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軍国主義への反発から"エロジジイ"として生きる道を選んだ永井荷風?! その代表作『濹東綺譚』は日本文学の最高傑作と言っても過言ではない奇跡の小説【永井荷風はエゴイストでヒューマニスト①】

 メンバーシップ限定記事ではこれまで近代文学を中心に分析を重ねてきました。特に最近は第一次世界大戦から第二次世界大戦までを振り返り、なぜ戦争が起きてしまったのか考えてきました。

 その中で「男らしさ」が戦争を招いたという視点が繰り返し出てきました。このことは逆説的に「男らしくない」こととが平和につながるんじゃないかという素朴な疑問が湧いてきます。そこで先月は「男らしさ」の対極に位置するデカダンス文学を取り上げ、「SNS時代の潔癖症社会に抗うためのデカダンス入門」をテーマに議論を展開しました。

 さて、西洋ではそうだったということがわかったところで、じゃあ、日本はどうだったのか? 気になってきます。そこで今月は日本でデカダンスを貫いた作家・永井荷風(1879-1959)を見ていきます。

 急速に近代化する日本社会の裏側に残る江戸情緒を愛し、軍国主義への反発からエロジジイとして生きる道を選んだ永井荷風?! 1952年(昭和27年)72歳で文化勲章を受章した際、浅草のストリップ劇場「ロック座」の踊り子たちに祝われたという上の写真が有名です。

 一ヶ月通して、そんな永井荷風の人生と代表作を振り返ります。

  ちなみに過去のメンバーシップ記事が溜まってきたので、各月の買い切りプランも始めてみることにしました。メンバーシップならすべての記事を読むことができるけれど、お試しとして、興味のある月だけでも是非是非。

 とりあえず初回の『嫌われる勇気』の話だけでも!


☆奇跡の小説『濹東綺譚』

 永井荷風研究の大家として知られる川本三郎曰く、「年をとるにしたがって、男は荷風好きになる」という。そのことを象徴するように水商売マンガ『女帝』『夜王』の原作者・倉科遼と官能劇画の第一人者・ケン月影がタッグを組み、ビッグコミックで『荷風になりたい』(2016-2017)を連載していました。

 そんな永井荷風の代名詞的デカダンス小説が58歳で発表した『濹東綺譚』(1937)です。何度も映画化されていて、ロマンポルノっぽい仕上がりが多く、官能小説と誤解されがちですが原作はメルヘンチックな恋愛もの。とても素敵なので、未読の方はぜひ読んでみてください。日本文学の最高傑作と言っても過言ではない奇跡の小説です。


『濹東綺譚』あらすじ

 舞台は1930年代の東京。流行作家である「わたし」は新作『失踪』を書きあぐねている。その内容は51歳の教員が退職金を手に失踪、行く当てもなく彷徨っていたら電車の中で実家で働いてた24歳の下女と偶然再会。彼女のアパートに泊めさせてもらうという内容で、続きをどうしたものかと悩んでいる。

 作中のアパートを浅草の裏町に設定しようと取材のため現地を歩いていたら、私娼街・玉の井に迷い込んでしまう。やがて雨が降ってくる。いつも持ち歩いている傘を開いたところ、「檀那、そこまで入れてってよ」と髪を結いたての若い女が入り込んでくる。「お礼がしたい」と言われ、そのまま彼女が娼婦として働く家に上げられてしまう。こうして、お雪と名乗る娼婦との関係が始まる。

 お雪はこのときの出会いをいつまでも覚えている。きっと俺に普通の客とは違う特別な感情を持ってくれているのだろうとわたしは信じ、毎日のように通っている。文芸春秋に女遊びを叩かれ、あることないこと言われ参っていたので、玉の井みたいな裏町は静かでちょうどよかった。

 わざと見窄らしい格好に変装し、互いに自らの境遇を明かすことなく、お雪と静かに愛を育む時間にわたしは満たされていく。しかし、身請け(結婚)の話をほのめかされると、60歳を間近に勇気が湧かず、気づけば足が遠のき、この美しい関係は終わってしまう。

