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嫌われる勇気っていうのは「嫌われても関係ねえぜ」って好き勝手生きようという話ではなくて、どんだけ頑張っても嫌われるときは嫌われてしまうので、そうなったら仕方ないと諦め、自分の中でベストを尽くす勇気を持とうってことなんだよね - 自己啓発本の変遷に見るわたしたちのリアリティ①

 今日からメンバーシップを始めます。普段、わたしがリアルの有料イベントで話していることをまとめた記事を6日に1度のペースで配信します。 最初は「自己啓発本の変遷に見るわたしたちのリアリティ」がテーマの講義をもとにした記事を複数回に渡ってお送りします。

 これは大人向けの読書イベントで、『嫌われる勇気』を取り上げたときにお話しした内容です。10年以上前に発売され、日本国内でアドラーブームを巻き起こした同著。その後、翻訳され、世界で1350万部を突破する大ヒットを記録しているというのです。

 この本、プラトンが書いたソクラテスものみたいに青年と哲人の対話形式で記されていて、非常に読みやすいのが最大の特徴。と言っても、古代の哲学書に馴染みがないと逆に難しく聞こえてしまうかもしれませんね。

 意外かもしれないけど、古代の哲学書っていまで言うYouTubeの解説動画みたいな感じが多い。それも当時の有名人同士を本の中で勝手にコラボさせて、あれこれ議論させているのでテンションが上がる。ちょっと前なら『朝まで生テレビ!』、最近だと『ABEMA Prime』や『ReHacQ』みたいなことをやっていたとわたしは勝手に解釈しています。そして、その中で最強の論破王だったのがソクラテスで、要するに、"ひろゆき"なんですね。

 もちろん異なる部分もたくさんあるので、これは賛否両論あるアナロジーだとは思います。あくまで古代の哲学書がいかにわかりやすいかをお伝えするための喩えなのですが、だとすると、そのわかりやすさがいかに危険であるかも想像して頂けるのではないでしょうか。

 ひろゆきの切り抜き動画に影響された子どもたちが親や学校の先生に「それってあなたの感想ですよね?」と論破を仕掛ける"ひろゆキッズ"になってしまったように『嫌われる勇気』に影響されて、価値観が大きく変わってしまう人が出てきてしまう危険性があるのです。そういう意味で『嫌われる勇気』は劇薬と言っても過言ではなく、用法用量に注意して読んでいく必要があるのです。

 その要因として挙げらるのはなによりも刺激的なタイトル。『嫌われる勇気』ですからね。この本が売れていると聞いたとき、てっきり、多くの人が嫌なヤツになろうとしているんじゃないかと怖くなってしまうほど。同時に現代社会は嫌われないように必死で生きている人がたくさんいるわけで、これほど救いとなる言葉はないと感動してしまいました。

 先に結論から言うと、『嫌われる勇気』は別に嫌なヤツになろうと嫌われることを推奨している本ではありません。自分のことを好きになるか、嫌いになるかの決定権は他人が持っている以上、どんなに好かれようと努力しても嫌われるときは嫌われる。そのことを前提にすれば、誰からも絶対に嫌われないようにするなんてことは不可能。だから、嫌われるときは嫌われてしまうと覚悟して、自分にとって必要な行動をとる勇気を持ちましょうといった内容なのです。大事なのは「自分にとって必要な行動をとる勇気」の方。

 要するに、人にはそれぞれの課題があるから同時に全員が満足する答えは存在しない。だったら他者は他者で最善の選択を取ると信じ、自分は自分で最善の選択を取ればいい。結果的にそれで嫌われてしまったら仕方ないよ。でも、まあ、嫌われることを恐れて自分の人生を失うよりは全然いいでしょ? みたいな話なんです。(独断と偏見に基づく要約)

 その上で、哲人と青年の会話を通して、アドラーがそういう考えに至るまでのプロセスを丁寧に説明しているところがこの本の肝になります。

 フロイトと同時代に活躍し、初期の研究では一緒だったけれど、その後、袂を分つことになったアドラー。第一次世界大戦に軍医として従軍するも、治療した兵士がそのまま戦場に復帰し、死んでいく毎日に嫌気がさしたアドラー。どうすれば世界平和が実現し、人々は不安なく暮らせるのだろうと本気で考えていたアドラー。

