心と言葉の日本語文法(3)学校国文法は「英文法の翻訳版」である
私たちは中学や高校の国語の時間に日本語の文法を教わった。「学校国文法」と呼ばれるものである。
この学校国文法に対して、かなりの数の言語研究者が「役に立たない」「まちがい」と主張している。
たとえば、著名な日本語文法学者である北原保雄は著書で次のようにいう。
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「明治以降の文法研究の流れは、大きくいうと、大槻文法から橋本進吉に繋がる線が1つある。これは非常に形式的な、言語形式を重視する文法である。それに対して、言語の内容を見るというのが、松下大三郎、山田孝雄、それから時枝誠記の線である。
学校文法は橋本文法を基本とするが、それは橋本文法が単純でわかりやすいからだと思う。
しかし、「~が」も「~は」も、さらに「~さえ」も「~こそ」でも、動作主体を表すものはすべて主語だという。
これでは、何も見えてこない。文節についても、日本人なら文法を知らない者でも「ね」を入れて切ることができると言うが、それは、日本人であれば、日本語の意味がわかるからである。
決して形式の方に繋がる必然性があるのではない。意味を無視して文法は語れないのである。」
(『表現文法の方法』 北原保雄、大修館書店、p.65)
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学校で公式に教えられていることに専門家が異を唱える――まさしく異常な出来事だといわざるを得ない。
じつは、明治以来日本の学校で教えられてきている学校国文法とは、英文法の影響をきわめて強く受けた、非常に乱暴にいってしまえば「英文法の翻訳版」といえるものである。
明治30年代の中盤(西暦1900年前後)、大槻文彦という言語学者が中心となって、わが国の学校国文法は最初の完成をみた。
イギリスでの学校文法にあたるMurray文法の完成が1795年であるから、イギリスからは、およそ100年の遅れである。
ちなみに大槻文彦は、あの蘭学の入門書『蘭学階梯』を著した蘭学者、大槻玄沢の孫である。
