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世界一「健康」な国で、なぜ子どもたちは苦しいのか。——ユニセフ報告書が問う「生存」と「尊厳」


日本は「世界一、子どもが健康な国」

ユニセフの最新レポート(レポートカード19)で、日本の子どもたちはある分野で世界1位を獲得しました。
それは「身体的健康」です。
これは素晴らしいことです。
しかし、ここで少し冷静に中身を見てみる必要があります。

この「健康」とは、一体何を基準にしているのでしょうか?
実は、このレポートで使われている指標は、たったの2つです。
1. 「死なないこと」(5〜14歳の子どもの死亡率)
2. 「太っていないこと」(5〜19歳の過体重・肥満の割合)

日本はこの2つの数字が圧倒的に優秀なため、世界1位と評価されました。

蛇口をひねれば清潔な水が出る。
医療制度が整っている。
給食がある。
こうしたインフラのおかげで、日本は「世界で一番、子どもが死なない国」であり、肥満のリスクも低い国であるようです。

しかし、逆に言えば、このランキングが保証しているのは「生物として生存している」「標準体型である」という、最低限の土台だけなのです。

睡眠不足や、視力の低下、あるいは「痩せすぎ(摂食障害など)」といった問題は、この「健康1位」の数字には反映されていません。

そして何より衝撃的なのは、その一方で「精神的幸福度」は38カ国中32位という事実です。

「体」は世界で一番健康(死なない・太ってない)なのに、「心」は世界最低レベルで追い詰められている。
世界で一番「死なない国」なのに、多くの子どもたちが「死にたい」と願ってしまっている。


この巨大なパラドックス(矛盾)を、私たちはどう受け止めるべきでしょうか。

※ここからは、SSW(スクールソーシャルワーカー)として現場に身を置く私が、この数字の裏に何を感じているのか、私なりの「考察」を綴りたいと思います。

「無菌室」のような社会の息苦しさ

日本が世界1位になった理由は、徹底した「衛生管理」と「社会システム」の賜物なのではないかと思うのです。

今日食べるものがない、水が飲めないといった「絶対的貧困」は、日本では極めて稀です。
しかし、日本の子どもたちを苦しめているのは、みんなと同じ生活レベルが保てないという「相対的貧困」だったりします。
日本は、世界で最も「清潔さ」や「普通であること」の基準が高い国なのではないかと思います。

だからこそ、そこから少しでも外れることが、致命的な傷になります。


例えば、「お風呂」を想像してみてください。
水が貴重な国であれば、数日お風呂に入らなくても、それは「日常」であり、誰からも指差されることはありません。
でも、ここ日本はどうでしょうか?
毎日お風呂に入り、清潔な服を着ることが「当たり前」のこの国で、もし家庭の事情でそれができなかったら。
それは単なる不衛生では済まされず、学校という集団生活の中で「あいつは汚い」「普通じゃない」というレッテルを貼られ、いじめや排除の対象になってしまうことだってあるかもしれません。

身体を守るための完璧な「衛生」が、皮肉にも子どもたちの心を追い詰める高い「壁」になりえるということです。

まるで「無菌室」のように、ウイルスも入ってこない代わりに、異物や汚れが一切許されない。
そんな「潔癖すぎる社会」の不寛容さが、子どもたちの首を真綿で締めるように苦しめているのではないでしょうか。

「幸せ」のハードルが高すぎる

さらに残酷なのは、この恵まれた環境が、子どもたちにとっては「感謝すべきこと」ではなく、「ただの当たり前」になってしまっていることです。
生まれた時から清潔で、安全で、ご飯がある。
それは彼らにとって「プラス(幸福)」な出来事ではなく、息をするのと同じ「ゼロ(標準)」の状態です。
世界的に見れば奇跡のような環境でも、それを知らない子どもたちにとっては、それが「最低ライン」なのです。

「最低ライン」がこれほど高いと、どうなるでしょうか。
普通に生きているだけでは「幸せ」を感じることはできません。

テストで言えば、最初から100点を取って当たり前。
そこから少しでもつまずいたり、学校に行けなかったりしただけで、一気に「マイナス(転落)」だと感じてしまう。

生きているだけで丸儲け」という感覚が、今の日本の子どもたちには、とても持ちにくいのです。

何一つ不自由のない環境が、皮肉にも「幸せを感じるハードル」を極限まで上げ、「失敗したら終わり」という減点方式のプレッシャーとなって、子どもたちを追い詰めているのかもしれません。

最後に、弟くんに聞いてみた。

色々と難しいことを考えてしまいましたが、ふと気になって、我が家の弟くんに聞いてみました。
「ねえ、あすで弟くん、あなたは今、幸せ?」
すると彼は、きょとんとしてこう言いました。

「うん、幸せだよ。
だって、生きてるだけで幸せだし。
生きてなかったら、幸せも感じられないじゃん。
それに辛いことがないとそれが幸せだってわからないから、時に辛いこともあるんだよ。」


……まいりました。
その通りです。


ユニセフのレポートでは、「身体的健康(生きていること)」と「精神的幸福度(幸せであること)」は別の項目として扱われ、そのギャップが問題視されています。
でも、子ども本人の感覚は違いました。

「生きていること(身体的健康)」こそが、「幸せ(精神的幸福)」の土台そのものだって知っているのです。

私たち大人は、
「お風呂に入らなきゃ」
「平均点を取らなきゃ」
「空気を読まなきゃ」

と、勝手に「幸せになるための条件」をどんどん付け足して、ハードルを上げて、勝手に絶望しているだけなのかもしれません。

子どもたちは、教えられなくてもその真理を知っていたのです。
それを、私たち大人の作る社会が、少しずつ歪めてしまっていたのかもしれません。
「もっと幸せになりたい」と願うあまり、目の前にある「生きている」という奇跡が見えなくなっているのは、私たち大人の方なのかもしれません。


最も「死なない国」に生まれた私たちは、それだけで本当は、とっくに満たされている。
そのシンプルな事実に、もう一度立ち返ること。
大人がその事実に気がつくこと。
それが、清潔で、健康的で、でも少し息苦しいこの国で、私たちが幸せを見失わないための唯一の方法なのかもしれません。

【引用・参考資料】
公益財団法人 日本ユニセフ協会
ユニセフ・イノチェンティ研究所 レポートカード19
『予測できない世界における子どもたちのウェルビーイング』(2025年)
https://www.unicef.or.jp/report/rc19_jpnhighlights.html

ユニセフの報告書から思うことのパート1️⃣はこちら
⬇️


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