『デイ・アフター・トゥモロー』2004年公開|ドイツ人監督エメリッヒが仕込んだアメリカ批判と気候変動の予言
2004年という年をひとつの映画から語るなら、やはりこの作品から始めるしかない。
デイ・アフター・トゥモロー。
世界興行収入5億4,400万ドル、
日本では公開から3週連続で興行成績1位、
興行収入52億円という数字が示しているのは、単なる娯楽映画のヒットではなく、
世界中で「都市が壊れる」というイメージが
強く共有されていたことを示している。
9.11から3年、都市が壊れるという映像はもう
フィクションの中だけの出来事ではなくなっていた。
ニューヨークという街が絶対に壊れないという
神話が崩れたあとの世界で、この映画は都市を
3段階で破壊していく。
当時、劇場の暗闇でこの映画を観ていた人間の
多くは、単純に迫力あるパニック映画として楽しんでいたはずだ。
しかし今こうして振り返ってみると、この映画が公開された2004年という年そのものが、世界がまだ立ち直りきっていない時期だったことがわかる。
破壊のスペクタクルを求める観客の欲求と、
実際に都市が壊れる可能性を本気で恐れ始めていた社会の空気が、ちょうど同じタイミングで
重なっていた。
序盤、ロサンゼルスを巨大な竜巻の群れが襲い、ハリウッドの街並みが引きちぎられる。
最新のVFXによる合成の継ぎ目を感じさせない
仕上がりで話題になった。
中盤、ニューヨークを異常な高さの高潮が飲み込む。
自由の女神が波にのまれかける場面は、
公開前から予告編の目玉として使われ、
9.11後の観客に都市の脆さを直接突きつける演出になっていた。
そして終盤、街ごと氷に閉ざされる。
スコットランドでは水温の急激な低下が観測され、油が凍ってイギリス軍のヘリコプターが墜落する。
寒さそのものを視覚的な脅威として描く発想は、それまでのディザスター映画にはあまりなかった切り口だった。
東京に降る岩のような巨大な雹も印象的だった。一方、
冒頭で崩れる南極の棚氷は、公開の2年前に実際に崩壊したラーセンB棚氷を踏まえたものであり、この映画に完全な絵空事ではないという
説得力を序盤から刷り込んでいた。
主人公は気候学者のジャック・ホール、
演じるのはデニス・クエイド。
氷床を採取して古代の気象を再現するという
地道な研究者として登場し、劇中で誰よりも早く氷河期の到来を予測する。
ニューヨークに取り残された息子サムを演じるのがジェイク・ギレンホールで、当時まだ若手だった彼の全国区での知名度を一気に押し上げた作品でもある。
サムは想いを寄せる同級生ローラを救うため、
漂着したタンカー船まで薬を探しに行くという
冒険を挟み、同行のフランクは仲間を守るため
自らロープを切って命を落とす。
派手なスペクタクルの裏で、生死の選択を突きつける小さなドラマを丁寧に積み重ねているのが
この脚本の特徴だ。
図書館に取り残された生存者たちが本を燃やして暖を取る場面も印象深い。
一方、病院に残っていたジャックの妻ルーシーもまた別の避難劇を背負い、間一髪でメキシコへの避難に成功する。父と息子、そして母。
3人がそれぞれ違う場所で生死の境を
さまよいながら、最後に同じ場所へ戻ってくるという構成が、この映画の家族劇としての強度を
支えている。
科学考証については公開当時から批判が強かった。
数日で氷河期に突入するという展開は、
現実の気候変動が数十年から数百年単位で進む
現象であることを考えれば明らかな誇張であり、批評サイトのロッテン・トマトでは支持率45%、メタクリティックでは100点満点中47点と、
評価は決して高くなかった。
それでもこの映画が刺さったのは、科学的な正確さよりも感情の正確さが優っていたからだろう。
2005年にはAFP通信が、映画ほどの急激さはないものの今後十年単位でヨーロッパの平均気温が4度低下する恐れがあるという科学者の見解を報じており、
後年、監督のエメリッヒ自身も、
このガルフストリーム減速説が
英国の科学者によって確認され
「デイ・アフター・トゥモロー効果」と
呼ばれるようになったと語っている。
誇張された作品が、結果として現実の気候変動議論の入り口になったという逆説がここにある。
当時劇場でこの映画を観ていた人間の多くは、
科学の話としてではなく、天気が急に牙を剥くという単純な恐怖として受け止めていたはずだ。
その素朴な恐怖のほうが、精密な予測モデルよりも長く記憶に残るということを、
この映画は結果的に証明してしまったとも言える。
この映画を語るうえで外せないのが、
監督ローランド・エメリッヒという人物の
立ち位置だ。
彼はドイツのシュトゥットガルト出身で、
アメリカで活動する移民監督である。
インデペンデンス・デイでホワイトハウスを、
