感謝を伝えるはずが、謝罪に変わる。吃音と「言い換え」の矛盾した苦しさ
吃音を意識し、ひどくどもることが増えた時期、僕は2つの行動をした。
1つは随伴運動。もう1つは言い換え。
どちらも吃音から抜け出そうとするための手段です。
今回は言い換えの話。
随伴運動については以下で書いてます。
言い換えは、その言葉どおり、
吃音を回避するために、詰まる言葉を、別の言いやすい言葉に言い換えること。
例えば僕の場合
「ありがとうございます」 → 「すみません」
※(「お」が言えない)
「〇〇塾△△教室のnagyです。」→「〇〇塾のnagyです」
※(「△△」の教室名が言えない。)
「お電話ありがとうございます」 → 「はい、お電話ありがとうございます。」
※(「お」が言えない。最初に「はい」と言い、その勢いで「お」につなげる)
ほかにもいろいろあったと思う。
一番は「あ」行が言えず、次に「か」行、「た」行も言いづらかったので、
その行から始まる単語はよく言い換えていた。
ただ、言い換えたせいで本来伝えたい意味と変わってしまい、
誤解されてしまうこともあった。
また、言い換えの一種といえるかわからないけど、
文頭に「はい」「えっと」「あの」といった言葉を添えることで、
最初の一言を出そうという工夫もしていた。
経験がある方ならお分かりいただけると思いますが、
言いたい言葉を事前に変換してから話すというのはとてもストレスなんです。
しかも、必ずしも似た言葉で言い換えができるとは限らず、
「ありがとうございます」→「すみません」
のように、
感謝を伝えたいのに謝罪してしまうという、
本来伝えたいこととは異なる気持ちを伝えてしまうことになり、
ときによっては誤解されてしまうことも。
また、発声前に頭の中で似た言葉に変換できても
実際には難発がでてしまい、一言目が言えないということもあった。
言い換えをするのは、
どもることが怖いから。
どもる自分を見られたくないから。
言葉が出てこない瞬間の、あの沈黙に耐えられないから。
そんな恐怖が、言い換えという選択をさせていたと思う。
でも、言い換えにはストレスが伴う。
頭の中で常に言葉を変換し続け、
頑張って言葉に出しても誤解されてしまうことがある。
いつの間にか、話すことが怖くなっていた。
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