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《連載小説》全身女優モエコ 芸能界編 第三十六話:真理子との約束

前話 第三十五話:モエコ号泣する! 次話 第三十七話:大人になったモエコ

 しばらく窓の外を眺めていた猪狩はふとモエコの収録を思い出し、深いため息をついて真理子の所に電話をかけた。真理子は起きていたようですぐ電話に出てきた。猪狩はまず朝早く電話をかけた事を詫び、それからモエコはどうしているか尋ねた。すると真理子は笑ってモエコが昨日沢山泣いてスッキリしたみたいで今はすごいイビキかいて寝ているよと答え、続けて「モエちゃん今日一日休めば多分明日の収録も大丈夫。私も今日仕事休みだからモエちゃんとずっと一緒にいてあげられるよ」と嬉しそうに語っていたが、猪狩はそう嬉しそうに語る彼女に対してモエコに急遽収録が入って今日丸一日拘束される事になった事を伝えるのが辛かった。

 ああ!これがモエコが純粋にその演技で注目されたが故の事だったらどんなにマシだっただろう。だがこれは注目は注目でも未成年猥褻罪で即逮捕ものの危険な注目であった。

 しかしそれでも今日の収録を伝えなければいけないので、猪狩とにかく謝りながらモエコに急遽収録の呼び出しがあった事を伝えたのだが、それを聞いた真理子は明るい声で凄いねモエちゃん!多分みんながモエちゃんを認めてくれたのよとモエコのために喜んでくれたのだが、それから続けてでも断ってからこう続けた。

「モエちゃんここ二日ずっと大変なことやってたでしょ?だから私少し心配なの。彼女を少し休ませてあげないとって。私のことなんかどうでもいいのよ。モエちゃんとショッピング行こうかな、豊島園にでも連れて行ってあげようかな、花やしきもいいかな、一緒に東京タワーに行きたいなとか、そういえばモエちゃんはまだ東京の事あまりよく知らないから、はとバスツアーに参加しようかなとか、とても一日じゃ出来ないぐらいの予定を立ててたんだけどそんな事はどうでもいいの」

「……真理子、お前友達から意外に根を持つタイプだって言われないか?」

「と、とにかくモエちゃんは難しい年頃なんだからあまり無理をさせたらいけないと思うの!モエちゃんは凄い高い理想を持っているからいつも凄く頑張るんだけどずっとそんな事してたらカラダもココロもいずれ壊れちゃう。だから猪狩さん……」

 と真理子が言った所で電話の奥から馴染みのあの大声が聞こえてきた。モエコである。

「代わりなさいよ真理子!猪狩のオヤジが朝っぱらから電話かけてきってことは撮影があるからなんでしょ!きっとそうよ!ああ!スタジオに行くのは何時間ぶりかしら!懐しすぎて涙が出てくるわ!」

 電話の向こうでこう喚いているモエコは全くいつものモエコであった。猪狩はこのいつもの喚き声を聞いてほっとした。すると電話の向こうの真理子が慌てた調子で「はは……猪狩さんの電話が目覚まし時計になっちゃったみたいね。じゃ、じゃあモエちゃんに変わるね」と言い、それから受話器のコードが巻き付いたのか鬱陶しいわね!と喚き騒々しい物音を立てながらモエコが出てきていきなりこう喋り出した。

「撮影でしょ!モエコ準備して待ってるからアンタさっさと来なさい!ああ!あの煌びやかなスタジオ!モエコに当たる沢山のライト!モエコを映すたくさんのカメラ!ああ!今すぐ行くわ!愛美ちゃん待っていて!モエコ今からあなたを演じに行くから!」

 あまりにもいつものモエコであった。見慣れたあの誇大妄想狂でわがまま娘のモエコであった。猪狩は一瞬モエコが完全に立ち直ったのかと喜びかけたが、すぐに今日から待ち受けているさらなる地獄を思い出し目の前が真っ暗になった。

「ねぇ?アンタ聞いてんの?」猪狩はモエコの大声に我に返って彼女に謝った。

「何ぼうっとしてんのよ!モエコの話はちゃんと聞きなさいよ!で、聞きたいんだけど今日の収録何すんのよ!どのシーン演じんのよ!」

 モエコの催促に対して猪狩は、鶴亀から収録の詳細について何も聞かされていなかったので、正直に現場に行かなきゃわからないと答えた。しかしモエコは私の答えを完全に無視して収録が楽しみだわあとかああ!早く愛美ちゃんのために体を清めなきゃとか散々喚き終わると「じゃあモエコ今からシャワー浴びるから真理子に代わるわ!」と言って電話から離れた。再び真理子が電話に出てきて笑いながら私に言った。

「ははは猪狩さん、モエちゃんすごいやる気になっちゃったね。結局お仕事行った方が彼女にはよかったのかな。でもさっき言いかけた事だけど……。これ以上モエちゃんを傷つけさせるような事はさせないであげて。あんなに強い子でもやっぱり普通の人間なんだよ。だからお願い私と約束して二度とモエちゃんを傷つけるような事はさせないって」

 猪狩は真理子にああ必ず守るとなんの確約も出来ていない返答をして電話を切った。結局自分は南の手からモエコを守れなかった。自分が彼女から南狭一を完全に突き放していればモエコもあんな恐ろしい事を実行しなかったのだ。そんな自分が南や彼の後からモエコを狙う海老島や蟹谷からモエコを守れるのか。いやこれから延々と並ぶであろう、年末ジャンボの宝くじのようなモエコ一等賞狙いの行列から彼女を連れて逃げおおせる事ができるのか。猪狩は考えれば考えるほど目の前が真っ暗になった。ああ!モエコよ!お前が救われる方法はどこにあるのだ!

 マンションに着いた猪狩は早速ベルを鳴らした。するといきなり昨日スタジオから帰る時に借りた衣装を着たモエコが現れた。私はモエコが借り物を我が物顔で着こなしているのに唖然として「お前それ昨日スタジオで借りたヤツだろうが!なんで着てるんだ!すぐ返さなきゃいけないんだぞ!」と彼女を叱りつけたが、モエコの奴は「これは昨日モエコのあまりに素晴らしい演技に感動したスタッフがわざわざモエコのために用意してくれた服なのよ!それを突き返せなんてアンタどういう神経してるのよ!」と逆ギレして喚いてきた。私はこのあまりにも出鱈目な主張に呆れ果てて開いた口が本当に塞がらなかった。

 それから私はモエコを見送るために出てきた真理子に出発する事を告げ、それから彼女のさっきの電話でした約束に念を押すような視線に見送られながらモエコと一緒に車へと向かった。

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