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セロリから繋がる、“好き”のその先の話

私はかなり料理が好きで、
特に食材はセロリが大好きだ。

多分、家族や友人からすると、 「またセロリ食べてる……」と思われるくらいには好きだと思う。

でも私は、 好きなものに出会うと、 そこで終わらない。

「どうすればもっと面白くなるんだろう?」 「どうすればもっと美味しくなるんだろう?」

そんなことを考え始める。

例えばセロリひとつでもそうだ。

セロリ料理とは? どんな食材と合わせれば美味しい? どんな調味料が合う? 煮込み? 焼き? それとも生?

気づけば、 家の中がセロリだらけになる。

実際に色々試していくと、 見えてくるものも沢山ある。

例えば、 セロリは茎より葉の方が香りが強い。

だから私は、 煮込み料理では葉を最初に少し入れて香り付けに使う。

逆に残りの葉は後入れにする。

葉は火を通しすぎない方が、 香りが立って美味しいからだ。

一方で、 茎は香りよりも歯ごたえが魅力だと思っている。

だから正直、 私は煮込みよりも、 食感を活かせる食べ方の方が好きだ。

焼いたり煮たり、 色んな調理法を試してきた。

でも最終的に辿り着いた私の答えは、 意外にもかなりシンプルだった。

「セロリの漬物」である。

塩、昆布、少量の砂糖。

たったこれだけ。

少量の砂糖がセロリの尖った風味を少し和らげ、 昆布の出汁が香りを引き立てる。

セロリというと洋風のイメージが強い。

でも私は、 和風の“出汁”こそ、 セロリを一番美味しくする味だと思っている。

そして最終的に辿り着いたのが、 「セロリ茶漬け」だった。

多分ここまで来ると、 何の研究なんだという感じだが、 私はこういう時間がすごく好きだ。

でも実は、 これって料理だけの話じゃないと思っている。

私は、

「好き」という感情には、 その先がある

と思っている。

ただ「好き!」で終わるのではなく、

・何が好きなのか
・どこに面白さを感じるのか
・どうすればもっと良くなるのか

そこを考え始めると、 世界はかなり広がる。

これは教育でも同じだ。

例えば、 「プログラミングが好き!」という子がいる。

でも、 同じ“好き”でも中身は全然違う。

イラストを動かすのが好きなのかもしれない。

人を楽しませるものを作るのが好きなのかもしれない。

ゲームが好きなのか、 仕組みを考えるのが好きなのか。

好きの形が違えば、 進む道も変わる。

だから私は、 「好き」という気持ちを、 かなり大事にしている。

そして同時に、

「嫌い」にも理由がある

と思っている。

セロリが嫌いな人は多い。

でもその中には、

・香りが苦手
・食感が苦手
・調理法が合わなかった
・そもそも食べず嫌いだった

そんな色々な理由がある。

もちろん、 本当に無理なものを無理に食べる必要はない。

でも私は、 「まずは試してみる」という気持ちは、 とても大事だと思っている。

そして、 教える側も同じだ。

「食べなさい!」ではなく、

どうすれば食べやすくなるか? どうすれば面白く感じられるか? 何が嫌なのか?

そこを考える必要がある。

勉強や学びも、 私はこれとかなり近いと思っている。

「嫌い」 「やりたくない」

その言葉の奥には、 理由が隠れていることが多い。

だから私は、

教育というのは、 その理由を一緒に探すこと

なのではないかと思っている。

好きのその先を見ること。

嫌いの理由を知ろうとすること。

それだけで、 人の世界は少し広がる気がしている。


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