比叡山が見える街で、「時間」の魔法を解いた日
比叡山が見える街で、アセリとユルリが住んでいた。
ユルリの朝の習慣は、薄いコーヒーを2時間くらいかけて、ゆっくり飲むこと。
ユルリはのんびりしながら、雫が落ちるように心が豊かさで満たされていく。
一方、アセリはコーヒーをぬるくして一気に飲み干し、せわしなくスマホをいじっていた。
アセリにとって、時間=お金であり、成果を出すために常に焦っていた。
ユルリはアセリに言った。
「たまには、ゆっくりコーヒーを飲んでみてよ」
アセリはとんでもないという顔をした。
「俺は朝のうちにやらなければならないことが十個もあるんだ。忙しい、忙しい」
ユルリはバイオリンを肩にのせると、バッハ『ドッペルコンツェルト』を弾いた。
互いに言葉を交わすような旋律がアセリのトゲトゲした気持ちを丸くするようだった。
アセリはホッと一息つくと、ソファーに深く座って、ボーっとした。
「たまには、ゆっくりするのもいいもんだな。時間は伸び縮みするんだ」
ユルリは微笑んだ。
アセリとユルリはレストランの庭で水遊びする雀達を見た。
ユルリは嬉しそうな顔をしながら雀達を見ている。
アセリは鳥に興味がなかったが、無邪気な雀達を見ているうちに童心を思い出した。
「時間を気にしないって、豊かだよな」
ユルリは言った。
「そんなに焦って、どうするの? といつも思うよ。豊かさはここにあるのに」
アセリは考え込むような顔をした。
アセリとユルリは高野川へ行った。
鴨が泳いでいた。
木々に癒され、道行く人も皆、穏やかな顔をしていた。
ユルリは言った。
「樹木はフィトンチッドを発散しているから、とても癒されるんだって。土にも治癒効果や殺菌効果があるんだよ」
アセリは日頃のイライラが収まったような気がした。
「スマホばかりいじるより、たしかに身体に良さそうだ」
「心にもね」
ユルリは微笑んだ。
ユルリはアセリに聞いた。
「ねえ、幸せって、なんだと思う?」
アセリは当たり前のように言った。
「それは成果を出すことだよ。俺は早期FIREが目的なんだ」
ユルリはアセリの目をよく見た。
「こうして過ごすのは、幸せじゃない?」
アセリは観念した。
「君には負けたよ。たしかに、幸せだ。君もいるし」
それからアセリは、朝のコーヒーをユルリと一緒にゆっくり飲むようになった。

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