心と言葉の日本語文法(11)日本語文の分析(3)「ちょっと、ないようですねえ」(1)
【例3】
ちょっと、ないようですねえ。
【解説】
相手に対する態度を言語的に必ず示さなければならないという日本語の特徴は、日本人にとっては自然なことであるが、世界的にみると特殊な言語形式であるといってよい。
英語を含む西欧語だけではなく、中国語でもこうした言語形式は存在しない。
もちろん、コトに対する態度表明はどの言語でもおこなうのであるが、相手に対してこれほどまでに「気遣い」をする言語は、ほとんどないだろう。
中国人の日本語学者である彭飛(ポンフェイ)氏は、次のような逸話を紹介している[1]。
あるとき、ポンフェイ氏がお店に入って「××はありませんか?」と尋ねたところ、そこの店主が店の中をひととおり探したあとで「ちょっと、ないようですねえ」と答えた。
ポンフェイ氏は、この店主の言葉にとても驚いた。
というのは、店主はポンフェイ氏の目の前で店中を探して、それでも品物はなかったのであるから「ありません」で十分ではないのか。
ところが、実際には「ちょっと、ないようですねえ」――日本語の勉強をはじめたばかりのポンフェイ氏には、この「ちょっと」が何なのか、「ようですねえ」がどういう意味なのかが、まったくわからなかったのである。
日本人であれば、上のような状況で店主が「ありません」とはいわないことは自然に納得できる。
「ありません」ではあまりにそっけなさすぎて、その品物を探している相手の気持ちを逆なでするような気がする。
自分が客だったらそういう言い方はされたくないとも思うだろう。そこで、相手を少しでもがっかりさせないようにと気を使って「ちょっと」「ようですねえ」をつけるわけである。
日本語人としてはとても自然な発想であるが、それ以外の文化の人間たちにとっては(西欧人だけでなく中国人などアジア人も含めて)そうした発想は自然ではないということを私たちは覚えておかなければならない。
ただし、これは日本語人以外の人間が「気遣い」をできないということでは決してない。
日本語人以外は、別のかたちの言語形式で気遣いを表現できる。
上の例でいえば、「ちょっと、ないようですねえ。」に近い英語表現としては、I’m sorry, but we don’t have any stock here.などが挙げられるであろう。これであれば「ちょっと」「ようですねえ」に表された気遣いの一部が、英語でも伝わるはずである。
ちょっと、ないようですねえ。
I’m sorry, but we don’t have any stock here.
もちろん、I’m sorryと「ちょっと~のようですねえ」では気遣いの質や量がまったく違うので、一対一対応ではない。
「いまの成績では○○大に合格するにはちょっと苦しいようですねえ。」の「ちょっと~のようですねえ。」に対してI’m sorryは使えない。
I’m sorryを使うのは、非常に明白な気遣いの場面であって「ちょっと、~ようですねえ」にような「ちょっとした」気遣いの場面ではないのである。
[1]『日本人と中国人とのコミュニケーション―「ちょっと」はちょっと…ポンフェイ博士の日本語の不思議』、彭飛、和泉書院
