誰かといると疲れる人が、実は持っている能力の話
わたしは人といると結構疲れる。
(人と話すのは楽しいけどね!)
楽しかったはずなのに、帰り道になんかどっと疲れてる。
相手は全然そんな様子ないのに、自分だけ消耗してる感覚。
「社交性ないのかな」って思ったり。
でも、それたぶん違うんです。
そういう感覚を感じる人、結構いるんじゃないでしょうか。
疲れる理由は、感度が高いから
人といると疲れる人って、相手の感情を無意識に受け取ってるんですよね。
それも敏感に。
言葉じゃなくて、空気とか、声のトーンとか、ちょっとした間とか。
いわゆる「ノンバーバル」から読み取る情報。
相手が「大丈夫」って言ってても、なんか大丈夫じゃない感じがする。
楽しそうにしてても、無理してる気がする。
その直感は勘違いじゃなくてわりと当たってたりする。
心理学的に言うと「情動的共感」が強い状態で、相手の感情を自分の体で感じ取る能力のこと。
能力、って書いたけど、使い方を知らないと消耗するだけなんだよね。
アンテナの感度が高すぎて、常にフル受信してる感じ。
そりゃ疲れるわけですよ。
疲れるのは「境界線」がないから
もう少しだけ正確に言うと、
情動的共感が強い人が疲れる理由って、相手の感情と自分の感情の境界線が曖昧になるから。
相手が不安だと、自分も不安になる。
相手が怒ってると、自分が怒られてるみたいになる。
相手が落ち込んでると、自分まで重くなる。
これ、別に相手のことが好きとか嫌いとか関係なくて、勝手に起きる。
だから疲れる。
自分の感情なのか、相手からもらった感情なのか、わからなくなってくる。
じゃあこの能力、何の役に立つのか
ここからが本題なんだけども!
相手の感情を受け取れる人って、実は信頼されやすいんですよね。
言葉にしてない部分を察してくれる人って、そんなに多くないから。
「なんかこの人といると楽」「話しやすい」って思われやすい。
それだけじゃなくて、自分自身の感情の解像度も高い。
「感情の粒度」の話と繋がるんだけど、感じる力が強い分、自分の内側を言語化するのも得意になれる。
使い方次第ではけっこう強い能力なんですよね。
消耗しないためにできること
ひとつだけ提案します。
「これは自分の感情か、相手からもらった感情か」を自分自身で問う習慣。
誰かと話した後に疲れてたら、一回止まってみる。
今この重さ、もともと自分の中にあったっけ?
たったそれだけ。
問うだけで、全然OK。
自分と相手の間に、薄い膜を張るイメージって言うんですかね。
共感はできるけど、飲み込まれもしない。
そのバランスが取れるようになると、人といることがもう少し楽になれると思います。
人に疲れやすいのは、感じすぎるからじゃない。
境界線の引き方を、まだ知らないだけかもしれない。
凪
