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【シロクマ文芸部】休みの日【2000字小説】

「休みの日って、薫子は何してんの?」

と、美吉さんが急に言い出して、私はため息を吐いた。

「やめてくださいよ、興味もないのに聞いて来るの」
所属しているバレエ団での、朝のレッスンが終わったところだ。
「美吉さんに、会話の糸口が見つけられないおじさんみたいなことを言われる日が来るなんて、ショックだ」
「おま……それは失礼でしょ。傷ついたよ」
美吉さんはがっくりと肩を落とした。
そんな芝居じみた仕草も、彼にかかると様になるのが腹立たしい。

10歳年上の美吉さんは、私が本格的にバレエダンサーを目指すようになった頃にはもう、海外でプロとして踊っていた。

若き天才、美吉良太。

そう呼ばれて、第一線で活躍し続けてきた。
いつの間にか“若き”ではなくなっているかもしれないけれど。それでも天才だ、相変わらず。
そんな人と、こんな雑談ができるようになってしまうとは。中学生の自分に言ったら信じないかもしれない。

「美吉さんこそ、休みの日は何してるんですか」
「それって本気の質問?」
「勿論です。私、美吉さんのファンなんで」
「毎回言うじゃん、それ」
美吉さんは、私がファンだと言うと苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「事実なので。というか、うちのカンパニー、全員美吉さんのファンですよ、当たり前すぎてわざわざ言わないだけ」
今も、レッスン場の外から視線を感じる。
振り返ると休憩中の後輩たちが、扉越しにこちらを覗いていた。
気になるなら入ってくればいいのに、と思うけれど、まあ、言うほど簡単じゃない。団内には、暗黙の階級とでも言えばいいのか、そういう上下関係があって、新人の内は憧れの先輩に自分から声をかけにいくなんて、なかなかできないだろう。

美吉さんを独り占めできてしまっていることへの優越感を、ぐぐっと押さえつけて「ほら、あの子たちも」と、扉の外の後輩たちを見るよう、美吉さんを促した。
「さっきからずっとあの調子ですし」
話しかけてあげてくださいよ、とまでは流石に言えないでいると、
「あの子たちは、薫子と喋りたいんだよ」
と、美吉さんが呆れたように言った。

「いやいやいや、それはないです。私なんて珍しくないし」
「俺が珍しいだけみたいな言い方すんのやめい」
「珍しいは珍しいですよ! まさか“美吉良太”と日本でレッスンできるとは思ってませんでしたよ、私は」
夢のような日々だな、と毎日思っている。
ずっとずっと憧れていたのだ。そんな人間が今、目の前にいる。
この時間は一時的なもので、美吉さんが関わっている公演が終われば、また帰ってしまうのだろうけれど。
そこまで考えて、ちょっと気落ちする。
貴重な時間なのだ。
ずっと続けばいいと願っていても、いつか終わってしまう子どもの頃の夏休みみたいに。

勝手に落ち込んだのを悟られたくなくて、トゥシューズの具合を気にしている振りをした。そうしてうつむいている頭の上を、美吉さんの声が通り過ぎる。

「俺は、夏休みのワークショップに来てた中学生と、いつか一緒にレッスンする日が来るんだろうな、とは思っていたけどね」

びっくりして思わず顔を上げた。
美吉さんは、いたずらが成功したような顔をしている。
言われた言葉をうまく消化できずに固まってしまう。
覚えてるんですか?と言うのが恥ずかしくて、
「まさかと思いますけど、覚えてるとか言わないですよね」
と、我ながらひねくれたことを口走っていた。
途端、美吉さんは笑顔を引っ込めて、思い切り顔をしかめた。
「お前、その変に思い切りよく後ろ向きなとこなんとかしたほうがいいぞ、踊りに出る」
「え、気を付けます」
慌てて答えると、美吉さんは満足げに頷いて、
「素直でよろしい」
と言った。
私はといえば、まだ信じられない気持ちでぼんやりとしている。

「転んで泣き出した子の面倒を、自分だって参加者の癖によくみてくれたよな」
ああ、そんなことがあった。
中学2年の時、海外のバレエ団が主宰だった、特別公演のオーディションも兼ねた夏休みのワークショップ。
年下の、名前も知らない子が泣きだしてしまって、会場の隅に連れて行って必死に宥めたのだ。そのせいとは思わないけれど、私も彼女もオーディションには通らなかった。
あの時、美吉さんも講師の中にいた。私はそれを目当てに参加したのだから。お手本を踊ってくれる美吉さんは、最高にかっこよかった。
「お人よし過ぎて大丈夫かと思ったら、自分の番だと案外強気でどんどん前に出てくるもんだから。こういう奴はプロになれるって思ったよ。アームスの動きが綺麗だった」
聞いてるか、中学生の私。
美吉良太が褒めている。あの頃の小さなバレリーナの君を。
「オーディションは落ちましたけど」
「でも、今ここにいるだろ。そのほうがよっぽどすごい」
頑張ったなあ、なんて月並みな言葉で泣きそうになる。
「頑張りました」
「うん」
「ものすごく頑張りました」
「わかってるよ」
そう言うと、美吉さんは、私の頭をタオル越しに撫でた。

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画像はみんなのフォトギャラリーからお借りしました。



#シロクマ文芸部

今週もシロクマ文芸部さんにお邪魔しております。


今週は「休みの日」でした!


シロクマ文芸部さんに参加させていただくのは、今回で8回目。
今回も楽しく参加させていただきました。感謝です。

シロクマ文芸部では、というかnoteでは久しぶり?のバレエものでした。

美吉さんは、ずーっと四四田の頭の中にいるダンサーなのですが、今回初めて外に出したかもしれません。頼りになる兄貴なんです。
これからも美吉さんを書けたらいいなというか、書きたいです。


前回のシロクマ文芸部提出物はこちら

これまでシロクマ文芸部に提出したバレエものはこちらです。


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