ゴジラでニューヨークを繰り返し破壊してきた「ハリウッドの破壊王」だが、
本人は後年、政治的には自分は左寄りだった、
それをずっと気にしていた。
だからアメリカをかなり批判する映画としてこの作品を撮った、という趣旨のことを語っている。ハリウッドの中では自分をアウトサイダーだと思いたいという発言も残している。
一見すると愛国的なアメリカ賛歌に見える初期作品ですら、研究者の間では、ドイツ人監督が抱えていた屈折した愛国心の安全な発散先だったのではないかという説がある。
つまりこの監督は、アメリカの内側にいながら
どこまでもアメリカの外側の目を持ち続けていた人物だったということになる。
ハリウッドのシステムの中で成功を収めながら、そのシステムそのものを外から眺める視線を捨てなかった。
デイ・アフター・トゥモローという作品が、
単なるパニック映画のフォーマットに収まり
きらない後味を残すのは、この二重の立ち位置が脚本の随所に染み出しているからだろう。
裏テーマとして流れていたのが、ブッシュ政権への批判だった。
劇中の副大統領レイモンド・ベッカーは、
ジャックが再三にわたって異変を報告しても取り合わず、大統領も限界までホワイトハウスに留まった末に避難中のヘリごとスーパー・フリーズに巻き込まれて死亡する。
結果的に一足先にメキシコへ逃げていたベッカーが大統領に昇格するという展開そのものが、
京都議定書からの離脱という現実の政治への
当てこすりになっている。
イラク戦争が泥沼化していた2004年という
公開タイミングそのものが、すでにひとつの
メッセージだったとも言える。
もうひとつ象徴的なのが、アメリカ人がメキシコへ避難するという逆転の演出だ。
普段は南から北へ向かう人の流れが、
この映画では完全に逆になる。
物語の終盤、大統領となったベッカーは避難先で自国民を受け入れてくれた発展途上国への感謝と、先進国こそが環境問題に率先して取り組む
べきだという趣旨の演説を行う。
アメリカが世界を守るという幻想が崩れたあとに、逆に助けられる側に回るという展開そのものが、この映画の政治的な核になっている。
ここにもドイツ人監督だからこそ持てた、
アメリカ中心主義への皮肉な視線が透けて見える。
エメリッヒは後年の2012でも似た構造の破壊を繰り返しており、この映画で見せた政治的な仕掛けは一過性のものではなく、
彼のフィルモグラフィ全体を貫く姿勢だったこともうかがえる。
日本での受容のされ方も興味深かった。
怖いという感想より、切ないという感想のほうが多く語られていたように記憶している。
父と息子が氷の街の中でようやく再会するラストは、世界規模の喪失を家族という最小単位に着地させる構造になっている。
文明が壊れたあとに残るのは、知識と家族しかないという結論が、派手な特撮の奥にひっそりと
置かれていた。
日本語吹替版のエンディングにはavex traxから「day after tomorrow」というグループの楽曲が
起用されており、字幕を戸田奈津子が手がけていたことも含め、当時のこの規模の大作を追いかけていた層には馴染み深い記憶だろう。
劇場の暗闇の中で、都市が凍りついていく映像を見ながら、隣にいる家族の存在をふと確認したくなる。
そういう感覚を持って劇場を出た観客は、
当時少なくなかったはずだ。
世界が壊れる話のはずなのに、見終わったあとに残るのは、隣にいる誰かとの距離の近さだったという逆説がこの映画にはある。
あの頃、この映画は少し大げさな終末映画として観られていた面がある。
しかし20年以上が過ぎた今、異常気象も
気候変動も現実のニュースになっている。
2004年にスクリーンの向こうで描かれていた
未来は、気づけば私たちの日常へ少しずつ近づいてきている。
2004年の日本では、恋人の死や記憶の喪失を
描いた作品が国民的な共有体験になっていた年でもあった。
世界規模の喪失と、個人規模の喪失。
スケールはまるで違うのに、
感情の波形はどこか重なって見える。
2004年は、
世界が終わることよりも、
世界が壊れることを現実として受け止め始めた年だった。
世界を救えなくても、
隣にいる誰かは守れる。
この映画が最後に残したのは、
氷河期ではなく、
人間のぬくもりだった。
だからこそ、
この作品は2004年という
時代を映した映画として、
今も色褪せないのである。
#デイアフタートゥモロー #ローランドエメリッヒ #2004年 #気候変動 #地球温暖化 #パニック映画 #ディザスター映画 #ジェイクギレンホール #デニスクエイド #洋画レビュー #映画レビュー #カルチャー回顧 #2000年代カルチャー #京都議定書 #ブッシュ政権
いいなと思ったら応援しよう!
チップをありがとうございます。
そのまま宝にしておきます。^_^