礁などを回復させる事業です。従来の経済では、こうした活動は寄付や補助金に依存しやすいものでした。しかし、今後はブルーカーボン、自然資本会計、防災投資、保険、観光、地域ブランド、企業の自然関連開示と結びつくことで、より大きな資金を呼び込む可能性があります。海洋データとデジタルサービスも、再生型ブルーエコノミーの基盤です。海洋データは、透明性、トレーサビリティ、違法漁業の監視、環境影響評価、成果連動型ファイナンス、ブルーカーボンの検証、自然資本の評価に不可欠です。レポートは、海洋データ企業が世界のブルーエコノミー関連スタートアップの中で大きな割合を占め、IoT、衛星モニタリング、自律型観測、先進分析が成長分野であるとしています。ただし、レポートは、フロンティアセクターについて、科学、衡平な利益配分、信頼できるインパクト測定によって正当性を築く必要があると述べています。レポートは、環境DNA、リモートセンシング、海洋データ、AI、デジタルツインなどの技術を、再生型ブルーエコノミーの重要な基盤と見ています。

環境再生型ブルーエコノミーをデザインする
成功指標はGDPから「回復」へ変わる
このレポートの強いメッセージの一つは、海洋経済の成功指標が変わるということです。これまでの海洋経済では、売上、輸出額、漁獲量、観光客数、港湾取扱量、発電量などが重視されてきました。もちろん、これらは重要です。しかし、それだけでは再生型とは言えません。レポートは、次の波の海洋経済は、経済産出だけではなく、どれだけ生物量が回復したか、どれだけ生物多様性が戻ったか、どれだけ暮らしがレジリエントになったかによって評価されると述べています。たとえば、観光地であれば、観光客数だけでなく、サンゴ礁や藻場の健全性、地域への収益還元、過剰観光の抑制、地元雇用、文化資本の保全が評価されるようになります。漁業であれば、漁獲量だけでなく、魚類資源の回復、産卵場の保全、混獲削減、食料安全保障、漁業者の所得安定、地域共同管理が評価されます。港湾であれば、取扱量だけでなく、排出削減、騒音低減、水質改善、自然共生型インフラ、港湾周辺の生態系再生、地域防災への貢献が評価されます。藻場再生であれば、単に藻場面積だけでなく、炭素吸収量、生物多様性、水質、漁業資源、地域参加、資金循環、教育効果が評価されるべきです。これからのブルーエコノミーは、「どれだけ取ったか」ではなく、「どれだけ戻したか」を測る時代になります。
3つの実装フレームワーク

一つ目は、個別のアクターです。企業、漁業者、自治体、港湾、NPO、研究機関、地域団体などが、自分たちの影響範囲の中で、自然資本、人材資本、社会資本、文化資本、経済資本、金融資本のいずれかを回復させることです。二つ目は、システムです。政策、規制、海洋空間計画、金融インセンティブ、予算、ガバナンスによって、個別の取り組みが積み重なり、広域的な再生につながる条件をつくることです。三つ目は、相互作用です。再生は、単独の企業や政府によって実現するものではありません。観光事業者のサンゴ礁再生投資が漁業に便益を生み、持続可能な養殖が水質を改善し、再生可能エネルギー施設が人工礁として機能し、データ基盤が金融を呼び込み、地域の共同管理が資源回復を進める。このような相互作用によって、再生が生まれます。
多くの地域では、良い取り組みが点在しています。藻場再生をしている団体、海洋ごみを回収している企業、漁業資源管理に取り組む漁協、ブルーカーボンに関心のある自治体、環境教育を行う学校、海洋データを取る研究機関、資金を出したい企業。しかし、それらがつながっていない場合、インパクトは限定的になります。再生型ブルーエコノミーでは、点の活動を線にし、線を面にし、面を地域経済の仕組みに変える必要があります。ここで重要になるのが、「シースケープ」という考え方です。

レポートは、個別アクターの貢献を三つの段階で分類しています。第一段階は、再生整合型です。これは、環境負荷を減らし、新たな有害資産を作らず、保護と再生へ投資を向け、事業活動の中で生態系や社会に一定のプラス効果を生む段階です。第二段階は、再生運用型です。これは、事業の中核活動そのものが、自然資本の純増を生み、地域社会への便益を生み、経済的にも成立している段階です。第三段階は、再生ネイティブ型です。これは、自立的、自己強化的に自然、社会、文化、経済、金融の複数資本を長期的に回復させる段階です。
四つのレバーが、再生型ブルーエコノミーを動かす〜レバー1:ガバナンス
レポートは、再生型ブルーエコノミーを進めるための四つのレバーを示しています。ガバナンス。金融。人材・能力形成。技術とAI。この四つです。レポートは、再生はこれら四つのレバーを個別に最適化することではなく、それらの相互作用から生まれると述べています。