 ゆえに、アドラーは自分が追求する心理学を「個人心理学」と名づけ、誰もが幸せになれるはずという前提に立ち、対人関係や共同体意識にフォーカスを当てていきました。これはあまりにも思想的色合いが強過ぎて、当時から「そんなものは宗教じゃねえか!」と激しく批判されたそうです。

 なので『嫌われる勇気』にしても、ガチの心理学として受け取るのはちょっと微妙。そういう発想もあるよねぐらいのカジュアルな受け止め方がちょうどよく、そのことは書き手も出版社も理解していて、実は「自己啓発本」というカテゴリーはめちゃくちゃ収まりがいいんです。装丁も適度な軽さがあるし、文体もバランスがいい。

 どうしてこんな変わった本が作られるに至ったのか。共同著者である岸見一郎先生と古賀史健さんは様々なメディアで制作秘話を語っています。

 フリーのライターだった古賀さんは岸見先生が1999年に出版した『アドラー心理学入門』を読み、強い感銘を受け、様々な編集者にアドラーの企画を提案し続けるも、日本ではアドラーは無名な存在だったので企画が進むことはありません。ところが、10年以上の時が経ち、たまたま新聞取材で古賀さんは岸見先生の京都にある研究室を訪れることに。仕事終わりにアドラーの話で意気投合した二人は本作りを約束。編集者に柿内芳文さん(代表作『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』など)を迎え入れ、ダイヤモンド社から『嫌われる勇気』を発売するに至ったというのです。

 著者二人に加えて、編集者の柿内さんが参加したトークイベントでは「アドラーの真意と異なっているのでは?」と批判されがちなタイトル『嫌われる勇気』の裏話が語られています。

2013年5月、ダイヤモンド社で書籍の企画が正式決定。当時の企画書に謳われたタイトル案は『なぜ、あなたは変わりたいのに変われないのか』。しかしタイトルはその後も転変し、なかなか決まらなかったという。

柿内芳文(以下、柿内) ほかの案は……ちょっと覚えてないないんですが、いろいろありました。

古賀 柿内さんは忘れたふりをしていますけど(笑)、ギリギリまで迷っていたのは『自己を啓発せよ』。自己啓発書って、軽く見られるところがあるじゃないですか。でもホントは、自分を啓発するのはすごく大事なことなので。……ちなみに、この案の前に柿内さんが推していたのは、『無意味な人生に意味を与えよ』という、意味がわからないタイトルですね(笑)。

岸見一郎(以下、岸見) 私がよく覚えているのは、『普通であることの勇気』という仮タイトルです。でも、いま思うとインパクトが弱いですね。



 最終的には「同年秋ごろ柿内さんに降りてきた」、現在のタイトルが採用となった。

岸見 『嫌われる勇気』というタイトルを聞いたときは、衝撃を受けました。どういうふうに受け止められるのか、期待半分、不安半分でしたね。

ダイヤモンドオンライン「著者・編集者が振り返る『嫌われる勇気』7年の歩みと海外展開」

 結果的に本の内容とは微妙に違っていたとしても、この『嫌われる勇気』というタイトルが秀逸だったからこそ、時代や国を超えて読まれる本になったのは間違いなく、「柿内さんに降りてきた」の凄さに改めて圧倒されします。『普通であることの勇気』という仮タイトルのままだったら、たぶん、わたしも読んでいないので笑

 余談になりますが、本にしろ、映画にしろ、タイトルって本当に大切ですよね。例えば、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』が誤訳というのは有名な話。原題"The Catcher in the Rye"を直訳すると「ライ麦畑の捕手」なんだけど、それじゃあ、誰も読もうとは思わない。ライ麦畑の捕手って野球小説なのかな? って感じだもんね。間違った訳であっても『ライ麦畑でつかまえて』の方が断然かっこいい。

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