《連載小説》全身女優モエコ 芸能界編 第三十七話:大人になったモエコ
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車の中でモエコは心配する猪狩の気も知らずに能天気に歌なんか歌い、そしていざスタジオの駐車場に着くとさぁ、カメラがモエコを待ってるわと言って勝手に建物に向かってしまった。
猪狩はモエコに対して呆れながら駆け足で彼女の後を追い、二人で楽屋に入ったのだが、入ってから間もなくして昨日服を貸してくれた衣装係の女性スタッフがやってきた。猪狩は彼女にあらためて服の礼をし、そしてモエコが服を気に入ってしまったみたいなのでいくらかで譲っていただけないかと頼んだのだが、女性スタッフは猪狩のこの申し出に対して笑顔で「ああそういう事でしたら差し上げますよ。どうせ処分するものだったし」と承諾してくれた。しかしそれを聞いていたモエコはなんだかわからないが怒ってしまいいきなり衣装係に向かってこう怒鳴りつけた。
「なんなのそれ!あなたこの火山モエコさんにこんなボロッカスを押し付けるつもりだったの?あなた女優をなんだと思ってるのよ!女優はいつもゴージャスな衣装を着ていなければいけないのよ!煌めくような、人が見てついウットリするようなそんな衣装を毎日着てなきゃいけないのに!」
「モエコお前はこの人がくれたその服を気に入っていたじゃないか。マンションから出てくる時もこの服はスタッフからのモエコへのプレゼントだって自慢気に話していたじゃないか」
「アンタは黙っなさいよ!モエコはこのボロッカスを押し付けてきたこのバカ女を叱ってるんだから!いいあなた!今日の所はこのボロッカスモエコが貰っといてあげるから、今度はちゃんとこの火山モエコさんに相応しいものを差し出しなさい!」
この歴史上のあらゆる女王より酷いモエコ女王の暴虐ぶりに、なんの罪がないどころか逆に感謝されるべき衣装係の女性は哀れにも縮こまってモエコの前に平伏してしまった。猪狩はモエコのあんまりの理不尽さに呆然とするあまり女性スタッフに謝ることさえ忘れてしまった。モエコにお許し頂いた女性スタッフは逃げるように去っていき、彼女と入れ替わるように例のプロデューサーが現れた。プロデューサーは楽屋に入ってくるなり持っていた台本を両手でモエコにかざしながら「モエコちゃん待ってたよぉ〜」とデレのデレッデレの態度で挨拶をし、早速今回の収録について説明を始めた。
プロデューサーの説明よると今回の収録は第十回の台本のボツ原稿をモエコのために復活させたもので、インテリ俳優の蟹谷新三との絡みがメインであるらしい。モエコと蟹谷は今の台本では第十一回に初めて共演する予定であった。だが、モエコのベッドシーンを現場で見たいろんな人がもっとモエコを出せと懇願して無理矢理押し込んだという。かと言ってモエコの出番が大幅に増えようが、ドラマは予定の回数で終わらせねばならないので、代わりに他の誰かの場面を削らなければならなかった。その犠牲になったのがなんとあの三日月エリカであった。プロデューサーは三日月がワガママで裏でスタッフをいぢめまくっている事を明かしてこう続けた。
「ドラマを盛り上げるためにはモエコちゃんの力が絶対に必要なんだ!あんな誰が観ても面白くない三日月エリカなんてどうでもいいんだよ。今までアイツにどれだけいぢめられてきたか。視聴率もろくに取れないクセに親の権威をかさに威張り腐りやがって!大体三日月なんて元財閥の御曹司と大女優の親っていう七光りならぬ十四光りがなかったらタダのぶりっ子女優じゃないか。そこへくるとモエコちゃんは違う!私はあのベッドシーンを生で見てこれこそ本物の女優だ。伝説の誕生だと思った。ベッドシーン一つであそこまで人の心を揺さぶれるのはモエコちゃんしかいない!それは私だけが思っていることではない。現にスポンサーの連中も、それと今から共演する蟹谷新三さんも、あの海老島権三郎先生も、そしてモエコちゃんと一緒にベッドシーンを演じてくれた南狭一君も、みんなモエコちゃんのあの伝説ベッドシーンに感動してモエコちゃんに会いたがっているんだ!」
プロデューサーは興奮してこうモエコに捲し立てていた。モエコのバカはこの自分への過剰な褒め言葉ににすっかり興奮して女優になって苦節三ヶ月、ようやく苦労が報われたわ!と叫び!あのベッドシーンはモエコが命懸けで演じたもの、評価されて当たり前、みんなモエコの前にひれ伏せばいいのよと喚き出し、挙げ句の果てに三日月エリカのような実力もないくせに威張り腐った演技最悪性格最悪のゴミ女優はさっさとクビにした方が本人のため、身の程を知ればいいとプロデューサーに進言までした。プロデューサーはそのモエコの発言を嗜めるどころか、モエコに話を合わせて「モエコちゃんの力だったら、私が何もしなくても三日月なんかすぐ消えるよ。だってモエコちゃんは太陽なんだから」と媚びまくっていた。
ああ!なんてことだ!プロデューサーにおだてられてモエコはすっかりやる気になってしまった。コイツと鶴亀はどれだけモエコを食い物にすれば気が済むんだ。「じゃあ海老島先生、蟹谷さん、南くん、今からモエコをよろしゅうたのんます。モエコは下の口は勿論上の口もいけるで。なんだったらもう一つの穴も大丈夫や。ちなみに指の使い方は中洲仕込みやさかい、かわりばんこでお願いしますぅ」ああ!そうやってモエコを雑巾のように搾り尽くすのだ!
「ああ!やめろ!そんな事は俺がさせんぞ!」
「アンタなにいきなり喚き出してんのよ!このモエコの大事な時に寝てるなんてもう信じられない!あなたそれでもモエコのマネージャーなの?今すぐクビにしてもいいのよ!」
猪狩はモエコの剣幕でハッとして我に返った。見ると目の前のモエコは鬼のような目で彼を睨みつけていた。プロデューサーは場の空気を察したらしく「じ、じゃあモエコちゃんまたスタジオで!」と言って逃げるように楽屋から出ていった。
プロデューサーが去った後もモエコはずっと猪狩を睨みつけていたが、ふいに深いため息をついてから彼に声をかけた。
「あのね、アンタ。モエコのことが心配なのはわかるけど、そんな心配丸出しの顔するんじゃないわよ!そんな不安げな顔でいられたらまともな演技ができないでしょうが!マネージャーならマネージャーらしくちゃんと堂々としてなさいよ!あなたはただのマネージャーじゃないのよ!この将来の大女優火山モエコさんのマネージャーなのよ!」
何という事だろう。あの不条理なまでのわがまま娘のモエコが人を気づかうとは!猪狩はモエコの思わぬ言葉に感動すると同時に、昨夜のあの悲痛とも言える経験が彼女を成長させてしまったのかも知れぬと思い痛ましくも思った。