分断された、セクター別の海洋管理では、再生は実現できない。統合的なシースケープ単位のガバナンスが必要である、ということです。ここでいうシースケープとは、生態系、沿岸地域、産業、地域社会が一体としてつながる海域単位のことです。単なる行政区域でも、単なる保護区でもありません。海、沿岸、流域、漁業、観光、港湾、養殖、地域文化、住民、企業、自治体が相互に関わる空間です。レポートは、ガバナンス改革として四つの要点を示しています。

一つ目は、実装単位を変えることです。単発プロジェクトではなく、シースケープを単位にすることです。プロジェクトは期間と範囲が限定されますが、シースケープは社会・生態系システムとして続きます。この単位で考えることで、累積影響、陸と海のつながり、複数産業の相互作用を一つの意思決定空間で扱えます。二つ目は、空間的な明確性を持つことです。どこで利用を認めるのか、どこでは開発を認めないのか、どこで再生を優先するのかを、海洋空間計画によって明確にする必要があります。三つ目は、多中心的なガバナンスにすることです。中央政府や単一省庁だけで複雑な海洋システムを管理することは困難です。地域、自治体、国、国際・広域機関が、それぞれ実質的な権限を持ち、情報交換と相互説明責任でつながる必要があります。四つ目は、執行可能性です。ルール、予算、法的根拠、責任体制がなければ、ガバナンスは掛け声で終わります。海洋空間計画とは、海域における人間活動を、地理空間データに基づき、関係者間の利害調整を行いながら、法的効力を持つ形で整理するプロセスです。再生型ブルーエコノミーでは、海洋空間計画は環境規制ではなく、投資基盤です。どこで何ができるのか、何を守るのか、どこに再生投資すべきかが明確になるほど、民間資金も地域活動も動きやすくなります。

レポートの中で、シースケープ型ガバナンスの代表事例として紹介されているのが、インドネシアのBird’s Head Seascapeです。Bird’s Head Seascapeは、インドネシアのパプア・西パプアに広がる22万5,000平方キロメートルの陸海域で、世界でも有数の海洋生物多様性を持つ地域です。2000年代初頭には、破壊的漁業、沿岸開発、採取産業の圧力を受けていました。しかし、2004年以降、シースケープ全体で生態系保護、漁業管理、経済開発を統合する取り組みが進みました。地域コミュニティの慣習的権利が正式に認められ、政府、NGO、地域社会が多層的に連携し、26の海洋保護区が5万2,000平方キロメートル以上をカバーするまでになっています。観光入域料が保全と地域開発の資金になり、地域の権利認識が所有感、遵守、文化的つながり、所得多様化を高めたとされています。この事例のポイントは、地域の権利を認めたこと、複数の行政階層をつないだこと、保全と観光収入をつないだこと、生物多様性と地域経済を同時に改善したこと、などがあります。
再生型ブルーエコノミーでは、国の政策と地域の海域管理を縦につなぐ必要があります。レポートは、OECMやNDCへの統合を見据えて、モニタリング、権利枠組み、関係省庁の関与を最初から設計すべきだと述べています。特に、マングローブ、塩性湿地、海草藻場などのブルーカーボン生態系は、定量可能な炭素隔離としてNDCに貢献し得るため、国際気候資金とシースケープガバナンスをつなぐ入口になります。
レバー2:金融
次に重要なのが金融です。海洋経済の年間粗付加価値の1%未満しか、過去10年間に持続可能な海洋プロジェクトへ投資されていない一方で、はるかに大きな資金が自然にマイナスの活動や有害な公的補助金を支え続けている、としています。現在の金融システムは、海洋劣化に対して中立ではなく、他の資本を犠牲にして金融資本を蓄積するように設計されている、という指摘です。これが、再生型ブルーファイナンスの課題です。

