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洞窟に守られるようにして建てられたヴァラディエ聖堂

宗教という言葉が生まれるずっと前の古代より、人類は洞窟に惹かれ、聖なる場所と捉えてきました。

フランスのラスコーやスペインのアルタミラには、旧石器時代に描かれた壁画が残る洞窟がみつかっていますが、そこでは、狩猟の成功を願う儀式や、シャーマンによる呪術的儀式が行われていた可能性が高いと考えられています。

そして、その後の古代ギリシア・ローマの多神教時代や遠く離れた古代日本においても、洞窟は冥界の入り口や神々の住処と考えられました。

島根県出雲市「猪目洞窟」
『出雲国風土記』に記載のある「黄泉之穴(よみのあな)」がこの洞窟ではないかとする説があり、弥生~古墳時代に埋葬された人骨十数体や、弥生時代の貝輪や古墳時代の木製品をはじめとした多くの遺物が発見されている。

しかしながら、ヨーロッパではキリスト教が広まり、自然は「崇拝の対象」ではなく、「神が創造した被造物」と考えられるようになりました。4世紀ガリア地方で活動した聖マルティヌスは、森林を精霊の住処とする在来信仰を否定し、ケルトの人々が神聖視していた大木(聖なる森)を切り倒したという伝説が残ります。

ところが、キリスト教においても、洞窟は神聖な場所でありつづけるのです。まず、イエス・キリストは、東方教会の伝承では洞窟内の馬小屋で生まれたと解釈されており、現在、そのベツレヘムの洞窟の上には降誕教会が建てられています。さらに、カッパドキアの洞窟教会は有名で、また中世においても修道士が洞窟内で祈りと瞑想のために隠遁していました。

そして、近代のキリスト教においても洞窟は神聖な場所であり続けています。

Tempio del Valadier ヴァラディエ聖堂

この洞窟の入り口にはめ込まれるように建てられたヴァラディエ聖堂は、イタリア、マルケ州の中央アペニン山脈の峡谷に1828年に建てられました。現在は、1.5kmほど離れた場所に1971年にヨーロッパ最大級のフラサッシ鍾乳洞が発見されたため、観光客が訪れる場所となりましたが、この教会が建てられた当時、この地は、まさに隠遁するのにふさわしい人里離れた場所であったと思われます。

ヴァラディエ聖堂のあるアペニン山脈フラサッシ峡谷

この教会は、この地ジェンガで生まれたローマ教皇レオ12世が、建築家ジュゼッペ・ヴァラディエに依頼して建てたと、教会内に説明書きされており、現在ヴァラディエ聖堂と呼ばれていますが、Wikipediaには、最近のアーカイブの研究により、建築家はヴァラディエではなかったと書かれています。

いずれにしろ、このヴァラディエ聖堂は、レオ12世の命で建築され、在位5年目に完成し、記念のメダルがつくられています。

八角形の平面が、きわめて特徴的なこの聖堂は、白く輝く地元で採れたトラヴェルティーノ石の壁面に鉛で覆われたクーポラがのせられているシンプルな調和が美しい新古典主義建築です。

教会内部
地元のアラバスターでつくられた祭壇とカノーヴァの工房作と考えられている白大理石の聖母子像コピー(本物はジェンガ博物館所蔵)

キリスト教建築で八角形と言えば、フィレンツェのサン・ジョヴァンニ洗礼堂のように洗礼堂や洗礼盤を思い起こします。古い自分が死に、新しい存在として生まれる儀式が行われる洗礼堂や、または洗礼盤に、八角形が用いられたのは、聖週間に続く8日目の日曜日にキリストが復活したことに由来し、8は復活、再生の象徴であったからです。

また、古代より、天を象徴する円と、地を象徴する正方形の中間に位置する八角形は、天と地をつなぐ形、神的世界と人間世界の移行点であると考えられてきました。

そして、洞窟もまた古代より冥界や異世界への入口とされ、循環、再生のシンボルであったのです。

ヴァラディエ聖堂は、洞窟という原初的な聖性の場に、この八角形を据えることで、古代から受け継がれてきた再生のイメージと、キリスト教の復活の思想とを、ひとつの空間の中で重ね合わせているのではないでしょうか。

サンタ・マリア・インフラ・サクサ修道院

ヴァラディエ聖堂のすぐ近くには、サンタ・マリア・インフラ・サクサ修道院があります。インフラ・サクサとは、ラテン語で「岩壁のあいだ」という意味で、まさに岩壁の一部を削りそこに組み込まれるように建てられています。イタリア語ではEremoエレモ(隠者の住居)と呼ばれるこの修道院の歴史は、ヴァラディエ聖堂よりずっと古く1029年には文献に登場し、ベネディクト会の修道女が住んでいた出入り禁制の女子修道院であったと言われています。

サンタ・マリア・インフラ・サクサ修道院内部

これらの洞窟には、かつて、10世紀にハンガリー人の侵入によって故郷を追われた地域住民たちが避難していたと言われています。教会の建設時には、周辺から埋葬された人骨の痕跡が発見されたほか、パン焼き窯や穀物の貯蔵庫といった古代の生活施設の遺構もみつかっています。

ヴァラディエ聖堂やサンタ・マリア・インフラ・サクサ修道院は、標高582mに位置し、標高255mの駐車場から上り坂を登った先にあります。夏に訪れる方は、お水をお忘れなく!

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