バイク浪人とオートバイ小説②
この令和の時代。
実在する女性ライダーの世界一周がWebで共有される。
アクション・カムがライダーの視線と言葉をも共有する。
フィクションの〈オートバイ小説〉を手にする機会はあるのか?
いや、そんなジャンルの小説自体、存在できる余白は残っているのか?
私はまだ期待を持って、新作の〈オートバイ小説〉を待っている。
過去の本も頻繁に手にとっている。
私の書棚にある最も新しいオートバイ小説は、
「さいはての彼女」(著:原田 マハ)
これが2008年で〈平成〉の作品だ。
実は過去、
〈令和〉のオートバイ小説が書棚にあった。
「白バイガール」
(著:佐藤 青南)全6巻
これは書棚に残さなかった。実は白バイが仇敵で・・・
という理由ではない。珍しく少し肌が合わなかった。
今でも手が届く場所にあり、めくってしまうのが、
片岡 義男
えぇ?〈片岡小説〉を挙げるのかよ!
まさか、
「彼のオートバイ、彼女の島」
なんて言うじゃねーだろうな??
完全に否定しない。
しかしアレは〈バイク浪人〉には毒だ。浪人で無くなっても〈拗らせて〉しまい、令和の今日まで引きずっているライダーも多い。若干の自覚症状を感じないワケではない。
私が〈バイク浪人〉にオススメする片岡小説の一冊は、
長編の〈オートバイ小説〉ではない。
「アップル・サイダーと彼女」
1979年に初版だ。
今はWebで読むことが可能だ。

長く随筆集と思っていたが、短編小説集と言って差し支えない。
紹介する9編。これに純粋・直球の〈オートバイ成分〉がタップリある。
共通するのは、構成がとてもシンプルである事。
・機械装置としてのオートバイの表現。
・道路や自然の描写。
・ライダーの精神性と感性。
「深まりゆく秋です」
「4サイクル・ツイン」
「オートバイはぼくの先生」
「真夜中のオートバイ」
「深夜の地獄めぐり」
「トリップ・カウンター・ブルースだってよ」
「故郷へ帰りたい」
「あの夜はクリスマス」
「雨と霧と雲と」
人との会話シーンはほぼ無い。恋愛の面倒や仕事のストレス、お金の心配、
ましてやバイオレンスとは全く無縁だ。
「トリップ・カウンター・ブルースだってよ」
ここでのオートバイの描写は今読んでもドキドキする。
〈バイク浪人〉だった頃、焼き付けるよう何度も読んだ。
無料で閲覧できる動画も十分に素晴らしいのだが、あの〈機械〉に乗る意味や意思を確かめるには文字も有効だと信じたい。
きっとバイク飢餓を少しだけ癒し、バイク購入に至る障害を超え、時に闘う意志を支えてくれる。