レポートは、再生型ブルーファイナンスを四つの機能で整理しています。一つ目は、公的金融です。公的予算、補助金改革、海域利用料、調達、保証などです。これは、民間資本が単独では担いにくい公共財を支えるために必要です。生態系モニタリング、ハビタット再生、標準づくり、地域ガバナンス能力の強化などが該当します。二つ目は、革新的金融手法です。ブレンデッドファイナンス、ソブリン・ブルーボンド、デット・フォー・ネイチャー・スワップ、プール型資金などです。これらは、投資可能性を高め、大きな資金を呼び込む役割を持ちます。三つ目は、ブルー自然資本の市場メカニズムです。ブルーカーボンや生態系サービスへの支払いなどです。ただし、信頼性には、モニタリング、報告、検証、追加性、公平な利益配分が必要です。四つ目は、地域コミュニティへの直接金融です。先住民・地域コミュニティ向けの金融窓口、仲介機関、ベンチャービルディング、回転基金などです。これがないと、実際に海を守っている人々に資金が届きません。資金が現場に届かないことです。小規模漁業は約5億人を支え、世界の海洋漁獲量の少なくとも40%、漁業雇用の90%を担っています。それにもかかわらず、補助金や公式金融は産業的アクターを優遇し、先住民や地域コミュニティの声は、海域管理や資金配分の意思決定から排除されがちだと指摘されています。

企業の発行体もブルーボンド市場に入り始めています。たとえば、Ørstedは2023年にエネルギーセクター初のブルーボンドを発行し、洋上生物多様性再生と持続可能な海運に資金を充てています。DP Worldは2024年後半に中東・北アフリカ初の企業ブルーボンドを発行し、同社にとって非常に有利なスプレッドを実現したとされています。また、債務自然交換は、追加的な外部資金を必要とせず、海洋保全のための財政余地を生む手法として紹介されています。エクアドルのガラパゴス海洋保護区に関する11億ドルの債務転換は、海洋保全に3億2,300万ドルをもたらす見込みとされています。ただし、こうした取引は複雑で、債権者主導になりやすく、国の優先事項と整合させる慎重な設計が必要です。ブルーカーボンについても、レポートは可能性と課題を両方見ています。ブルーカーボン環境は、気候価値と再生価値を生む可能性があり、年間約1,900億ドルの価値があると推定されています。一方で、マングローブ以外では方法論の合意や投資可能な案件形成がまだ不均一です。正当性には、厳格なモニタリング・報告・検証、地域コミュニティとの正式なパートナーシップ、公平な利益配分、排出削減との政策的な結びつきが必要とされています。
レポートでは、メキシコのGulf of CaliforniaのLa Pazの事例も紹介されています。この地域では、漁業、観光、沿岸生計にとって重要な海洋生物多様性がある一方で、過剰利用、生態系劣化、気候変動の圧力がありました。そこで、漁業資源回復、低インパクト養殖、保全観光、生物多様性モニタリング、起業家育成など、さまざまな取り組みが生まれました。しかし、それらは並行して発展していたため、システム全体のインパクトや機関投資家へのアクセスは限られていました。そこでGulf of California Platformが、投資家、フィランソロピー、地域、企業、市民社会、学術機関、政府をつなぎ、海洋保全、沿岸開発とレジリエンス、観光、食料システム、水という五つの領域で目的と資源を合わせる役割を果たしています。レポートは、La Pazの事例から、分断された地域の進展をシステムレベルの変化へ動かすには、プロジェクトの増殖ではなく、プラットフォーム型の調整が重要だと述べています。必要なのは、地域ブルーエコノミー・プラットフォームです。
レバー3:人材と能力形成
どれだけ制度や資金や技術があっても、現場で動かす人がいなければ、再生型ブルーエコノミーは実装されません。能力形成は補足的なものではなく、基礎であるという位置づけです。レポートは、海洋リテラシーも重要だとしています。海洋リテラシーとは、海が私たちにどのように影響し、私たちが海にどのように影響しているかを理解する力です。ただの知識ではなく、価値判断、関係性の理解、文化的な感覚を含みます。海洋空間計画、生態系評価、金融リテラシーのようなスキルは、座学だけではなく、実際の計画やガバナンスのプロセスに参加することで育つとしています。意思決定支援ツールは、関係者が情報を共有し、トレードオフを理解し、利害を調整する助けになります。実際の海域で、実際のデータを使い、実際の漁業者や企業や自治体と対話し、実際の資金計画をつくり、実際のモニタリングを行い、実際の成果を報告する。その過程で人材が育ちます。

