noteに疲れたとき
最近、
noteに少し疲れてきている自分がいるなと思いました。
ついにこの日が来たか…
なんとなく、
気持ちがどこかへ行っているというか。
読むのも書くのも、
前みたいに自然に手が動く感じじゃない
時があるんですよね。
でもね、
そんなときは、
だからこそ、
そんな気分をそのまま書こうかなと思いました。
またまた
でもね。
さっき、
ある記事を見つけました。
私の記事を読んで
とても喜んでくれている人がいました。
まこさん。
ああ、
私のnoteで
喜んでくれる。
それがなんだか嬉しくて
さっきまで元気が出なかったのに
元気になりました。
人って、
げんきんというか
調子いいというか。
でも
そんなものかもしれません。
あ、さらに。
とわさんも
私が撮った
ネコが寝ている写真を
記事のヘッダーに使ってくれていました。
人が登ったり降りたりしている
その階段で
夕涼みをしているネコさん。
堂々としていて、
なんかすごいなと思ったネコさんでした。
とわさんの記事の
画面から優しいオーラが
届きます。
それを見て
嬉しくなりました。
とわさんの
書かない日の気分
そんな時に書くと
やっぱり…
書けないな〜
なんでかな~って思っている人に響きますね。
note
こういうメッセージを受け取るような、
やり取りがあると
届いているんだなと思います。
そんなことを思っていたら
元気が出てきたけど
最初に書こうとしていたこと、
そのまま書いてみようかなと思いました。
その一日の中でも
人は変わる
最近思ったことがあります。
同じ記事でも
読む人によって
受け取る意味は変わる。
というより
同じ人でも
読むときの気持ちによって変わる。
元気なときは
元気な言葉が潔くて心地よい。
前へ進もうとか
やってみようとか。
でも
少し疲れているときに
同じ言葉を見ると
ちょっと違うように感じることもある。
今日は休めばいい
立ち止まることもいい。
そういう言葉は
元気なときには
あまり響かないこともある。
立ち止まっているときには
その言葉が入ってくる。
文章って
誰にでも届くことが大切ではないのかもしれない。
そのとき
同じ場所にいる人に
届けばいい。
書いたときの自分と
同じ場所にいる人が
その文章を
見つけてくれて。
その日、読みたい記事を読むし
書きたい方向性で記事を書く。
もう一つ思うことがあります。
その言葉を
その人はどんな目的で読んでいるのか。
同じ言葉でも
受け取り方が違うのは
その人が
何を求めているかが違うから。
元気を出したい人もいれば
少し休みたい人もいる。
背中を押してほしい人もいれば
そのままでいいと
言ってほしいこともある。
その人の目的も違うから、
あぁ、今日はその気分って
ほんと奇跡みたいですね。
書く人が
書きたくないときは、
その日の
そのままの気持ちを書いたら、
どこかで
誰かが
「わかるな」って
ほっとすることがあるだろうなと、
そんなことを思いました。
ありがとうございます。

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