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『観測外―警視庁A種事案:シュレディンガーの叛逆―』 ◆能力への枷 【2】

◆ 能力へのかせ 【2】



「くっ――!! 」
 
 一歩強く踏み込むと滑り込むように素早く警察職員を救出する。
 頭上からは煙と共に次々と瓦礫が音を立てながら落ちてくる。
 
「大丈夫だ、このまま避難する。掴まれ」
 
 意志を一切感じられない澱んだ瞳のその男と視線が一瞬交差する。
警視庁に単身で乗り込んでくる程の大胆な行動に反して、彼の“意志”を感じられないのはなぜだろうか……。
そして、あの言葉。
 
『能力者なのに? 』
 
(どうして知っているんだ?……)
 
 灰瀬の力は、“A対”に深く関わる一ノ瀬参事官以外知ることのない情報だと思っていた。
 “合同検証会議”の時にも感じた違和感。
ブラフかもしれないと疑っていたものが、もし違っていたら?
 
瓦礫の奥から男の声が聴こえる。
灰瀬は振り返る。
冷めた瞳で男が灰瀬に語り掛ける。

「選べよ」

 静かで落ち着き払った声だった。まるで自分が捕まる事は決してないとでも言いたいような……そんな冷静な声。

「やりあうか?」

視線を瓦礫の方へ落とす。

「助けるか?」

 選択肢を投げかける犯人。だが、灰瀬は迷わない。
背を向けると、瓦礫を持ち上げる。
 煙の中から若い警察官の肩を抱え、歩き出すその姿をみて男は嗤った。

「やっぱりだ――」

その行動を満足げな顔で灰瀬をみつめる。

「根っからの刑事だな」

 灰瀬は振り返らない。
 非常階段へ向かい扉を開いたその時、下階から足音が聴こえてきた。

「灰瀬!」

 そう呼んで見上げてきたのは先刻現場から離脱していた佐伯だった。

「救護班に渡してきたぞ!」

抱えられた怪我人を見る。

「もう一人か」
「ああ、手を貸してくれ」
 
 灰瀬は先程までいた廊下を振り返る。だが、あの男の姿は既にそこにはなかった。
佐伯が灰瀬に確認する。

「あいつは逃げたのか?」

灰瀬は小さく首を振る。

「……追ってこなかった」

 あの距離なら追えた。だが、男は来なかった。
まるで最初から追うつもりがなかったように……。
 
 二度の爆発が起きる。警視庁の廊下は地獄のようだった。煙が天井を覆い、
火災報知器の甲高い音が鳴り続けている。

「……だれか……!」

 灰瀬は迷わず声のする方へ駆ける。崩れた棚に脚を挟まれている。
佐伯が叫ぶ。

「灰瀬!崩れるぞ!」

 だが灰瀬はすでに棚に手をかけていた。
鉄のフレームが軋む。
 灰瀬は歯を食いしばり、ゆっくりと持ち上げると佐伯に合図を送る。

「今だ!」

 佐伯が警官の腕を掴み、引きずり出す。
床に転がったと同時に天井が狙ったように棚の近くに崩れ落ち、鈍い音が辺りに響いた。
煙の中では警官が咳き込んでいた。

「ゴホッゴホ……たすかりました……」

 灰瀬は一瞬だけ目を閉じた。その言葉を聞いた瞬間、あの時の情景がフラッシュバックした。
燃え広がる炎……崩れた建物。助けられなかった小さな命。
灰瀬は何も言わなかった。

「動けるか? 」

――――――――――――――――――
 
 それから数時間後、警視庁本部庁舎三階では爆発現場の処理はほぼ終わっていた。床にはまだ消火剤の白い粉が残っている。

 灰瀬は画像をみつめる。床の破片に散乱した金属片。細い円筒の破断面のそれらの不自然さを。
その時、背後から佐伯の声が聞こえる。

「爆発物処理班の見解は即席爆発物だ」

灰瀬は短く答える。

「……そうか」

だが表情は変わらない。
佐伯が続けて情報を共有する。

「監視カメラはフード姿だけ」

 タブレットの画面の端に並んだサムネイルを叩き、視点を次々と変えていく。
無人の廊下、誰もいない非常階段。
 そして、爆発と共にどこからともなく突然現れた“犯人”。
だが、なぜか“犯人”の顔だけはどれもギリギリで映っていないか、ブレている。ピンチアウト(拡大)も意味をなさない。
証拠となるのは灰瀬の証言しかない。

