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小説「月まで三キロ」 紹介+感想

この作者、僕みたいな感性してるな、と思った。

僕には自然現象や物理法則の中にエモさを勝手に見出す習性があり、日頃から「スイングバイって人生みたいで切ないぜ…」などと考えている。
また、僕はハッピーエンドそのものより、その過程でキャラクターがどんな精神的変化を遂げたかに興味がある。

「月まで三キロ」は6つの短編からなり、どの話においても、「主人公の抱える問題が徐々に描写されていき、他者の価値観に触れて、問題自体は解決しないが主人公の気持ちが前向きになる」という構成になっている。
テーマは地球惑星科学。登場人物の背景と連動して物語を牽引し、心情と共鳴して話を着地させている。テーマとドラマの取り合わせ方がとても上手くて、読み心地が良かった。


以後ネタバレ込み感想


月まで三キロ (表題作)

50歳手前の主人公が自殺のために富士の樹海を目指してタクシーを拾う。運転手は、樹海ほど遠くに行かなくとも近くに良い死に場所がありますよ、と主人公をどこかへ連れて行く。その道中の回想で主人公の半生が明らかになる、という構成。

月は子育てに似ているというアイディアには、なるほどなと思った。たしかに共通点がいくつもある。
月は原始地球に小天体が衝突した際の破片から生まれた、地球の子。親離れするかのように月は1年に3.8cmずつ地球から離れていく。誕生直後は色々な面を地球に見せるのに、潮汐ロックによって最終的には地球に見せない面を持つようになる。

※月は自転周期が公転周期と一致していて、地球からは月の同じ面しか見ることが出来ない。地球の重力(潮汐力)が月の自転にブレーキをかけることが要因。


 子育てって、月に似てると思うんですよ。

p43 運転手の発言

正直、何様だよとも思った。親だって子供に見せない部分があるだろう。月に全ての面を見せている地球に自分を重ねるなんて烏滸がましい。
しかし、その後に主人公が月を父親の禿げた後頭部に見立て、自分を見てくれなくなった認知症の親を連想することで、うまく誤魔化している。親-子と地球-月という対応関係は厳密ではないんだと。話の展開が上手くて、結局納得してしまった。


咀嚼していくうちに腑に落ちたことが、この短編では他にもいくつかある。

主人公の人生の描写に、真に迫る感じがなかった。
パチスロ、タバコ、借金、母親の死、父親の介護、孤独。自殺志願者のそれっぽい背景の寄せ集めで、設定の列挙に見えた。
ただ、娯楽作品としてはそこまで辛いリアリティなんて要らない、というのはある。僕が重視した部分が作者にとっての取捨選択の捨の部分だったというだけなんだろう。

「月まで三キロ」という表題が肩透かしだった。
どんな意味なんだろうとワクワクしていたら、単に「月」という集落まで三キロの地点に標識があるというだけだったのだ。
遠ざかる親子関係に抗おうと決意した主人公の心情とは良く共鳴していて、そこはとても良いのだが、タイトルとしての格がないように感じた。

しかししばらくして、タイトルに過度な期待をして読み進める方が野暮なんだと気づいた。どんなタイトルが付いていようが中身の価値が変わるわけではない。「無題」で素晴らしい絵はあるし、「鬼滅の刃」は格好いいだけのタイトルだけど名作だ。
タイトルの機能をプロモーションや雰囲気づくりと見るなら、「月まで三キロ」はこれがベストなんだろうなと思う。



星六花

劣等感の強いアラフォー独身女が恋をした。堪えられず告白するも、彼は同性愛者だと判明する。彼は欲望をうまく消化できない苦しみから、美しさなんて遺伝子を残す機能に過ぎず自分とは縁がないのだと一度は切り捨て、自然における雪の結晶などの「無機質の美」を再発見して今に至るのだと話す。そして彼女は虚飾を捨て素直に笑った。

主人公は僕が好む性格ではなかったけど、最後に彼女の心が救われて、ああ良かったなと思えた。

また本筋とはほぼ関係ないが、冒頭の一節が良かった。

天気予報にそこまで興味はなかったが、初めて奥平さんがテーブルの主役になったのだ。この人の声や話し方をもう少し聞いてみたいと思った。

p58

僕は話に興味があるふりをして相槌を打つ仕草を忌み嫌ってきたけど、少し肯定的に見られるようになった。相手の世界に興味がなくともその人自身には興味があるってことが、そりゃあるんだよな。



アンモナイトの探し方

両親の離婚問題により中学受験の勉強が手につかなくなった主人公。憧れの中学に通うなら別居中の父親と住むことになり、それを根拠に親権を主張されることを母親は恐れている。自分のせいで両親のさらなる不和を引き起こすのか。誰にも相談できず、泥の中で化石になるかのように頭と心が機能を停止していく。療養中に訪れた川原で、謎の老人とアンモナイトを発掘するべくハンマーを振るう。頭の中の泥が消えていく。

泥中の気分とアンモナイト掘りを取り合わせているのがとても良かった。本書で一番好き。

わかるための鍵は常に、わからないことの中にある。その鍵を見つけるためには、まず、何がわからないかを知らなければならない。つまり、わかるとわからないを、きちんとわけるんだ。

p140 老人が諭すシーン

特に言語化したことはなかったが、僕が感じていることに近くて、かつ言い回しがかっこよくて、気に入った。


「明日からパパとは別々に暮らすんだよ」と母親に告げられた時の衝撃は、今なお残響として朋樹の胸の奥にある。

気に入った一節。



天王寺ハイエイタス
ボトルネック奏法が出てきてテンション上がった。
「そんなキザなこと、自分で言うてくれへん?」←ここすき。

エイリアンの食堂
愛しいからっぽを撫でるのは昔から好きな描写だったけど、それを水素原子でやるとは、恐れ入った。

山を刻む
母として心を刻まれてきたことと岩石資料採取の取り合わせがどうもピンとこなくて、いまいち乗れなかった。男じゃなくてよかった〜、というアホみたいな感想しか覚えていない。

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