【noteでBL】桃色じゃない片想い【3000字小説】
ジャンル
日常系
あらすじ
庭師の「俺」は、都心部にあるとは思えない日本庭園を有した寺の庭仕事で出会った、若き美貌の住職・泉田に一目惚れをした。
ある日、直属の“先輩”が不在のまま、一人で仕事に行くことになり、思いがけず泉田と二人きりの時間を過ごすことになる。
近づけそうで、近づけない憧れの想い人との、特別な時間。
けれど、ふとした会話の中、それまで気が付かないで済んでいた「誰か」の気配に気づいてしまう。
泉田には似合わない鼻歌の選曲は“桃色片想い”。
桃色じゃない片想い
聞こえて来たのは『桃色片想い』だった。
はしごの上から、声のしたほうへと首を伸ばす。
少し離れたところ、山門の前の石段のあたりで、竹ぼうきを持った藍色の作務衣が見える。
距離があるから、曲が合っているかはわからない。
でも多分。そうじゃないかな、と思う。
風に乗って切れ切れに聞こえてくる鼻歌。
正直、意外だ。
この人が『桃色片想い』を歌う、というイメージがなかった。
「いや、歌ってませんよ」
歌っていた張本人は、俺の指摘にきょとんとした顔をした。
都心部にあるのが嘘のような、純和風の日本庭園。
それを臨む縁側に腰かけて、美貌の僧侶、泉田さんは、優雅にお茶を飲んでいる。
彼と揃いの湯呑を手に、俺も縁側に並んで座る。
朝10時。
おやつの時間。
「緑風苑さんどうぞ」
と、声をかけられて、庭仕事の手を止めたところだ。
(今日も“緑風苑さん”か……)
なんて、ほんの少しがっかりしてしまう。
仕方ないことだ。
泉田さんは庭の整備をあくまでも、造園業“緑風苑”に依頼をしているだけで、俺たち庭師を直接雇っているわけじゃない。
どの職人が来ても、同じように会社名で呼んでいるのだろう。
ここの仕事は、長らく俺の直属の上司である夏川先輩がメインでやっていて、その先輩だって“緑風苑さん”と呼ばれているのだ。
だからべつに構わない、そう思ってはいる。
それでもやっぱり、
(名前で呼んでもらえたりは……)
しないだろうか、とも思うのだ。
頼めば呼んでもらえるかもしれないけれど、そうじゃなくて。
頼んで呼んでもらうんじゃなくて。
たくさんいる職人の一人だ、と思われるんじゃなくて、特別な一人として見てもらえたら。
なんてことを考えかけて、ぶんぶんと頭を振る。
誤魔化すように出された和菓子を頬張った。
一口で丸のみにすると、クスクスと笑い声がする。
「そんなに焦って食べて。お腹が空いてらしたんですか?」
笑われたことが、気恥ずかしいような、嬉しいような、何とも言えない心地だ。
どう返事をしたらいいのかわからなくなって、
「これ、おいしいですね」
と当たり障りのないことを言った。
嘘だ。丸のみしたせいで、味なんてほとんどわからなかった。
「口にあったなら良かった。いただきものなんです。旅行に行ったそうで」
そう言われると、どこかで見たことがある気がした。
俺が見たことがあるんだから、多分、有名なやつなんだろう。
「檀家さんからのお土産ですか?」
「ええ、まあ。そんなところで」
泉田さんは、にこりと微笑んだ。
泉田さんが住職をしている寺に、一人で来るのは今日が初めてだ。
いつもは先輩と二人で来るけれど、今日はよその現場で何か問題が起きたらしくて、先輩は急遽そっちに駆り出された。
それを喜んだりはできないけれど、ひそかにお近づきになれたら、と思っている相手との二人きりのチャンスを、少しくらい喜んでも罰は当たらないと思いたい。
一年前、初めて先輩に連れられてこの寺の庭仕事に来たときに、出迎えてくれた泉田さんがあんまり綺麗で、一目惚れをしたのだ。
ぼうっと見惚れていたのは多分、先輩にはバレていて、帰り際、車に乗り込むときに、
「仕事の手は抜くなよ」
と、怖い顔をされた。
仕事の手は抜かない。
何ならどこよりも丁寧にやるつもりだ、なんて。そんなことを言ったら、それはそれで雷を落とされそうだけれど。
先輩は、俺が見習いでつくようになるまで、この寺にほとんど一人で来ていた、と聞いている。
こんな綺麗な人といて、先輩は何とも思わなかったのだろうか。
いや、あの人に限ってそれはないか。
いつもしかめ面をした強面の先輩は、出張土産もきっちり買ってくるし、俺の誕生日も把握して声をかけてくれるし。見た目に反してマメで優しいことは、知ってはいるけれど。