レポートでは、Sea Ranger Serviceという社会的企業の事例が紹介されています。Sea Ranger Serviceは、若者の雇用と海洋スチュワードシップを結びつける取り組みです。18歳から29歳の沿岸地域の若者を採用し、海洋・生態系の現場作業を訓練します。2040年までに2万人の若者を訓練し、100万ヘクタールの海洋生物多様性を回復するという目標を掲げています。低排出の帆船で作業し、海草移植、種子採取・植付け、水路測量、ハビタットマッピング、自然再生、海洋プラスチック調査などの有償契約につなげています。この事例の本質は、海洋再生を雇用政策と結びつけている点です。
レバー4:技術とAI
衛星、センサー、ブイ、自律型無人機、環境DNA、音響観測、ドローン、AI、デジタルツイン、機械学習によって、海を測るコストが下がっています。レポートは、これらが断片的な観測を意思決定に使える証拠へ変え、検証、調整、リスク分析のコストを下げると説明しています。ただし、レポートは同時に、現在収集されているデータは海洋の時空間的変動全体の1%未満にすぎず、多くのデータがサイロ化されたアーカイブに眠っているとも指摘しています。

レポートの中では、環境DNAも重要な技術として登場します。環境DNAは、水や土壌などの環境中に残された生物由来のDNAを分析し、その場所にどのような生物が存在するかを把握する技術です。直接捕獲や目視をしなくても、生物多様性の変化を把握できる可能性があります。レポートは、リモートセンシング、環境DNA、バイオプロスペクティングなどの技術は、それ自体が必ずしも生態系の純増を生むわけではないため、多くの場合は第一段階の再生整合型として機能すると整理しています。ただし、データ基盤がシースケープ単位の協調管理を支える場合、その貢献は第二段階に近づくとしています。環境DNAで得たデータが、藻場管理、漁業資源管理、ブルーカーボン、海洋空間計画、企業資金、地域教育に接続して初めて、再生型の仕組みに近づきます。環境DNAは技術ではなく、ガバナンスと金融と人材をつなぐ「共通言語」になり得ます。
どの生物が戻ってきたのか。
再生区と非再生区で違いがあるのか。
季節変化はどうか。
魚類群集は変わっているか。
藻場再生が水産資源や生物多様性に効いているか。
企業の自然資本投資に対して、どの成果を示せるか。
こうした問いに答えるために、環境DNAは大きな役割を持ちます。
日本の藻場再生へのインサイト
このレポートを日本に引き寄せると、特に重要になるのが、藻場再生、ブルーカーボン、環境DNA、スマート流域マネジメントです。日本の沿岸には、海草藻場、海藻藻場、干潟、サンゴ礁、漁場、港湾、観光地、沿岸集落が複雑に重なっています。ここでは、海の自然資本と地域経済が切り離せません。WEFレポートの視点から見れば、藻場再生は、まさに再生型ブルーエコノミーの実装現場です。自然資本、人材資本、社会資本、文化資本、経済資本、金融資本を同時に回復させる可能性があるからです。
藻場は、ブルーカーボンの吸収源であると同時に、魚介類の産卵場・成育場であり、水質浄化の場であり、沿岸防災の基盤であり、漁業・観光・教育・地域アイデンティティを支える自然資本です。WEFレポートが示すリジェネラティブ・ブルーエコノミーの考え方では、再生とは自然資本だけでなく、人材資本、社会資本、文化資本、経済資本、金融資本を同時に回復することです。この意味で、日本の藻場再生に取り組む地域は、すでにリジェネラティブ・ブルーエコノミーの入口に立っています。
WEFレポートは、再生型ブルーエコノミーの実装単位を、単発プロジェクトではなく「シースケープ」、つまり生態系・地域社会・産業がつながる海域単位に置くべきだと示しています。海洋再生は、漁業、港湾、観光、養殖、流域、排水、沿岸開発、保護区を別々に扱っていては実現しません。藻場が失われる原因は、海の中だけにあるとは限りません。水温上昇、食害生物、濁り、栄養塩バランス、港湾・沿岸開発、河川からの土砂や栄養流入、流域の土地利用、下水・排水処理、漁業管理などが複合的に関わります。したがって、藻場再生を本気で科学的に進める地域は、「藻場を植える」「母藻を設置する」「食害生物を除去する」だけでなく、次の問いを持つ必要があります。
この藻場は、どの流域とつながっているのか。
どの漁業資源の回復に関わるのか。
どの港湾・観光・養殖・教育活動と接続できるのか。
どの企業の資金や技術が継続的に入るのか。
どの自治体計画や地域戦略に位置づけられるのか。
どの指標で、自然の回復と地域の便益を同時に測るのか。
