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お釈迦様は転生を説いてますよ(四沙門果編)

未だに「お釈迦様は生まれ変わりを説かなかった」と自信満々に言う人がいるのですが、それは絶望的に古くて誤った情報を信じています。
今すぐ阿含経典をベースとした知識にアップグレードをすべきです。

お釈迦様は転生を説いています。
人間の転生には2種類あります。

  1. 分断ぶんだん生死

  2. 変易へんにゃく生死

①分断生死は普通の人の輪廻転生です。悪因悪業、カルマ、タンハーが残ったままで死ぬと、それが原動力となって再び悪因悪業、カルマ、タンハーを持つ人間として生まれ変わる。これは例えば仙尼経に書いてあるので、別途noteのリンクを最後に貼っておきます。

このnoteは②変易生死について。
仏道修行を頑張って凡夫、普通の人の境界を突破して四沙門果の境界に入ると生まれ変わりの種類が変わる。
転生ではあるが凡夫の「輪廻」ではない。
阿含宗開祖は「聖者の生まれ変わり」という呼び方をするが、四沙門果になるということは、要は神様仏様の世界に入ることを意味する。

この変易生死について、四沙門果の初果(第1段階)であるシュダオンに到達した上で死を迎えた仏弟子が高次の霊界での様子をお釈迦様に伝えるという不思議な内容の阿含経典を、機械翻訳の技術を用いて現代日本語化してnoteに公開してくれた人がいるので紹介します。

noteを公開している御本人に確認をせずに勝手に解説しますけど、現在のnote界隈で教義教学を高レベルで理解している阿含宗会員信徒視点で、この内容を追加解説できるのは、現状ボクひとりだけなので、どうか許してください。

四神足:お釈迦様が仏弟子に加持をしている

このnoteを公開した人は、七科三十七道品の1科目である「四神足法」の具体的な内容や修行法について知りたかったのかもしれない。
けれど、阿含宗会員信徒視点で見ると、「え?四神足って、そういう使い方なの?」という事が書いてある。
これはボク個人でも大発見でした。

我佛世尊以此四神足力,及聲聞法,先所化度者,即摩伽陀國,八萬優婆塞善斷三障,盡苦邊際,證須陀洹果。
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我が仏世尊は、この四神足の力と声聞の教えによって、最初に摩伽陀国の八万の優婆塞を教化されました。彼らは三障を善く断ち、苦の終わりに至り、須陀洹果を証得しました。

人仙経

①お釈迦様が、四神足の力を仏弟子に行使した
②お釈迦様が、声聞の教えを仏弟子に説いた
その結果、仏弟子たちが三障を断ちシュダオン(須陀洹果)に至った。
三障は三結(身見・疑惑・戒取)のことです。

この部分だけの切り取りでは伝わらないかもしれないけれど、四神足の力を発揮しているのはお釈迦さまであり、仏弟子たちではありません。「此四神足力」の「此」の内容は、引用の前段階にありますので、気になる人はリンク先の内容をご確認ください。

この部分は、自力で瞑想等をすることが仏教の修行法であると説明している人達にとっては致命的に痛い内容となるでしょう。
お釈迦様は「此四神足力」を以て仏弟子たちを導いていたわけです。
とすると、現代に生きる我々も「此四神足力」を身に受けて修行をする必要があるはずなのだが、現代において「此四神足力」は、いったい、どこに存在するのであろうか?を考える必要がある。
ちなみに「此四神足力」を身に受けるは、如来の加持力を身に受けると言い換えることができます。

優婆塞うばそく」とは在家の仏道修行者のことです。
この文章を見れば分かる通り、在家の修行者である優婆塞が凡夫の境界を脱してシュダオンに到達したとある。
阿含経典は小乗であり出家仏教であると昔から言われていたため阿含経典が東アジアの仏教で埋もれてしまったという現実があるけれど、それが完全な誤りであることが、よくわかる経典です。

シュダオンになった聖者のその後

続きを引用します

於天上人間,七返往來,有生他化自在天者、有生化樂天者、有生三十三天者、有生四王天者;有生人間大剎帝利王宮者、有生上首大婆羅門家、有生上首大長者家。
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天上と人間の間で七度生死を繰り返し、他化自在天に生まれる者や、化楽天に生まれる者、三十三天に生まれる者、四王天に生まれる者がいます。また、人間界では、偉大な剣帝利王の宮殿に生まれる者や、名高い大婆羅門の家に生まれる者、上位の大長者の家に生まれる者もいます。

人仙経

シュダオンになると「天上と人間の間で七度生死」を繰り返す。
阿含宗開祖の霊視による見立てでは、だいたい3回以内に次の段階のシダゴンかアナゴンに到達するので、7回も行き来する事はないという。

物理的な人間として生まれてくる場合は、本来が徳の高い聖者の魂であるので、多くの人々を救うことができる徳と実力を持った家庭に生まれて、偉大な聖業、多くの人を救う行いを成す。

霊体のまま娑婆世界に来ることもあって、そのときには誰かの守護霊であったり、地域の守護神として働くことになったり、仏像や三種の神器の「中の人」として人々を助けることになったり、神仏の眷属として何らかの働きをすることになる。それをこの経典では自在天が云々といった話で説明している。そもそも、この経典でお釈迦様に話を伝えに来ているのはシュダオンに到達して毘沙門天の眷属となって働いているという元仏弟子です。

シュダオン以上の四沙門果の境界に到達して死を迎えると、このように神仏のいる霊界に到達して、新しい人生というか、修行が始まるという説明をしている阿含経典です。
「お釈迦様は生まれ変わりを説いていない」と説明する自称知識人を見かけたら、その人の見識は完全な誤りであると判断できるようになりましょう!

過去のnote

凡夫の輪廻転生:分断生死 仙尼経

四沙門果について


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