見出し画像

先生が繋いでくれた“縁の結び直し”

大好きだった高校時代の顧問の先生の訃報。
子供達を夫にお願いし、1人での帰省。
新幹線の中で、想いがぐるぐると巡っているので、気持ちを整理したくて、ここに残しておこうと思います。

こちらの記事は少し前に書いたものになります。


私は高校卒業後、地元を離れてしまい、部活にもあまり顔を出せないままでした。
それでも、ことあるごとに部活や先生のことを思い出していました。

私がいた部活は高校生でオペラをやるちょっと珍しい部活。
その存在を知ったのは小学校5年生の時。地域の児童合唱団に所属していた時に、高校側から子役としての賛助出演依頼があったのです。
先生との出会いは、もう30年近く前に遡ります。

小学生だった私は、先生の指導される舞台の迫力に一気に惹き込まれました。
「高校に入ったら絶対この部活に入りたい」──その想いだけで受験勉強を頑張ったと言ってもいいくらい。
目的があると人は本当に頑張れるものですね。

だから高校入学後は勉強はそっちのけで部活一色の生活でした。笑
今、大学受験の指導をしている私が当時の自分にコメントするなら…
「勉強も」しておいた方がいい!


通し稽古の後には必ず「ダメ出し」がありました。
演技や歌への指摘は、時に厳しいものでした。
「邪念が多い!集中!」
「頭が硬い!」
この二つは、特に何度も言われた記憶があります。



でも正直、当時の私は「え?どこが?どの辺が?」って思っていました。
真面目にやっているつもりだったからこそ、悔しくて、なかなか素直に受け入れられなかったんです。

今振り返ると、確かに当時の私は“優等生タイプ”。
「こうあるべき」「こうすべき」に縛られて、自由さや柔らかさを持てずにいました。
自由で個性的で楽しいことが大好きな同期を見ては、
「もうちょっとちゃんとしてよ。」
と思いながらも、
そんな自由さが羨ましい気持ちがどこかにあった。
先生はきっと、そんな私を見抜いていたんだと思います。

「頭が硬い」

という言葉は、演技だけではなく、生き方そのものへのメッセージだったのではないか…
もっと柔らかく、しなやかに、そして自由に…



20年経った今ようやく、「あの言葉は本当だった」と素直に思えます。
もっといろんな視点から人や出来事を見られていたら…。
それでも、あの時受け入れられなかったからこそ、ずっと心に残り続けてきたのかもしれません。
私の中で、何度も何度も問い直す種をくださった先生の真剣さに、今はとても感謝しています。

高校生という多感な時期に、真正面から向き合ってくれる大人に出会えたこと。
それは私の人生にとって、本当に豊かな経験でした。



命の終わりは、誰にも分からない。
もっと先生に会いに行っていれば…そんな後悔の想いは拭いきれない。
だからこそ、感謝は伝えられるうちに伝えること。
恩返しはなかなかできないけれど、私にできるのは「恩送り」。
いただいたものを、いま関わっている10代の生徒たちに正面から返していくこと。
先生が私にしてくれたように。

亡くなってから、その人の存在の大きさに気づく。
これは悲しいことでもあり、同時に、心の中で何度も先生と対話できる不思議さでもあります。
体はなくても、思えばすぐそこにいるような気がするのです。



弔問では何十年ぶりかに会う仲間がたくさんいました。
悲しいはずなのに、外では懐かしい仲間たちが先生の話をしては笑っている。
その光景を見ながら、先生の人柄がみんなを呼んだのだな、と改めて思いました。

本人はいないのに、そこに先生がちゃんといるような温かさ。
あの頃を一緒に駆け抜けた仲間たちと再会できたのも、先生が残してくれた大切なご縁。

先生の存在は、亡くなってからもなお、私たちを繋いでくれる。
人の死は悲しいけれど、その悲しみの奥には、人と人を“結び直す力”があるのかもしれません。

悲しみの中で、懐かしい仲間たちと笑い合えたこと。
それは先生が残してくれた“結び直し”の時間でした。

久しぶりにお会いした先生はとても穏やかな顔をしていらっしゃいました。
先生が部活にかけられた想いが後になってからじわじわと小波のようにやってきて、言葉にできない感情に襲われます。

部活を通して、先生、仲間から本当に本当に大きなものをたくさんいただいていたんだな…と。

先生、本当にありがとうございました。
先生のように、誰かの心に温かい縁を結び直せる人でありたいと心から尊敬しています。
どうかどうか、ゆっくり休んでください。
そしていつまでも、先生の歌声やダメ出しは私の中で響き続けます。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集