しばらくして灰瀬が呟く。

「妙だな」
「何がだ? 」

灰瀬は金属片の資料をトントンと指さす。

「この即席爆弾の威力では弱すぎるということを、処理班も解っているはずだ」

 佐伯は腕を組むと資料を見下ろした。確かに、灰瀬が指摘した通りだ。最低限の威力しかない爆発。

「確かにお前の言う通り、俺もそう思う」

 警視庁があれだけの甚大な被害を被った爆発の原因が、“即席爆弾”
では有り得ないことだと、処理班は認識しているはずだ。
なのに何故誰も指摘しないのか?
 更に奇妙なのはそれだけではない。爆発に巻き込まれた人間の中に、死者が一人も出なかったことだ。勿論、負傷者は出たが致命的ではない。

「まるで……見せるための爆弾」

ポツリとそう呟くと灰瀬はタブレットをゆっくりと閉じる。

「爆発物にしては」

(あまりに完璧で ―― )

「綺麗すぎるだろ?」

佐伯が眉をひそめる。

「綺麗? 」
「ああ、破片の散り方が均一だった」

 灰瀬は周囲を気にしながら佐伯に小声で話す。

「普通の即席爆弾ならもっとバラバラになる」

 灰瀬が言う言葉が何を意図しているかを理解した瞬間、佐伯の顔からみるみる血の気が引いていく。通常では考えられない程、何かしらの意思をもってそこに配置されたような、不気味なほど模範的な散らばり方が、かえってその不自然さを強調する金属片……。

「つまりそれは……っ」

灰瀬は答えない。

(あの犯人は自分が能力者だということを隠す必要があったという訳だ――)
 
ただ“いつも通り”を装いながら窓の外を見る。

 警視庁の敷地。空は相変わらず青い。
唯一違うのはメディアが刺激を求めて集まっている事くらいか――。
刺激に飢え、欲に溺れる人間たち。
その風景をみつめる灰瀬の視線は冷ややかだった。

 後日、救助した警官の経過の確認と聴取のため、灰瀬は病院へ寄った。
病室の白いカーテンが風のリズムに合わせゆらゆらと揺れている。
 ベッドの上には、包帯を巻かれ足を吊るされている警察官。
灰瀬が静かに補助のイスに腰を掛ける。

「犯人のことを覚えていますか?」

警官はゆっくりと頷く。

「はい。黒いフードの……若い男でした」
「何か言っていましたか? 」

警官はしばらく記憶を辿ると、やがて口を開いた。

「能力者……って」

灰瀬の目がわずかに反応する。

「警察は……能力者を飼ってるって」

 病室に沈黙が広がる。佐伯が灰瀬と顔を見合わせる。
灰瀬は表情を変えずに落ち着いた表情でただ静かに言った。

「ありがとうございました。もしかするとまだ混乱しているのかもしれません。ゆっくり休んでください。また来ます」

 灰瀬と佐伯は浅く一礼をし、病室を後にした。
佐伯が灰瀬に耳打ちする。

「今の話……」

灰瀬は歩きながら答える。

「お前が何を言いたいかは分かるよ」

一瞬だけ立ち止まり、佐伯に視線を向ける。

「能力者なんてものがいたら……」

どこか少し寂し気な目で静かに笑う。

「世界はもっと騒がしいだろう……な」

 その言葉に佐伯は返すことができなかった。
灰瀬の背中を見守ることしかできない自分に不甲斐なさをどうしても感じてしまう。
 気丈に振舞い、歩き続ける灰瀬のその姿は能力者ではなく、ただの一人の刑事だった。

 窓のない会議室のモニターには警視庁の監視映像が流れていた。
そこには灰瀬の姿が映し出されていた。
 公安幹部が腕を組みながら不満そうな顔つきで愚痴を言っていた。

「能力を使わないな――」

参事官は画面を見つめたまま不遜な笑みをみせる。

「彼は刑事●●ですから」

幹部は鼻で笑う。

「それでは『桜花計画』が進まないではないか」

 内心不満で溢れている。予想外の結末に幹部は苛立っていた。
 参事官は沈黙する。そして静かに答えた。

「いずれ使います。……“守る”ために」
 
 含みのある言葉が何を指しているのか、それは一ノ瀬にしか解らない。ただ、この全ての出来事の渦中にいるのは“灰瀬”だということは確かだった。
 モニターの中で、灰瀬と佐伯は庁舎を歩いている。
彼ら●●以外誰も気づかない。
 テロの犯人……そして爆発物の破片が、「公安」によって置かれた証拠だということを。
そして――
『国家』が灰瀬を観測していることも。

庁舎の桜はまだその華を咲かせていない。

 だが目に見えない「枝」は確実に伸びていた――。
それはしなやかにしなるつるのように灰瀬の身体をとらえていた。
その美しく儚い華を咲かせるために……。


次回金曜日21時(数分誤差有)更新:

 『閉ざされた水槽で生きる海月クラゲのように』

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