 結局、新作小説『失踪』は完成しないけれど、それを書こうとする過程で体験した出来事がこの『濹東綺譚』という小説になったとして、筆が置かれる。


☆虚実入り混じる『濹東綺譚』の魅力

 あらすじだけでも、『濹東綺譚』がいかに複雑な構成であるか、おわかり頂けたと思います。そして、その複雑さを短い文章で達成しているところに傑作たる所以があります。その魅力を大きく三つの観点から分析していきましょう。


①私小説みたいだけど高度なフィクション

 作中の主人公である「わたし」は荷風そのものであるかのような人物。そのため実体験に基づいているのでは? と熱心な読者によって、お雪のモデル探しも行われたそうです。しかし、そのような人物は見つからず、ファンの間では複数の娼婦を組み合わせ、理想の女・お雪を産み出したのではないかと推測されました。

 対して、研究者たちは永井荷風の他作品との関係から、荷風文学で理想の女として描かれる生き方が初期作品『ふらんす物語』の短編『雲』に出てくる娼婦・アーマのモデル・イデスと共通していることを指摘。イデスは荷風が24〜28歳にかけてのアメリカ滞在中(1903〜1907)、日本公使館の臨時職員として働いていたワシントンで1905 年 9 月に出会った娼婦です。本人の日記や小説などによれば相思相愛関係。その後、荷風は銀行員になり、フランス行きが決まり、別れることに。

 荷風はイデスからヒモになっていいから一緒に暮らそうと言われ、そのことに憧れもしましたが、結局まともな道を選んでしまいました。イデスはその後、パナマ運河建設中の中米へ出稼ぎに行き、そこで亡くなったと噂を聞きます。(『雲』では彼女に対する無力感が描かれている)

 20代にアメリカで体験したデカダンス的後悔を、58歳の荷風は東京の私娼街・玉の井を舞台にフィクションで再現し、未だにデカダンスを選べない自らの小物っぷりと荷風は向き合っているのかもしれません。


②小説の小説という入れ子構造

 58歳の永井荷風の小説『濹東綺譚』は、60歳手前の主人公である小説家が『失踪』という小説を書くための取材において、お雪という若い娼婦と私娼街・玉の井で出会い、結婚という人生を一変させるかもしれない決断から逃げ、孤独な老人といきる道へと戻っていく物語です。

 このとき、作中小説である『失踪』が51歳のまじめな教員が家族を捨て、退職金を持ちながら実家で働いていた24歳の下女とたまたま再会し、彼女のアパートで一緒に暮らし始めるというもの。この逃避行のリアルなものにするため、主人公はお雪のいる玉の井を取材するのです。

 そもそも『失踪』の執筆がストップし、主人公が玉の井のあたりを取材がてら散策していたのは51歳と24歳の恋愛というものに説得力を持たせられなかったから。普通に考えたら純愛であるはずがなく、捨てられた家族も黙っていないので、この51歳の教師は警察に捕まり、方々からこっぴどく叱られ、恥ずかしさでどうしようもなくなるだろう、と。悲惨なラストならいくらでも思いつくけれど、そうじゃない展開を求めていたので続きが書けなくなってしまいます。

 しかし、お雪との関係が始まって続きを書けるようになっても、結末まで至らないところに不穏さが漂っています。表面的な語りにおいて、主人公はお雪との関係に満足しているけれど、『失踪』を完成させられないことを通して、内心、これが幻想であると知っていることが暗示されています。そして、小説家は内心に従い、都合のいい物語から距離をおく必要があり、その真摯さによって書かれた『濹東綺譚』というタイトルが最後に出てくる。つまり、これは小説についての小説でもあったのです。


③本当は汚くて臭い私娼街・玉の井を美しく見せたマジック

 舞台となっている玉の井はドブ川が流れ、ごみや動物の死骸が投げ込まれていたので猛烈に臭いことで有名だったそうです。蚊が大量発生し、どう考えても快適なはずのない環境だけど、荷風はお雪が蚊をつぶす場面だったり、蚊取り線香をめぐるやりとりだったりを情緒的に描き、まるでレトロさの残る素敵空間に演出してしまいました。

 また、売春をすることだけを目的として狭い家屋が密集し、細い路地が網の目のように絡み合っていたので陰鬱としたわけなのですが、荷風はそれを迷宮(ラビリンス)として魅力的に語ってみせました。

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