浮いた噂ひとつない、堅物なのだ。
先輩は、泉田さんにも仏頂面でいて、ほとんど口をきかない。
いつも内心ひやひやしているのだけれど、今日はそんな心配をする必要もないわけで。
俺はすっかりくつろいだ気持ちになった。
そうして、
「さっき歌ってましたよね、『桃色片想い』」
と、聞いてみた。
泉田さんは意識していなかったのか、きょとんとした顔をした。
可愛い、と条件反射で思ってしまう。
「いや、歌ってませんよ」
「歌ってましたよ、鼻歌ですけど」
思い当たる節があったのか、泉田さんの肩がぴくりと動いた。
そうして、少し気まずそうに、
「鼻歌は歌じゃあないでしょう」
と言った。
「やっぱり歌ってたんじゃないですか」
俺は思わず笑ってしまう。
「カマをかけたんですか?」
「違いますよ。ちゃんと聞こえました。けど、最初は歌ってないって言ってたのに、思い当たる節があるんだなと思って」
「人の癖が移ったんです」
悔しそうに顔をしかめながら、彼はしぶしぶと言った。
「というか、緑風苑さんまだお若いのに。『桃色片想い』なんて、知ってるんですねえ。世代が違うでしょう」
悔しそうなのは一瞬のことで、今度は感心したように言うのが、なんだかおかしい。
「若いって、泉田さんだってそんなに変わらないじゃないですか」
「そんなことないですよ。緑風苑さんより十歳上になります。何しろ私は夏川くんよりも四つばかり上ですから」
返ってきた言葉が予定外で、俺は固まってしまった。
「……え?」
「結構年上でしょう? 若く見られがちなのは、私に貫録がないからですよねえ。不甲斐ない」
「いや、そんなことは、」
泉田さんの口から飛び出したのは、先輩の名前で、俺はなぜだか動揺してしまう。
いや、それよりも。
どうしてこの人は、俺の年を知っているのだろう。俺と、先輩の年を。
「あ、失礼。電話が」
そう言って、泉田さんが立ち上がりながらスマホを取り出す。
通知先を確かめたらしい彼の唇の端が、かすかに上がったように見えた。
「もしもし?」
泉田さんが応じた電話の向こうで、馴染みのある声がした気がするのは、聞き間違いだろうか。
聞き耳を立てるのは、さすがにマナー違反が過ぎる。だから聞くべきじゃない。そう思うのに。
「はい、どうしました?」
電話をしながら部屋の奥へと向かうその後ろを、着いていきたい気持ちになる。
「何にもありゃしません。くだらないこと言ってないでさっさと仕事に戻りなさいよ。こっちに来れないようなことが起きて、後輩ひとりに押し付けてるんでしょう」
遠のいていく声を追いかけて、首を伸ばして覗こうとすると、突然、びっくりするほどの音量で、泉田さんの笑い声がした。
「何を言い出すかと思ったら!」
こんなに大きな声で、こんなにけらけらと笑うのか、と驚いてしまう。
「それじゃさしずめ、僕が団地妻ですか。留守宅が心配な亭主を気取るんなら、きっちり働いてさっさと帰って来なさい、タケルくん」
ーータケルくん。
電話の相手を呼んだ声が、やけに甘ったるく耳についた。
奥から、泉田さんが戻ってくる。
姿勢を取り繕う暇もなく、縁側に身を乗り上げた格好の俺を見ると、泉田さんは驚いた顔で目を瞬いた。
「その、今の電話の相手って……」
それ以上言葉が続かない俺に、泉田さんはにこりと微笑むと、
「今日は、おひとりで頑張ってもらうしかなさそうですねえ」
と、言った。
「あちらはあちらで大変そうです」
そうして、空になっていた湯呑や皿を、綺麗に片付けていく。
その様子をぼんやり眺めながら、松浦亜弥の『桃色片想い』を、先輩が忘年会のカラオケで歌っていたな、と。
今思い出さなくてもいいようなことを、思い出した。
ご挨拶
お読みいただきましてありがとうございました、四四田です。
noteでBL。
今回のお題は、
「桃色片想い」「旅」「今、そこにある危機」
でした。
詳しい話は、このあと出すつもりのあとがき記事に託すこととして。
泉田さんはじつは出てくるの二度目だったりします、ってことだけ。
都心にある小さい寺を一人で切り盛りしているお坊さん、です。
美人らしいということが今回判明しました。
bio欄に偽りのないよう、今年はお坊さん多めに書いていきたい。
そんな決意のnoteでBLでした。
※見出し画像はみんなのフォトギャラリーからお借りしました。