WEFレポートの言葉で言えば、藻場再生は「プロジェクト」ではなく「地域の再生インフラ」です。海の中にある自然インフラであり、地域経済の基礎資産です。
日本の藻場再生では、JブルークレジットによってCO2吸収量を測る流れが広がっています。これは非常に重要です。吸収量を定量化できれば、企業資金を呼び込みやすくなり、地域活動の継続性も高まります。しかし、WEFレポートの視点では、炭素だけを見ていると再生型としては不十分です。再生型ブルーエコノミーでは、自然資本を複数の側面から見る必要があります。具体的には、藻場面積、海藻・海草の被度、魚類・底生生物の多様性、水質、濁度、栄養塩、食害圧、漁獲、地域雇用、教育参加、地域所得などを組み合わせて見る必要があります。
ANEMONEは、日本発の環境DNAを使った生物多様性観測ネットワークであり、日本国内を網羅する調査体制を目指して2019年に誕生したと説明されています。さらに、東北大学の発表では、ANEMONE DBは全国861地点、4,298回の環境DNAを用いた魚類調査のビッグデータとして構築され、「生き物の天気図」としての活用が期待されているとされています。藻場再生に環境DNAを組み込むと、「藻場が増えたか」だけでなく、「生き物が戻ってきたか」を測れます。これは、ブルーカーボンを「炭素吸収の話」から「生態系回復の話」へ広げるうえで非常に有効です。
一方で、環境DNAは強力な手法ですが、万能ではありません。特に海域では、水の流れ、潮汐、季節、水温、採水位置、採水時間によって検出結果が変わる可能性があります。神戸大学の研究では、海域で環境DNAを活用して藻場モニタリングを行う場合、流況を把握することで、目的に応じて採水地点を選定できるとされています。流れが小さい条件で採水することが有効と考えられる一方、長期的な変化を見る場合には短時間変動が少ない地点を選ぶことが重要です。したがって、地域が環境DNAを使って藻場再生を科学的に進める場合、環境DNAだけで「藻場再生の成功」を語るのは危険です。環境DNAは、次のような現地観測と組み合わせるべきです。この組み合わせによって、ブルーカーボンの定量性と、生物多様性回復の説得力が高まります。
環境DNAは、科学者や企業のためだけの技術ではありません。地域の合意形成にも使えます。藻場再生では、漁業者、自治体、企業、住民、観光事業者、学校、研究者の間で、「本当に効果があるのか」「何が戻ってきたのか」「誰に利益があるのか」という問いが出ます。ここで、環境DNAや水中画像、ブルーカーボン算定を組み合わせると、議論を感覚論から証拠ベースに移せます。環境DNAのデータは、「今年はこの魚種が増えた」「藻場周辺の魚類群集が変わった」「再生区と非再生区に違いが出ている」といった形で、地域の共通言語になり得ます。藻場再生の現場で、河川側の環境DNA、水質、栄養塩、土砂、土地利用データを合わせて見れば、「なぜこの海域の藻場は回復しやすいのか」「なぜこの海域は回復しにくいのか」をより科学的に判断できます。
日本では、藻場再生やブルーカーボンに関する技術実証が増えています。また、環境省はブルーカーボン等の吸収源対策に係る大規模実証プロジェクトを採択しており、北海道奥尻町周辺での海藻養殖試験や、多段式養殖施設によるアラメ・カジメ類の養殖方式確立などが示されています。こうした実証は重要です。ただし、WEFレポートの視点では、実証の次が問われます。
技術は地域に残るのか。漁業者の所得につながるのか。自治体計画に組み込まれるのか。企業資金が継続的に入るのか。環境DNAやブルーカーボン算定が、地域の意思決定に使われるのか。観光、教育、水産、港湾、流域管理と接続するのか。
実証で終わるプロジェクトは、再生型ではありません。再生型にするには、地域の事業モデル、資金モデル、管理モデル、人材育成モデルに変える必要があります。
WEFレポートは、再生型ブルーエコノミーを「海洋生態系と沿岸コミュニティの健全性を、経済力の副産物ではなく基盤として扱う経済」と位置づけています。この考え方は、日本の藻場再生に非常によく合います。日本には、里海という考え方があります。里海とは、人の関わりによって生物生産性と生物多様性が高まる沿岸海域という発想です。これは、WEFレポートがいうリジェネラティブ・ブルーエコノミーと非常に近い思想です。ただし、これから必要なのは、里海の思想を、科学、金融、データ、政策、事業モデルに接続することです。WEFレポートから日本の地域が受け取るべき最大のインサイトは、ここにあります。藻場を起点に、海と流域と地域経済が回復し続ける仕組みをつくることがゴールです。

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