『観測外―警視庁A種事案:シュレディンガーの叛逆―』 ◆変わる因果律のノクターン 【3】
◆ 変わる因果律のノクターン 【3】
二台の車が車線を跨ぎ、青いバイクの進路を邪魔していた。
警察庁の喧噪から逃れてきたはずの『顔のない男』は、死神の手によって死地へと追い込まれていた。
ドアが開く音が聴こえる。音の数は――。
「全部で四人か……」
二人一組で行動するのは――警察関係者しかいない。
男は迷わずフロントブレーキを握り込み、ゼファーを左へ深く寝かせた。
「――いけっ!!」
鋭く叫ぶと同時に、高回転まで跳ね上がったクラッチを叩きつける。
爆音と共に、二百キロを超える鉄の塊がコンパスの針さながらにアスファルトを削り取った。
激しく立ち昇る白煙が追手の視界を瞬時に奪い、ゼファーのテールが巨大な円弧を描いて反転する。
男はフロントを解放する。溜め込まれた強大なトルクが路面へ一気に放たれ、ゼファーは弾かれたように加速した。
「逃がすなっ!! 」
リーダーらしき男の指示が空をとぶ。
夜の国道134号をただひたすら突っ走りながら男はバックミラーを確認する。二台の車のライトが迫ってくる。
「……しつこいやつらだっ!」
小さく舌打ちする。
(なぜ仲間に追われる?任務は終わったはずだ。記憶の中にあるのは、公安の仕事。追跡、監視、潜入――)
だが――。
自分が追われる理由だけが、曖昧だった。アクセルを開くとゼファーはさらに加速する。
その時だった。対向車線の向こうから、黒いバイクが近づいてきた。
四気筒の高いエンジン音が独特のCB400スーパーフォア。
二台は一瞬で距離を詰める。そして、すれ違う瞬間、男は反射的に顔を向けた。
ヘルメット越しに視線が交差する。一秒にも満たない時間。
しかし、灰瀬はそこから何かを感じ取った。
あの走り方、あの視線。
(追われているのか? )
灰瀬はすぐにバックミラーを確認した。遠くでテールライトが何度も灯っている。
車は二台の隊列。
距離は……。
灰瀬は小さく呟いた。
「……公安か」
ただの追跡ではないことは見れば判る。そして逃げている男も一般人ではないはずだ。
あの走り方と体の動きは……。
灰瀬はその時確信した。
(あいつも警察関係者か――)
クラッチを握る手が一瞬だけ迷う。関係のない話かもしれない。
だが、もしかすると……。
「――はあっ」
小さな溜息と共にアクセルを開けると鋭く旋回し、男のゼファーを追った。
その頃、前方を走っていた男は限界までアクセルを開けていた。
前方に車の影が見え、緩めようとしたその時、横道から飛び出すように出てきた車を避けるため咄嗟にブレーキをかける。
ゼファーのタイヤがそれに耐えきれず悲鳴を上げた。
「――っ! 」
車体が路面の砂にタイヤをとられる。
必死に体勢を立て直そうとしたが無駄だった。バイクはそのまま路面に倒れ込むと、金属が火花を散らしながらアスファルトを削っていった。
体が一瞬宙に浮いたかと思うと、円を描きながらアスファルトの上を滑っていく。
叩きつけられた背中に強烈な痛みが走り一瞬だけ呼吸が止まる。ガードレールにぶつかった肩には鋭い痛みが走った。
「あぁ……くっそっ!しく……じったっ」
立ち上がろうとするが、体が言うことをきかない。
よろけながらも前に進もうとする男の後方からバイクのエンジン音が近づく。
バイクは男の真横につけるとそのエンジンを素早く停止させた。
手負いの男は反射的に腰の拳銃を抜き銃口を向けた。
「俺が一般人だったらどうするつもりなんだ? 」
男の指がわずかに動く。
(あの時の男か? )
「そんなことをする前に――あれをどうにかしないといけないんじゃないのか? 」
灰瀬が親指でその方向を示す。
振り向いた先には追ってきていた公安の車が止まっていた。
灰瀬は囁くように男に問いかける。
「四人いる。お前、公安だろ? 」
男の目にわずかな動揺が走る。
「走り方で分かる」
「……」
男は何も喋らない代わりに短い沈黙で灰瀬に返す。
「お前はどうしたいんだ? 」
銃口がわずかに下がる。それが男の出した答えだった。
「いけっ!! 」
男はその言葉にビクっと身体を揺らし、一瞬だけ灰瀬を見る。
そして拳銃を腰にしまうと傷ついた体で、走り出す。
夜の海風の中へと……。
背後から足音が近づいてくる。灰瀬はゆっくりと振り返ると、足音の主である男達をじっと見据えた。
(――さてと、……どうするかな)
「面倒なことになった……」
次回金曜日21時(数分誤差有)更新:
『因果の糸は静かに――運命を手繰り寄せる』
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