「とうもろこしにも仁義はある」
「……茹で上がったぞ。」
蔵元のひと言が、狭い事務所の空気を切り裂いた。
テーブルの上には、湯気をもうもうとまとった黄金色のトウモロコシが二つ、仁王立ちである。
「バター、要ります?」
「要らん!」
「醤油は?」
「野暮を言うな!」
「……塩派ですか。」
「足すものか。この黄金の肌に、俺の歯を突き立てるだけで十分だ!」
先に手を伸ばしたのは蔵元だった。
熱い。わかっている。分かっていながら、トウモロコシの両端をひっつかむ。
「アチチチチチ」
指先をパタパタさせ、自分の耳たぶを引っぱる。
気合を入れ直して、再び掴む。二郎も負けじと自分の分を鷲掴みにした。
二人して、
「フーフー」
「アッチッチ」
「オウオウ」
と、小動物のような動きを繰り返す。
ガブリ。
プチッ。
甘い。
これぞ夏の味覚というべき甘みが、口いっぱいに弾けた。
熱い。
甘い。
うまい。
二人は夢中だった。
一回転。また一回転。
指で芯を回し、前歯で一列ずつ削ぎ落としていく。黄色い粒が、次々と消えていった。
咀嚼音と、古びた扇風機の「ギイ、ギイ」という首振り音だけが、千住旭町の夜に溶けていった。
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一本を食べ終えたとき、蔵元が満足げな顔のまま、自分の皿と二郎の皿を見比べた。
二郎の皿には、職人が削り出したような、真っ白な芯が転がっている。
対して、蔵元の皿には、実がまばらに残った残骸。
蔵元は、それを見た。
「……なんだ、これは」
「……蔵元さん」
「まだ……残っている」
蔵元は爪楊枝を取り出した。
「待て。まだいる」
「いや、もう終わりっすよ」
「いる」
小さな粒をひとつ拾い上げ、蔵元は口に入れた。
「……」
「……」
「甘い」
「いや、そこじゃないっす」
蔵元は、もう一度自分の皿を見る。
「なぜだ」
「何がです?」
「なぜ俺の歯は、あの一列を取り逃した」
「蔵元さん、負け惜しみ見苦しいっす」
「……」
しばらく黙って、蔵元は口の中を動かしていた。
「……」
「蔵元さん」
「何だ」
「次からデンタルフロス、持参したほうがいいっすね」
「……」
「糸だけで足ります?持ち手付きのF字とかY字のほうがいいっすか?」
「……」
「あと、歯間ブラシも」
蔵元は、ゆっくり顔を上げた。
「……もう、お前とは二度と食わん」
窓の外では、貨物列車が金町の方角へ向けて、重たい鉄の音を軋ませながら通り過ぎていった。
〜蔵元の戦い〜
